最初の依頼と“偽装夫婦”の試練

 辺境の村に到着して数日――リリスは村の生活に少しずつ慣れ始めていた。

 王宮では一切触れることのなかった日常の営み、薪割り、洗濯、家畜の世話……。

 すべてが新鮮で、どこか心地よい。


「今日は、冒険者としての初仕事だ」


 朝、ヴァルトがそう告げた。

 村の近くに現れた魔獣“グレイウルフ”の討伐依頼が出されたという。


「魔獣なんて、戦ったことないわ」


「なら、お前は後方支援に徹しろ。魔法の心得はあるんだろう?」


「……一応、王族の魔法教育は受けてたけど……使うのは初めて」


「十分だ。俺がお前を守る。だから、前だけ見てろ」


 その言葉は不思議な安心感を与えてくれた。


 依頼現場へと向かう途中、村人たちが声をかけてくる。


「あれが仮面様の奥さんか! まさか本当に結婚するなんてなぁ!」

「美人さんだし、きっとお似合いよ!」


 まるで本物の夫婦のような扱いに、リリスの頬は熱くなった。

 隣を歩くヴァルトは無言のまま、相変わらず仮面をつけていた。


(……本当に演技でいいのよね?)


 心の中で自問する。

 でも、隣にいる彼の沈黙が、優しさにすら思えてしまう自分がいる。


 そして――森の奥、魔獣との初戦闘が始まった。


「来るぞ。構えておけ」


 ヴァルトの剣が、咆哮とともに現れたグレイウルフへと向かって閃く。

 リリスは覚えたばかりの防御魔法を必死に唱え、ヴァルトの背を守る。


 想像以上の速さと力を持つ魔獣に対し、リリスは恐怖で震えながらも、必死に耐えた。


「よくやった。……お前がいなければ、今の一撃は防げなかった」


 戦闘が終わったあと、ヴァルトが静かにそう言った。


 その声が、仮面越しでも確かに優しくて、リリスの胸に温かいものを残した。


「……私、ちゃんと役に立てた?」


「ああ。十分すぎるほどにな」


 その日の夜、村では早速「仮面の騎士とその美しい妻が魔獣を討伐した」という噂が広まった。


 人々の前で「夫婦」を演じながらも、心が少しずつ、本当に寄り添っていく。

 偽装だったはずの関係が、次第にほころび、そして――変わり始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る