「ヒロインレーサー」~若手声優たちの複雑な共同生活~

アリミナ

1章「騒がしい共同生活始めました!」

1話 退屈な日常

「は〜い。今日の講義はここまで」


 5月12日の昼下がり。

 俺ーー空町そらまち つきはいつもの通りつまらない講義を受けていた。


 何の価値があるかも分からない講義をぼんやりと聞き終えて帰り支度をしていると、突然声をかけられる。


「ふぅ・・・。やっと終わったなつき。」


 声をかけてきた金髪のチャラそうなこいつは一枝いちえだ 駒九くく

 この大学ーー黄金大学こがねだいがくに入学して最初に出来た友人だ。


「何がやっとだよ。お前ずっと寝てたじゃないか」


 講義中に隣で小さくいびきをかきながら、居眠りをしている駒九くくが時折視界に入っていた。


「へへ!バレてたなら話が早いな。ノート借してくれ」


 調子良さそうにそう言ってくる駒九くくを横目に見ながら帰り支度を再開する。

「飯を奢る」など言っているが全部こいつの自業自得だ。俺の知ったことじゃない。


「じゃあな駒九くく。他のやつを頼ってくれ」


 そう言い残して駒九くくを放置して俺は講義室を出ようと扉に手をかけたその時・・・。


 ドォン!!と大きな音を立ててながら開いた扉の先には、茶髪でショートカットの少女が一人立っていた。

 見慣れた顔だ・・・。


「お疲れ様です!!つきさん!!。時間が押していますから早くしてください!!」


 こいつは酒乃木さけのき 夜都よみ。俺の一つ下...1年生の後輩だ。


「何してるんですか!!早くしないと撮影始まっちゃいますよ!!」


「大きな声だすな夜都よみ。分かってるから」


 撮影…そう俺は声優をしている。

 数年前子役時代にお世話になっていた人から誘われる形で俺は声優業界に入っていった。特に興味があったわけではなく暇つぶし程度の気持ちだった。

 だが『アナライズ・スター』通称『アナスタ』の主人公を演じて以降、ありがたいことに仕事を沢山貰うことが出来ている。

 だがあまり大きな声で言わないで欲しいものだ。顔バレは既にしているとはいえあまり騒ぎにはしたくない。


「おいおい!置いていくなよ つき

 そんなことを考えていると駒九くくが俺の肩に手を置いて文句を言ってくる。

 夜都よみのせいで面倒くさい奴に追いつかれてしまった。


「ちょっとそこのチャラい人!!つきさんは忙しいのですから邪魔しないでくれませんかね!!」


「少しくらいいいじゃねえかよ夜都よみちゃん。あといい加減名前覚えてくれてくれないかな・・・」


「覚える価値もありません」と言い放つ夜都よみに対して少しショックを受けている駒九くく。面倒くさい奴同士が絡んでいる間に俺は講義室を出ようとする。


「どこに行くつもりですか!!私からは逃れられないですからね!!」


 それも虚しく入口を包囲される。周りが騒がしくなる。

 もう放っておいてくれ・・・マジで。


**************************************


 夜都よみと一緒にキャンパスを出ると一台の車と一人の女性が待っていた。


つき待ってたわよ。早く車に乗って頂戴」

 肩までかかる黒髪にピシッとしたスーツを着た女性。

 この人は酒乃木さけのき 常世とこよさん。俺の専属マネージャーで夜都よみの叔母にあたる人だ。

 夜都よみとは 常世とこよさん経由で知り合い、今では毎日しつこくつけられている。


「すみません。少しトラブルがあったもので」

 主に貴方の姪っ子と俺の友人のせいで・・・。


「そうまあいいわ。まあ今日は仕事のだけ話じゃないんだけどね」

 は??確か今日は新しい撮影のはずだったが・・・。


「もちろん撮影はあるわよ。でもその前に少し面倒な案件を片付けないといけないのよ。」


「面倒な案件ですか?」

 何のことだと首を傾げる夜都よみ

 この様子じゃこいつも知らない感じか。まあそれだけ重要なことなんだろう。

 それより嫌な予感がするのは気のせいだろうか。


 そんな不安な気持ちもありながらも車に乗り込み事務所へと向かうことした。


**************************************


 大学を出発してから30分。

 都心の中心地近くの場所にある事務所に到着する。

 いつものソファーに腰を掛けると常世とこよさんが不安そうな顔をしながらこちらを見てくる。

 俺は何かやってしまったのだろうかと、そんな不安を抱えながら夜都よみが入れてくれたコーヒーに口をつける。


つき。貴方にとある仕事がきているの」


「とある仕事ですか?」

「ええ」と返事を返しコーヒーを口にする常世とこよさん。

 常世とこよさんが話す前に飲み物を口にする時は、面倒な案件の合図だ。


「貴方この子達のこと知っているわよね」

 そう言って数枚の写真を見せられる。そこには見慣れた顔の人物が何人かいた。

 綴李つづり 藍来あいら浅野あさの 那孤なこ辻風つじかぜ 奈々枝ななえ。それに知らない女性が2名。

 そして・・・。


輝夜かぐや・・・。」

 頼水たのみ 輝夜かぐや。1年前まで嫌というほど見てきた奴・・・。


「気持ちは分かるけど仕事だから。それで本題に入るけど・・・。」

 ああ。もう嫌な予感しかしない。

 これから何を言われるのか想像しただけで寒気がする。


「貴方には来週からこの子たちと共同生活をしてもらうわ!」


 はぁ~。最悪だ。

 色々文句や聞きたいことは沢山あるが、今は最悪な気持ちでいっぱいだった。

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