第5話 僕はピッチャーだぞ!
「というわけで監督、僕、社会人クラブと掛け持ちするから!」
「えぇ……そんな急に言われても困るよぉ……」
北埼玉デッドボールの入団トライアウトに合格した次の日。いつも通りハラキリトルの練習に参加した僕はリトルの監督・城嶋に合格したことを告げた。ふっふっふ。困ろうとなんだろうと対外試合で僕を出さないって決めたのは監督とリトルシニアの監督だからね。試合機会を求めて他のチームに所属する。これトーゼンの権利だから!
まぁでも田中兄弟と一緒に3年間お世話になったわけだし丁寧に育成してもらったって恩も感じてる。後ろ足に砂をかける気はないからハラキリトルの練習にはちゃんと参加するからね!
「ああ、それは嬉しいですねぇ。あまねくんがチームを辞めたら田中くん達も他所に行っちゃいそうですし」
「僕とケーちゃんコーちゃんは別でしょ?」
「そう思ってるのは君だけかなぁ……」
気弱そうに見えてはっきりと物事を口にする城嶋監督が、珍しく言いよどんでいる。今のやり取りになにか引っかかる部分があったっけ?
首をかしげていると、「城嶋監督!」と大きなどら声が周囲に響き渡る。屋外なのにうっせぇ声だなぁとそちらに視線を向けると、予想通り顔立ちから髪型まで真四角な少年が怒り顔で歩いてくる。
彼の名は
「なんであまねが地方選抜に呼ばれとるんですか!」
「え。僕呼ばれてんの!? 年齢的にリトルシニアの方だよね!?」
「なんでお前が知らんのかぁ!」
ぷりぷりと怒り気味の二番手ピッチャー・諸星くんが僕に向かって口泡を飛ばしてくる。うわ、きったないから止めろよね。一歩二歩と距離を取ると、諸星くんが口をへの字にして顔を赤く染める。いや、今のはむしろ僕が怒るところだるぉが! そんなんだからケーちゃんと違って女の子にモテないし顔が四角いんだよ!
「ってそうじゃないよ! ちょっと監督! 僕、リトルシニアの方で選抜に呼ばれてるなんて聞いてないんだけど!?」
「あー、はい。言ってませんので」
「なんでやねん!」
思わず似非関西弁が出てくるくらいに勢いよく僕は監督にツッコミを入れた。ううん、本物の芸人さんと比べるとやっぱりツッコミのキレが……って言ってる場合じゃない! これは許されざる問題だよ!
なにせ地方選抜だ。所属する地域でも特に優秀だって言われてるようなもんだからね。ここで呼ばれた経験があるってのは進路において最も積み上げるのが難しい実績の一つになるんだ。単純に個人の実力だけで呼ばれる訳だからね。
いやぁ、まさかリトル時代には一回も呼ばれなかったリトルシニアの方で声がかかるなんてねぇ。やっぱり見る眼がある人は居るんだなぁとうんうん頷いていると、ため息をついた城嶋監督がいつも持ち歩いている手持ちのビジネスバックから一枚の書類を取り出した。
お、ナニこれ。ええと、あ。これ僕が選抜に呼ばれたって通知の紙かぁ。むふふ。ええと、なになに。権藤あまねさん(外野)を西東京地区の地方選抜に呼びます。なるほどなるほど。
おい。
「ファッ〇ン! なんで外野で呼ばれてんだよぉぉ!! 僕はピッチャーだぞ!」
「あ、なんだ外野で呼ばれとったんか。なら納得だわ」
「お前も納得してんじゃねーよ!」
僕がキレ散らかすと、先ほどまで同じように顔を真っ赤にしていた諸星くんがスンっと冷静になった。お前それどういう事だ仮にも自分とポジション争いしてるライバルが外野扱いになってんだぞ!? キレろよ!!! そこは!!!
「いや。出塁率8割で守備範囲もバカ広い強肩センターなんてどのチームでも欲しいからな。自分が投げてる時にそんな奴が後ろ守ってたらどう思う?」
「くぅん」
勢いで押し切ろうとした僕の鼻柱を、諸星くんの正論が叩き折った。いや、それはその。正直欲しい一択に決まってるだろって話だけどね。僕はね。外野手じゃなくてピッチャーなんだよ。そして僕が投げるときに僕はセンターに居ないから、そんな事言われても、その。困る……
出塁率に関しても、正直言うとね。自分の力じゃないというか、この体のセンスと視力に頼りきって、ひたすら打てる球待ってたか四球選んでただけなんだよ。少しでも上の舞台に上がるためにはチームに貢献しないといけないし、高校まではピッチャーも打力を求められるから評価を上げるにこしたことはないからさ。
ただ、それがまさかこんな。本業じゃなくて腰掛のポジションで選抜に呼ばれとは露ほどにも思ってなかったけど! 僕はただピッチャーとしての出番を増やすために頑張っていただけなのに!
「バリバリ出塁からの盗塁で得点につなげ捲った上に毎回フルスイングで女子選手最多のホームラン数を叩きだしてたよな?」
「権藤くんが野手に専念してたら、去年も全国出れてたんですよねぇ」
「シャラップ! リトルシニアの選抜にはピッチャーなら出るって伝えといて! 来週は社会人の方で試合があるから土日は出れません! じゃ!」
監督に必要な事を伝えてその場から走り出す。逃げた訳じゃない。これから走り込みなんだ。ほんとだよ。諸星くんはちくちくと細かい事をいつまでも根に持つからケーちゃんにエースの座を取られるんだ。5年生のころまではむしろ諸星くんのが評価は高かったからね。
まぁ、5年生の頃はケーちゃんも野球始めたばっかりだったからそりゃそうかって話だけどさ。小学校の低学年から野球をやってた僕や諸星くんにあっという間に追いついてくるんだから才能って奴は怖いね。僕の幼馴染周りって結構野球やってる子多いんだけど、その中でも純粋な才能だとケーちゃんが一番かもしれない。
とはいえだからなんだって話。ケーちゃんの恐ろしい才能も、僕の目標である甲子園出場には関係……県大会で敵チームになられたら大分困るかなぁ。高校に行くときは一緒の高校か別の県に行こっと。
「という訳でもしかしたらリトルシニアの選抜に出れるかもしんないんだよねぇ」
「ほぉ。あまちゃん頑張ってんのねぇ」
日付は飛んで週末。僕は社会人クラブチームである北埼玉デッドボールの練習試合に来ているのだが、なんとなんと送迎付きでの参加である! 他の人たちは自家用車や電車なんかで来ている中、僕は監督さんと一緒にチームの車に乗せてもらっての現地入りなのだ。
いや、まぁ純粋に僕がお金がなくて現地に自力で行けないからなんだけどさ。送迎付きってちょっとテンション上がるよね?
今日の試合は千葉県の大きな運動公園で、同じ社会人クラブチームとの練習試合。チームの車の中でおニューのユニフォームを渡されたので、運動公園の更衣室でジャージからお着換えだ。ううん、新品のユニフォームに袖を通す感覚って何度味わっても素晴らしいね。
「あ、あまちゃんあまちゃん」
「はいはいなんスか監督ぅ」
前屈をやってペターっと地面に張り付いたりしていると、いつものようにのほほんとした様子で坂本監督が声をかけてくる。どうしたんだろ。また金太郎飴でもくれるのかな、と顔を上げると、監督の隣にやたらとデカいカメラを持った男の人が立っていた。
「じゃ、ちょっと取材受けといて。よろしく」
「よろしくじゃないが???」
困惑する僕と何故か困惑しているカメラマンさんを置いて、坂本監督は本当にその場から立ち去ってしまった。
あの。僕一般人なんですが。え、芸能人だと思うくらい可愛いって? またまたー。
世界一可愛いピッチャーの権藤あまねです、よろしくお願いします。
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