第30話絵に描いたような休日


 甘い香りがキッチンに広がり、我慢しきれなくなったのかハマーさんまでオーブンの前にやってきた。

 子どもたちも含めて四人でじっとクッキーが焼きあがるのを待っている。本物の親子みたいで可愛い。


「そろそろ開けましょうか」

「「「「!!!!」」」」


 私が声をかけると、四人がそろって目を輝かせながら振り返る。

 さすがに私ももう我慢しきれなくてクスクス笑ってしまった。


 子どもたちは揃って首を傾げているけど、ハマーさんはハッとなって少し恥ずかしそうにしている。

 迫力のある男性がこうして照れる姿というのもなんだか可愛く見えるよ。失礼かもしれないから言わないけどね!


 ミトンを手にはめて準備をしていると、トンくんがやりたそうにこちらを見上げてきた。


「オーブンは熱いので開けるときは注意が必要です。だから私がやるね」

「え、でも、今度僕たちだけで作るときのために僕が……」

「しばらくの間は私も一緒に作るから。今日は初めてだし、よく見ていてね。次のときにやってもらうから」

「そっか。うん、わかった!」


 一番年長であるトンくんの責任感たるや。しかも聞き分けがいい。

 本当はね、頼もしいからすぐ任せられそうではあるんだけど、やっぱりまだ子どもだから。


 それにせっかくだからもう少し先生ぶりたい。えへへ。

 だから子どもたちだけで作るという時も、火を使う時は近くにいようと思う。危ないからね!


 さて、ちゃんと焼けてるかなー?

 オーブンのドアをゆっくり開けると、甘い香りがさらに広がった。うん、焦げ臭くもないしいい感じ。

 しっかりドアを開け切ってから鉄板を取り出してキッチン台にのせ、網の上にクッキーを移動させる。


「粗熱がとれたら食べようね。熱すぎるし、まだ柔らかいから」

「う~~~、楽しみで待ちきれねぇよぉ! 一枚だけっ、だめ?」

「だめぇ~?」


 うっ! テンくんとカンくん、その上目遣いはずるいと思いますっ! でもヤケドしちゃうからダメっ!

 ハマーさんもそわそわしているのが視界に入るけどあと少しだけ待ってください。


 クッキーが冷めるまでの間、みんなにはお茶の準備をしてもらった。何かしていたほうが気も紛れると思って。

 一方、お茶の準備も食器を割りそうということで手出し禁止になってしまったハマーさんは、またしても険しい顔が戻ってきていた。我慢の限界が近いのかもしれない。


 そうして果てしなく長く感じた時間が過ぎた後、ようやく実食です!


「「「「いただきます!!」」」」


 みんながぱくりと一枚クッキーを口に放り込むのをドキドキしながら待つ。おいしく焼けたと思うけど……どうかな?


「うまい!」

「おいしいよ、ルリさん!」

「サクサク、あま~い!」


 子どもたちの顔に笑みがこぼれる。よ、よかった~!

 次から次へとクッキーを頬張る姿にほっこりしちゃう。


 ……あれ、ハマーさんは?

 と思って視線を移すと、ハマーさんはクッキーを一口ずつじっくり味わって食べていた。い、意外。


「ハマーさん、あの」

「ああ、ルリ。すごくうまい。ありがとうな。本当に……生き返る……」


 一言一言に重みがある……。心の底から堪能しているのが伝わってきたよ。

 甘いものを欲していたから、子どもたちみたいに勢いよく食べるのかと思っていただけにびっくりしちゃった。

 でも、気に入ってもらえてよかった!


 私も一枚手に取って口に運ぶ。サクッとした食感に素朴な甘さ。うん、これは次から次へと食べたくなっちゃう。


「今日はシンプルなクッキーですけど、ナッツを入れたりドライフルーツを入れてもおいしいんですよ。今度作りますね」

「ありがたい……これで俺は救われる」

「大げさな……」


 あまりにも大事そうにゆっくり食べる姿を見て、普段からすごく我慢しているんだろうなぁっていうのがわかった。

 食べられる時に味わって食べよう、という意思が伝わるというか。気兼ねなく食べられる環境を作ってあげたいな。


 よし、これからは時間があるときにたくさん作っておこう。あとは買い物に行ったときに、お土産に買っておくのもいいね!


 なんて考えているうちに、あんなにたくさん焼いたクッキーが全部なくなっていた。はやっ!?


「うっ、つい食べすぎちゃった……」

「まだ食い足りない!」

「もっと食べたーい!」


 食べ盛りだもんねぇ。でも、これはおやつなので、お腹いっぱいになるまで食べるものではないのです。


「甘いお菓子はね、もう少し食べたいな、でやめるようにしようね。それから歯磨きをしっかりしないと、虫歯になっておいしいものが食べられなくなるかも」


 私がそう注意をすると、三人揃ってハッと口元を押さえた。可愛い。


「僕、歯磨きしてくる!」

「俺も!」

「ボクもー!」


 そして、パタパタと揃って駆け出して行った。ふふっ、本当に素直だなー。


「ハマーさんは、足りましたか?」


 すごい勢いで子どもたちが食べてしまったから、もしかすると足りなかったかも。

 心配になって聞くと、優しい笑顔で答えてくれた。


「ああ、十分だ。それに、あいつらがあんなに我を忘れて食べるなんざ、初めて見たからな」

「えっ、そうなんですか? いつも、食事の時もしっかり食べていますけど」

「ああ、よく食べるのは変わらんが……元々貧しい暮らしをしてた影響からか、みんなで分け合う、って意識があるみたいでな。普段も本当はもっと食べたいだろうに、気にして食い過ぎないようにしてんだよ」


 そうだったんだ。子どもたちが食べる様子をしっかりと見たことはなかったから気付かなかったなぁ。

 朝食や夕食の量、もっと増やしてあげたほうがいいかな。でも食費は決まってるもんねぇ。

 うーん、もっとやりくり上手にならなきゃかも。かさ増しメニューを考えてみようかな。


 せっかく新しい調理仲間もできたことだし、みんなにも相談してみようっと。


「だから、それも忘れて無我夢中で食べちまうくらいうまかったんだろ。だからありがとな、ルリ」

「いえいえ! たぶん、自分たちで作ったから余計においしかったんだと思います」

「だとしても、そういう機会を作ってくれたのもルリだろ? 俺にゃ無理なことだからな」


 ハマーさんは面倒見がいい上に、すごく褒め上手だ。

 だからあの子たちもあんなに素直に育ったんだと思う。


 そんな頑張り屋で優しいハマーさんには私の分のクッキーを全部あげちゃいます!


「あの、これ。よかったら貰ってください」

「! いや、でもこれはルリのだろ?」

「今回はハマーさんのために作りましたから! 貰ってくれたほうが嬉しいです」


 最初は遠慮していたハマーさんだけど、甘い物という誘惑には勝てなかったようで、照れたように笑いながらも受け取ってくれた。ふふ、よかった!


「本当にありがとうな。困ったことがあったら何でも言ってくれ。すぐに駆け付ける」

「頼もしいです!」


 これは強力な味方ができちゃったかも? ハマーさんみたいに優しくて強い人が助けてくれるなら百人力だ。


 ほっこりとした雰囲気が漂う中、遠くから子どもたちの歯を磨いた報告の声が聞こえてきてさらに心が癒された。


 今日は絵に描いたような休日を過ごしたなって気分。こういう日、定期的に作りたいな!

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