第2話 友ノ判断

 ……気づけば、あたりはすっかり夜だった。


 昼間の凱旋を引きずって、町は祝賀ムード一色だった。


 腹立たしいほど、私の痛みとは無関係に、世界は明るく祝っていた。




「これで魔王に家を焼かれることはないぞ」




「死んだ家族の弔いだ、みんな呑んでくれ」




「息子を兵隊に取られなくて済むよ」




 そっと場を離れ、私は宿を出た。


 歓喜に沸く民衆のあいだをぬって、魔王の遺体が安置されている城をめざした。



 ◆



 そのころ


 城では、勇者がバルコニーから町の様子を遠く静かに眺めていた。


 昼間に現れた美しい魔法使いが、ゆるやかに背後から歩み寄る。




「お探しの『翡翠』は、この町に5つございます」




「5つも……」




 勇者はその場に沈黙し、視線を遠くに落とした。


 魔法使いは、間をおかず、言葉を続けた。




「王より、魔王を退治して頂き、感謝申し上げるとの伝言を頂戴しております。残すは『翡翠』の回収のみですね」




「……なるべく、少ない方が良いのだけれど」




 その言葉に魔法使いは、どこか寂しげな笑みを浮かべる。


 再び勇者は町を見下ろした。


 月明かりの中で、遠くから、祝い歌と笑い声が風に乗って届いてくる。



 ◆



 私は町を抜け、林道へと入った。


 すると、見覚えのある姿と遭遇した。




「カイ!」




 そういって駆け寄る。


 彼もまた、私と同じく魔王と一緒に城で暮らした少年だった。




「リム? こんな時間にどこ行くの?」




「城へ。魔王を取り返しに」




「行っちゃだめだよ、危険だから」




 カイが私の腕を掴んだ。


 だが、私にはその言葉の意味がわからなかった。




「……危険? 何を言ってるの、カイ」




「いや……その……今は、魔法使いたちが封印の術をかけていて……」




 動揺している? なんで?




「万が一、復活したらって……危ないんだ、やめたほうがいい」




 ――どうして? あんたも魔王と一緒に暮らしてたじゃない。




「ねぇ、覚えてる? 一緒にご飯を食べたこととか。あの子守唄や、夜更けまで話したあの時間……全部、忘れたの?」




 焦って尋ねる私に、カイは目を逸らし、言葉を濁す。




「考えてよ……相手は魔王だよ。もう忘れようよ」




 その言葉に、背筋が凍った。




「……忘れるの? 思い出も? 記憶も……?」




 そんなこと言う子じゃなかった。


 きっとあの勇者のせいだ!!




 ――許さない!




 私から家族である魔王を! もう今は思い出でしかない日常を! カイの記憶さえも奪ったあいつらを!


 ――絶対に許さない!!




 ――たとえこの世界が忘れても、私だけは忘れない!




 悔し涙もそのままに、私はそう心に誓った。


 そして、私は魔王を取り戻すために、カイのとめるのも振り切って、再び城へと向かった。



 ◆



 門にたどり着くと、門兵が無言で槍を交差させ、私の前に立ちはだかった。




「通せ! 魔王にあわせろ!」




 叫んだ瞬間、どこからともなく、あの美しい魔法使いが姿を現した。


 昼間と変わらぬ、涼やかな微笑みを浮かべている。




「セイル様がお待ちかねよ」




 彼女はにっこりと笑い、城へと招き入れた。



 ◆



 言われるがまま、彼女のあとについていく。


 石造りの廊下を抜け、扉を開けられた先の部屋に入ると、そこにいたのは――




「……!」




 勇者だった。


 振り返った彼の目が、真っ直ぐこちらを見つめていた。 




「君は……昼間の。そうか、君が『二つ目の翡翠ひすい』か」




 勇者は、意味のわからないことを口にした。




「魔王を返せ……!」




 私は、燃え滾る憎悪をぐっとこらえ、勇者に告げた。




「だめだ」




 勇者は短く答えた。




「なんで? 私から魔王をとって! カイから記憶をとって! あんた、いったいなにさまだよ?!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る