愛の独占の終わりと、はかなき一羽の鳥。

ゆるりとひかり

本編

リュウ



「リュウがね、死んだの」と、彼女は言った。


「──リュウが?どうして?」


オレには信じられなかった。あれだけ元気にしていたのに。

つい先日だって、オレは彼に会い彼女と約三人で時を過ごしたのだから。



「約」と言うのもリュウは、人間ではない。

単位で言うなれば『羽』なのである。そう、鳥だ。


オレは鳥を飼ったことがないし、とりわけ興味もなかったから詳しくは知らないが、それでも彼が「インコ」であることは一目でわかった。


 元々リュウは彼女が数年前に拾ってきたインコだった。

(鳥を拾ってくると言うのもおかしな話だが、拾ってきたらしい)


彼女は田舎から出てきて独り暮らしだったし、オレだってしょっちゅう一緒にいるわけもない。


いわば寂しさもあっただろうし、母性本能がそうさせたのかもしれないが、(そもそも母性本能と言うものが存在するのかが疑問だが)彼女はリュウを飼うことにした。


 「少し、流線型のくちばしでしょ、それに青いから・・・」


 そういって、オレの目の前で「リュウ」と言う名前を付けたのだった。だから、その分、オレにとっても親しいヤツであったのだ。


 ──そのリュウが、死んだ。


 突然かかってきた電話の向こうで彼女が「話したいことがある」というのが、この事だったのかと思い、あらためて喫茶店の空気を確かめる。とても静かで、悲しみを抑えるような小さな声で話すためにあるような空気だった。



 うつむいている彼女はまだ、何かをためらっているようだった。だから、オレは促すようにもう一度「どうして?」と、手を添えた。


 「じつは、柏木君も知っているでしょ、リュウと私は仲良しだったの・・・」

 会話というのは相手の意図が流れるように出てくるわけではない。ひとによってはひとつのことを説明するのに多くの単語を要することがある。


 それはその人の罪ではないとオレは思っている。的確に表現できないことは仕方ないことなのだ。会話は聞き手の理解しようとする意思も必要なのだ。


 「ああ、オレと三人でよく遊んだしね。部屋の中で・・・」

 「それだけじゃないのよ・・・」


 相手がたとえ鳥だったとしても、、という言葉には少し嫉妬を覚えた。


 「一緒にね、テレビ見たり」


 たぶん、リュウはテレビを見ていたつもりはないだろうと心の中で俺は思った。


 「編み物したり・・・去年あげたマフラー。リュウと一緒に編んだんだよ」

 「そうなんだ」相づちを打ちながらも、一緒に編むというつもりもないだろうなとも思う。


 「柏木君がいないときも私の肩に乗ったりしてね、檻の中に入れっぱなしじゃかわいそうだから部屋の中を飛んでたりしたの」


 飛ぶ、といっても風切り羽を切ってある。


 これを切っておくと、長距離飛行どころか、鳥であることをやめたくなるぐらいまともに飛べなくなるのだ。飼い主としては風切り羽を切るのは逃げないための安全策だ。

 リュウを拾ったときもこの羽が切られていたおかげで捕まえることが出来た。


 「昨日、いつもみたいにね、部屋の中を自由に飛んでいたの」

 「うん、元気だったんだ」自由に、というのは語弊があると思うが、口には出さない。


 「そう、元気だった。飛んでいる姿を見ながら夕飯の支度をしていたの」

 最近、彼女は料理に凝っている。彼女とは付き合い始めて4年が経ち、お互いの両親にも挨拶をしている。そろそろ婚姻に向けた一歩が必要だとオレは思い始めていた。


 「・・・」


 そこで彼女はためらった。


 言葉を選んでいるようではあるが、的確な表現が見つからないのだろう。だとすれば話題を少しずらして、しゃべりやすくするのが良いとオレは判断した。

 「夕飯か、何を作ったんだい?」


 「・・・天ぷら」と彼女は小さく呟く。


 ええ?──まさか、そんな。


 もうオレは一点の答えしか見えなかった。

 そして彼女は続けてしまう。


 「リュウがね、何をしているんだろうって私の所にとんできてね、料理の様子を見ていたの」

 彼女はうつむき、言葉を選びながら言う。


 「そこから、きっと。私の肩に乗りたかったんだと思う。リュウは飛んで、でも肩に乗るもうちょっとのところで足を滑らして、あっと思ったら揚がっていた」


 唐揚げじゃないか…


 「そうか。葬式、してやらないとな…」

 何とか言えた言葉だった。


 「火葬かな」と、彼女は言った。


 焼き鳥かよ!


 そんな風に思いながら、彼女の肩をそっと抱き寄せると、小さく震えていた。

 「そうだな。リュウも、きっと喜ぶよ」


 リュウとの思い出が、走馬灯のようにオレの脳裏を駆け巡る。あの日、三人で笑い合った日々は、もう二度と戻らない。


 「ありがとう、柏木君。」

 彼女は顔を上げると、涙を拭い、かすかに微笑んだ。その表情は、どこか吹っ切れたようにも見えた。


 「ああ…」

 オレは、もう二度と会えないインコを思い、静かに窓の外の空を見上げた。


 そこには、高く、そして自由に飛ぶ鳥の姿があった。

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