第26話 イレギュラーな存在
「事態は深刻ですね」
「そう……だな」
魔道士協会を後にした俺達は、歩きながらうなっていた。
ハテナという魔法使いは、一部の魔族と繋がりがあるらしい。
そいつから得た情報によると、ここ最近、魔族連中に妙な動きがあるのだとか。
「『無限の剣士』を抹殺せよ、か。なんでそんな命令が魔族連中の間で広まってるんだ……?」
狙われているらしいというのは分かっていたが、こうもハッキリしてしまうとな。
しかも、なにやら魔族の大物が動いているらしいし。
だが、なぜだ。なぜそんな事になっているのか、そもそもの理由が分からない。
俺が受け継いでいる無限覇王剣は衰退しまくっているマイナーな剣技だぞ?
今さら、魔族が標的にする意味があるのか? 継承者は俺しかいないのに。
「これはあれですね、覇王剣の継承者を増やすしかないですよ!」
マルシアが笑顔で提案し、シェリルもうなずいていた。
「そうね。魔族に対抗するにはそれしかないかも。覇王剣を学んだ人達に声を掛けて……」
「つーわけで、子作りしましょう、師匠!」
「「……はっ?」」
おかしな事を言い出したマルシアに、俺とシェリルは目が点になった。
俺達の反応などお構いなしで、マルシアは得意げに告げた。
「覇王剣の継承者は師匠ただ一人! 継承者を増やすには、師匠が子孫を残すしかないでしょう!」
「い、いや、マルシア? なにを言って……」
「そんなわけで、あたしと子作りしちゃいましょう、師匠! こう見えてもそっちの知識はそこそこあるんで、お任せを! 師匠の子供をバンバン産んじゃいますよ!」
「バ、バンバン産むって……ええっ?」
なにそれ、意味分かんない。真面目な顔でなにを言ってるんだ、この子。
お、俺の子供を産みまくるだと? 正気か?
確かに、そうすれば後継者はできるだろうが……無茶苦茶だよな……。
「アホですか、あなたは! ふざけるのも大概にしなさい!」
「いや、あたしは大真面目だけど。後継者を増やすのなら、それが一番手っ取り早いだろ?」
「ば、馬鹿馬鹿しい。後継者を育てるのに何年掛かると思って……」
「シェリルも産めばいいじゃん。ロディにも声掛けて、三人で何人産めるか競争しようぜ」
「え、ええっ!? そ、そんな、私も……グランドさんの子供を……?」
シェリルは目を丸くして、固まってしまった。
いやいや、しっかりしてくれ。そんな無茶な話があるかよ。
「シェリル?」
「はっ! し、失礼しました。私とした事が、おかしな想像を……そんなのありえませんよね……」
どうにか正気を取り戻したシェリルに、マルシアが笑顔で言う。
「別にいいじゃん、あたしらも大人なんだしさ。師匠と子作りしてなにが悪いんだよ?」
「で、でも、私達は教え子で、歳の差が……それに世間の目が……」
「二〇かそこらぐらい歳が離れた夫婦なんて珍しくないだろ? 嫌なら無理にとは言わないけど、シェリルは嫌なのか?」
「い、嫌というわけでは……むしろ私以外とそういう関係になるのは嫌だというか……私だけで十分では……」
「おっと、本音が見えたな。独占欲強すぎだろ、あんた」
シェリルは真っ赤になり、顔を伏せてしまった。
いや待て。さっきからなんの話をしてるんだ?
こんなに年が離れた教え子と……そんな真似ができるわけないだろ。
「二人とも冗談はそれぐらいにして……大人をからかうんじゃないよ」
「あたしは真剣なんですけど。師匠はあたしと子作りするのは嫌ですか?」
「嫌とかそういう問題じゃないだろ。タチの悪い冗談はやめなさい」
マルシアはムッとして、「冗談じゃないのに」とか呟いていた。
はいはい。分かったからそういうのはやめてくれ。俺を社会的に抹殺するつもりじゃないだろうな?
「でも、師匠。覇王剣の伝承者が、『無限の剣士』が狙われているのだとすると、対策を考えないといけないんじゃないですか?」
「そう……だよな。どうしたものか……」
理由は不明だが、俺が魔族に命を狙われているのは間違いない。
そうなると、なんらかの対応策を考えないとな。子作りとか馬鹿な事を言ってる場合じゃないだろう。
「ここはやはり、グランドさんがこれまでに指導してきた教え子達に声を掛けて、戦力にするべきではないでしょうか?」
シェリルに提案され、考え込んでしまう。
以前から言っている事だし、悪くない案だとは思うが、どうだろう。
それをやると、教え子達全員を、魔族との戦いに巻き込んでしまう事になるんじゃないか。
できればそれは避けたい。魔族というのは恐ろしい連中なんだ。そこらのモンスターとやり合うのとはわけが違う。
魔道士協会からの帰り道、三人であれこれと話し合いながら人気のない裏通りを歩いていると。
ふと、前方に小柄な人物がいるのに気付いた。
道の端、壊れかけた塀の上に腰を下ろしていたその人物は、俺に笑顔を向けてきた。
「やあ、どうも。こんにちは」
「?」
十代半ばぐらいか、顔付きの幼い、細身で華奢な少年……らしき人物だ。
やや長めの髪をしていて、長く伸ばした前髪で顔の半分を隠している。
顔付きが幼いのと声が高い事もあり、女の子に見えなくもない。
なんだろう。ごく普通の、どこにでもいるような……いや、かなりの美少年だが……なにか変な感じがする。
いくらか間合いを開けた状態を維持して立ち止まった俺達に、少年は軽い口調で話し掛けてきた。
「ええと、君がグランド・リークさん?」
「そうだが。そういう君は?」
「おっと、これは失礼。僕の名は、イオ。見ての通り、なんの変哲もない、人間の少年さ」
「……」
なんだ、コイツ。
なにかヤバイぞ。殺気や敵意は、全然感じないが……。
いや、むしろそういった気配がなさすぎるのが不自然だ。
普通なら、初対面の人間と相対した場合、多少なりとも緊張するはずだが、コイツにはそれがない。
大体、自分から「なんの変哲もない人間の少年」なんて普通は言わないよな。
「君が『無限の剣士』で間違いないのかな?」
「!?」
イオとかいう少年に笑顔で言われ、冷や汗をかく。
これまでに俺の事を『無限の剣士』と呼んだヤツに、ロクなのはいない。
というか、人間でそんな呼び方をしたヤツは一人もいない。
つまり、コイツは……。
「お前、まさか……魔族か?」
俺が呟くと、シェリルとマルシアがハッとして、腰に差した剣に手をやり身構えた。
イオという少年は笑顔のまま、興味深そうに俺の顔をジッと見つめている。
「さて、どうだろうね。一応、人間のつもりなんだけど」
「……本当に人間なら、そんな言い方はしないと思うが」
「はは、確かに。そうかもしれないね」
イオはクスクスと笑い、塀の上から静かに降りた。
特に身構えたりはせず、ほぼ棒立ちの姿勢で俺と向き合い、愉快そうに呟く。
「実を言うと、僕の前世は魔族でね。色々あって、人間に転生したんだ」
「!?」
「だから一応、今は人間なんだけど……魔族としてすごした頃の記憶も残ってるんだよね」
……なんだかおかしな事を言い出したぞ。
人間に転生した魔族だと? そんな事があり得るのか。
仮に「あり」だとして、だったらなぜ、俺の前に現れたんだ?
「魔族の記憶を持っているからか、ここ最近、魔族達の間で広まっている指令らしきものを聞いてしまってね。『無限の剣士を抹殺せよ』という内容だったんだけど」
「!」
「ちょっと調べてみたら、今現在『無限の剣士』はグランド・リークという男、ただ一人のみだとか。それでどんな男なのか、見に来たんだよ」
「……」
笑顔のまま淡々と語るイオという少年を、俺は油断なく見つめた。
今のところ、敵意は感じられないが……何者なんだ、コイツ。
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