第10話
流石に5日目ともなると慣れたもので、いつものように適当な言い訳を口ずさんで家を出る。
履きなれたサンダルには、秘密の逢瀬を黙っておいてもらわなければ。
陽もとっぷり暮れた宵、砂漠のオアシスは今日も煌々と光を放っていた。
車止めに腰掛けてスマホを眺める。
昨日までと同じ時刻を示す画面、それでも聞こえない足音に鼓動が早くなる。
別に約束しているわけじゃないけど、昨日も一昨日もその前も会っていたんだから今日も、と思うのは自然なはずだろ。
それでも「言ってくれればいいのに」なんて愚痴をこぼさないのは、俺たちの関係を表す言葉が見つからないから。
目を閉じて夏を聞いてみる……いくら耳をすませども、雑念が頭の片隅に陣取っている。
あぁもう、難しく考えてしまうのは誰のせいだ。
なんてことはない、寂しいのだ。たった4日、たった4日彼女と毎日会っていただけで、これほど心に穴が空くとは思わなかった。
まるでドーナツだ。
穴が穴だけで存在できないみたいに、彼女との会話を楽しんでいたからこそ、きっとこんなにも寂しいのだ。
……穂積さんならこんなことを言うんだろうか。
どうにもならないことを考えながら車止めから立ち上がる。
「帰るか、明日は……一応来るだけ来るか」
スマホをポケットに仕舞い込んで砂を払う。前を向けば等間隔に並んだ電柱。
いつもはここを2人で通ってるんだよな。
1歩、また1歩と足を前へと踏み出していく。向かうのは自分の家ではなく、あの交差点。
彼女との関係は、自分の語彙力では未だ言い表せないが、少なくとも惹かれ始めているのは事実だ。
夏休みの夜なんてダラダラと時間を消費して、気がつけば夢の国に旅立つものだったのに。
恐らくこのまま夏休みが終わったとて、教室で彼女と話すことはないだろう。
まさに白昼夢。振り返れば消えていく記憶、大切になりつつあった時間を手放すには、まだまだ自分は大人になりきれない。
自然と1歩の幅が狭くなっている。
見上げれば、初めて会った日には雲に隠れて見えなかった月が、今はぽってりと光を放っていた。
これが満月に向かうのか、それとも新月へと消えゆくのかはわからない。
もっと勉強しておけばよかった。
1を聞いて10を知るためには、彼女みたいに見たものを楽しむためにはどうすればいいんだろう。
ため息がひとつ、宙を舞った。
自分の口から吐き出された空気は、湿度に均される。
そろそろ信号が見えるか、というところでリズム良く鳴る足音が鼓膜を揺らした。
必死に走ってこちらへ向かってきたのは穂積さん。家からずっと走ってきたのか息が切れて頬が赤くなっている。
「ご、ごめんなさい!遅れちゃった……!」
彼女はがばっと頭を下げた。
「いや、全然!」
安堵と嬉しさ、そして高揚感が頭の中でぐちゃぐちゃになって面白い返しもできない。
いや、今までもできたことないか。
「ちょっと家族と話し込んじゃってて……でも毎日決まった時間に外に出るのも怪しまれるからなかなか言い出せなくて」
胸に手を当てて深く息を吸うと、彼女はへにゃへにゃの声でそう言った。
「そりゃそうだ、こんな時間に人に会ってるなんて言えないよね」
「葉月くんはいつもなんて言って外に出てるの?」
「適当に走ってくるとか散歩してくるとか」
息も落ち着いたのか、穂積さんはにやっと口角を持ち上げた。あぁ、自分の鼓動が早くなるのを感じる。
この笑顔にやられているんだ。
「女の子と会うためって言わないんだ」
からかいだとわかっているのに上手く言葉が出ない。
「……そりゃね、」
「ふふ、今日はここまでにしてあげる。遅れた私も悪いし」
手のひらの上で踊らされている。
でも不快感はなくて、むしろどこかむず痒いような照れくさいような。
「悪いとは思ってるんだ」
「そりゃもちろん!だって約束したから」
指を立てた彼女はふと顔を上に向けると、月の形をなぞるように手を動かした。
「夏休みの最後は満月が見られるかもね」
なんでもないように呟くと、見透かしたような視線を俺に向けて穂積さんは微笑んだ。
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