第9話

 さて、記念すべき高校生活の初日は無事に終了したが、今日という一日はまだ終わらない。俺は彼女の指定した場所へと到着する。


 体育館裏。


 入学式があったためか今日は部活動もないらしく、人気もなく閑散としている。


 つくづく彼女は男を勘違いさせる質らしい。こんな場所に呼び出されたとなったら、普通の男は大いに期待を抱くことになるだろう。


 放課後、体育館裏、美少女の呼び出し。もう役満だろ。


 だが俺は油断はしない。彼女の本当の目的を探らなくてはならない。彼女がどこまで勘付いているのか。場合によっては、強力な口封じを施すことになるかもしれない。万が一の場合ではあるが。


 そう、万が一だ。


 早々、バレるはずがないのだ。ここに引っ越してきてから、何度か事件を起こしているが、今のところ警察の捜査網が俺を捕捉したことはない。


 証拠を残さないよう立ち回ってきたし、アリバイ工作もした。街にあるカメラの位置を把握して、映らないよう行動している。通り魔的犯行だから、ターゲットとの人間関係から辿ることも不可能。犯行から俺個人に繋がる線は、殆どないに等しい。


 国家権力が俺を捕まえることができないのだ。


 ならば、一市民である彼女に出来るはずがないではないか。


 そうだ、そうなんだよ。彼女が俺に辿り着くなんて、あるはずないのだ。


 またもや、考えすぎていたのかもしれない。


 思えば、彼女は一度たりとも昨夜の出来事については言及していない。彼女はどこかで会ったことがある、と言っただけなのだ。言葉の真意はまた別のところにあるのかもしれない。


 例えば。初対面の男に対して、どうにかしてキッカケを持ちたかった、とか。


 にわかに緊張してきた。ここにきて、この場所に呼び出したことがこんなに意味深に思えてくるだなんて!


 あー、なんかちょっとダルくなってきたわー。ダル。ダルくね?


 付き合う? とか正直意味分からんし?


 なんかぁ、急にダルくなってきたわぁ。


 俺はさりげなく髪型を直しながら、気だるげな雰囲気を演出しつつ彼女を待った。


「お待たせ」


 不意に声がかけられる。正面から神野しずかが歩いてくる。固まって何も言わない俺の前にゆっくりと近づいて、何かを決意したかのように口を開く。


 心なしか顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。


 マジか。


 本当なのか。


 言っちゃうのか、あれを。


 だとしたら俺は、いや、しかし純君のためには、だが俺は年齢的に、


「昨夜の話なんだけれど」

「殺す」

「はい!?」


 不味い! 感情が昂って思わず口走ってしまった! 男の純情を弄ばれて本音が漏れた!

 何とかして誤魔化さなければ!


「コロス、ケってかわいいよねぇー?」

「いや、無理があるでしょ!?」

「な、何のことかな? 僕が頭の中をキ◯レツ大百科でいっぱいになっているところに君が声をかけてきただけの話じゃないか。びっくりしてマスコットキャラクターの名前を口走ったところで、なんの不思議もないナリ!」

「不思議しかないナリですけど!?」


 ちっ、しつこいなこの女。恥を忍んで語尾までつけたんだから追求してくんなや。


「はーハイハイ。言った言った。殺すって。で? 昨夜が何だって?」

「サラッと流せる台詞じゃないわよ!?」

「昨日君が犯されそうになっていた、それについて聞きたいことがあるって話でしょ?」


 俺がそう言うと、彼女はピタリと押し黙った。


「僕が犯人の一味だって、君はそう思っているってことかい?」

「ち、違う!」


 彼女は慌てて頭を振る。


「君はあの夜たまたまあの場に行き合っただけだって、分かってるから。だって君はまだここに引っ越して間もないでしょう? だったらあんな連中とつるむような時間はなかったはずよ。素行も調べたけれど、成績優秀な優等生そのものだったし。凄いわね、全国模試でも上位の成績だものね。ねぇ、どうして昨日あの場所に居たの? メイクまでして」


 しら、べた?


 俺を調べたのか、こいつ。昨日の夜から、今までの僅かな時間で?


 俺は誰にも引越しのことを話していない。模試だって、外部の人間が成績優秀者の名前を知ることは出来ないはずだ。何故知っている?


 あまつさえ、俺の変装術を見破った。あの暗がりの中で、僅かな瞬間しか見ていないというのに。


 ……危険だ。この女はあまりにも危険。このまま放っておいたら、致命的な結果をもたらしかねない。


 俺の目的の障害に、この女は確実になる。


「ま、まあ多少思うところはあるけれど……助けてくれなかったし? し、仕方のないことだとは分かってるんだけどね!? 私だってあんな場面に遭遇したら、ただ立ち竦むことしか出来ないと思うし……」


 そんなことはどうでも良い。お前にどう思われようと何の役にも立たない。


 必要なのは、お前がこれ以上俺に踏み込まないことだ。

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