仕事着の調達
仕立屋の入り口には「ギルド加盟者協力店」の看板が下がっている。
ギルドに加盟している組合の組合員ならば割引が受けられる仕組みだ。
「ここは宝石修復師組合の提携店なので店員さんにお任せすればちょうど良いものを用意してくれると思いますよ」
「なるほど。そういえばあの地図にも載っていたな」
「良く覚えていましたね」
「確か安く利用できると言っていたか」
「はい。組合の身分証を見せれば割引が効きますよ。あと、仕事道具や資材の取り扱いが豊富です。
店員さんもこちらの仕事内容を熟知していらっしゃるので相談なんかも受けてくれますよ」
「ふむ。それはいいな」
「かゆいところに手が届く専門店って感じですね」
リーシャは店員に声をかけ、オスカーの仕事着を何着か購入したい旨を伝えた。
今回仕立屋で作るのは仕事着――客先に出向く際に身につける衣服だ。
宝石修復師は個人業である。
故に、店舗などで雇われている従業員と異なり決まった制服は存在しない。
ただ、私服で客先に赴く訳には行かないので多くの修復師は作業がしやすいように工夫した仕事着を仕立てている。
「リーシャも仕事着を持っているのか?」
「もちろん。用途や相手の身分にあわせて何着か作っていますよ。
国によっては女性の服装に厳格な決まりがある国もありますし、風習によって身につけてはいけない色やモチーフがあったりするでしょう?
そういうものに対応しているうちに数が増えてしまって」
「素晴らしい気遣いですね」
オスカーの採寸をしていた店員が手を止めた。
「私もこの仕事をして長いですが、そこまで考えていらっしゃる宝石修復師の方は滅多におられませんよ」
「旅をしながら依頼をこなしているとどうしても。一カ所に定住して仕事をする分には必要ないと思うんですけどね」
「ああ、なるほど。旅をしていらっしゃる。確かにそれならばある程度数は必要かもしれませんね」
「彼はしばらくこの辺で仕事に慣れてもらう予定なので、同じ物を二、三着作って頂ければと思っています」
「かしこまりました」
店員は丁寧に採寸をすると何着か見本を持ってきた。
仕事着にはある程度決まった型があるらしく、それに個々のアレンジを加えて作るそうだ。
「お客様は武具をお使いになりますか?」
「この剣一本だけだな」
「承知いたしました。もしも革鎧などを使うご予定があるのでしたら、あまり装飾がないものをおすすめしようと思っていたのですが」
「鎧か……」
オスカーは考えた。ここは町中だ。
そんなに治安が悪い訳でもなく、外壁に囲まれ門番がいるので強盗やごろつきは入って来れない。
相手にするとしてもスリや物盗りくらいだろう。
(そう考えると、戦に行くわけでもあるまいし鎧は必要ないだろう)
「将来のことを考えて二種類作ったらどうですか?」
オスカーの考えを見通したのかリーシャが口を挟む。
「この町は治安が悪くないし鎧なんて必要ないと考えているのでしょうが、ずっとこの町にいるとも限らないでしょう。
町の治安は良くても依頼主の治安が悪い、なんてことも考えられますし、備えあれば憂いなしですよ」
「だが、もしも使わなかったらもったいないではないか」
「安全はお金で買えるけど命はお金では買えませんよ」
「それはそうだが」
(見るからに高そうだぞ)
「仕事着」と呼ぶには少々華美な装いだ。
所々に刺繍が施されており、まるで貴族の正装のようではないか。
それが「とても高いもの」であろうことはオスカーにも容易に想像がつく。
いくらリーシャが金を貸してくれると言ってもさすがにこれを四着も作るのは無理だ。
「……もう少し地味な色合いのものはないだろうか。俺は護衛だ。こんなに目立つ必要はないだろう」
「これは失礼いたしました。流行り物を選んでお持ちしたのですが」
「いや、俺の好みの問題だ。すまないが、頼めるか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が派手な仕事着を抱えて下がったのを見てオスカーは安堵した。
これで少しは値段を抑えることが出来るだろう。
「お金の心配なら必要ありませんよ。いざとなれば私が負担しますし」
「店員はあれが流行だと言っていたが、本当か?」
「さあ。今まで護衛を雇ったことはないのでなんとも。でも、ああいう華美なデザインが好まれるのは分かります。
まるで絵物語に出てくる騎士様みたいでしょう。貴族のご婦人方はああいうのが好きなんです」
「……なるほど」
つまりは護衛側の趣味ではなく依頼人にゴマをするための手段という訳だ。
「気に入られれば依頼料に色が着くかもしれません。そういうのを期待しているのでは?」
「俺には無理そうだ」
「ふふ、それで良いと思いますよ。でも覚えておいてください。そういう知恵も生きていくためには必要だってことを。お金がなければどうしようもないんですから」
「それは身に染みて分かっているさ」
オスカーの言葉にリーシャは頷く。きっとこれはオスカーにとって一番痛い言葉だ。
金を稼ぐために手段を選んでいられない時もある。何をしてでも金を得なければ命が尽きる。
そんな時に、果たして「派手な仕事着」を笑っていられるだろうか。
そんなことは決して出来ないとオスカーはその身を持って実感しているはずだ。
(理解しているだけ良い。そういう意地汚さもオスカーには必要だ)
この男の良いところは素直で実直でまじめなところだ。
だが、それだけで生きていけるほど世の中は甘くない。
もしもそれだけで足りるなら、あの日オスカーは酒場で倒れていなかったはずだ。
いつまで行動をともに出来るかは分からないが、こうして一歩ずつ成長していく姿を見るのはなかなか楽しい。
「お待たせいたしました」
店員が代わりの商品を持って戻ってきた。
先ほどの仕事着とは打って変わって黒と茶色を基調とした地味な服である。
しかし一見地味だがよく見るとそれが上等な布や革で作られていることが分かる。
装飾こそ少ないが上着の裏地には光が当たると模様が浮かび上がる濃い紺色の布が使われており、オスカーはそれを大層気に入った。
目立たない場所にちょっとした差し色が入っているのが良いらしい。
リーシャがそれを試着させるとこれまたオスカーによく似合う。
防具を上から身に付けない、あくまでも安全な場所で身に纏う為の物ではあるが、見目の良さも相まって「依頼人のご婦人方が夢中になりそうだ」とリーシャは思った。
「下に鎖帷子でも着込めばこの服でもある程度は大丈夫そうだな」
「鎖帷子って、金属を編んだ防具でしたっけ?」
「ああ。それならば表からも見えないし見た目も良いだろう」
「なるほど。それは良い案ですね。ですが、服の下に着てかさばったりはしないんですか?」
「それでしたら、今良い商品が出ていますよ」
店員はそう言うとなにやら大きな冊子を持ってきた。
「これは?」
「防具の商品一覧表です。たまに護衛の方から相談を受けるので店に置いているんですよ。鎖帷子もいろいろと種類がありまして、魔動刺繍を施した軽量型のものが人気なんだとか」
「マドウシシュウ?」
オスカーにとっては聞き慣れない言葉だ。
「はい。布に硬化魔法の絵図が縫いつけてあって、斬られそうになった時に魔力を流せば硬度が上がるんだとか」
「硬度が上がる? 魔法で金属の硬度が上がるなんて、そんなことあり得るんですか?」
「さあ。でも最近流行っていますよ。軽いので旅をする方にも人気なんだとか」
「それはいいな」
「……」
オスカーが「そんな良い物があるのか」と感動する一方で、リーシャは半信半疑だった。
(金属の硬度が魔法で変わるなんて聞いたことがない)
金、銀、銅のような貴金属だけでなくダイヤモンドやルビー、サファイアのような宝石、そして道ばたに落ちている石ころに至るまで、すべての鉱物や金属には「硬度」という硬さを示す数値が定められている。
その数値は不変であり、その金属単体であれば魔法をかけただけで変わるようなものでもない。
(まぁ、何か仕掛けがあれば別だけど。たとえば、別の金属との合金にするとか)
合金。硬度を変えるためによく使われる手段だ。
宝飾品に使われる、いわゆる貴金属と呼ばれる種類の金属はそのほとんどを他の金属と混ぜて使われる。
たとえば銀は純金の状態では柔らかく傷が付きやすいため、パラジウムやニッケルを混ぜて固くするのだ。
(でも魔法をかけて瞬時にそのときだけ硬度をあげるなんて可能なのかな)
魔法で合金を作るにはまず魔法で金属を溶かし、混ぜ、形を整形して固めなければならない。
そんな複雑な行程を一瞬で行うなんて至難の業だ。
「オスカー、この鎖帷子に興味があるんですか?」
目を輝かせているオスカーにリーシャは問いかける。
「ああ。本当にこんな物が存在するのだとしたら是非この目で見てみたいものだ」
「そうですか。では、実際に見に行きませんか?」
「いいのか?」
「はい。私も興味が湧きまして。どのような仕組みなのかこの目で見てみたいのです」
リーシャはそう言って笑みを浮かべた。
流行の物ということはそれなりの数が出回っているはずだ。
きっとこの町でも実物を拝めるだろう。
「でしたら、この通り沿いにある武具専門店へ行ってみてはいかがでしょうか。この冊子もその店から取り寄せた物ですので」
「そうなんですね」
「この町でも人気の武具店なんですよ。品揃えも豊富と評判なので私個人といたしましてもお勧めです」
「分かりました。では、まずはこちらの精算を。あと、これに加えて同じような物を二、三着頂けますか」
「承知いたしました。ありがとうございます」
同じような色味の服を何着か見繕い精算をする際、リーシャが支払った金額を見たオスカーは驚愕した。
トレーの上に置かれたのは金貨六枚と銀貨の小山が一つ。
それがどれほどの金額であるのか、今のオスカーならば理解出来る。
「お金のことは心配しなくて良いですよ」
オスカーが青い顔をしているのを見てリーシャは苦笑いした。
「試験の合格祝いとでも思ってください」
「いや、そんなわけには」
「その古着のお金さえ返してくれれば十分です。お金の無い人をわざわざこんな高い店に連れてきて『金を返せ』だなんてあんまりでしょう?
これから何かと物入りでしょうから、仕事を始めるまでは甘えてくださって構いません」
「……かたじけない」
オスカーは懐の財布に手を当てて小さな声で礼を言った。
財布には銀貨一枚すら入っていない。空である。
故に、リーシャの言葉に甘える他無かった。それがたまらなく惨めで恥ずかしかったのだ。
一回り以上年下であろう少女の臑をかじり、しかし、そのおかげで命をつなぎ生きながらえている。
それをむざむざと実感させられているような気がする。
大の大人が少女に金を集っているこの状況、そしてその状況を招いた自らの愚かさを繰り返し反省しては穴があったら入りたいような気持ちになるのだった。
(リーシャはなぜ、俺にここまでしてくれるのだろう)
不思議だった。
見ず知らずの男に、ボロ雑巾のように汚い男に声をかけて手を差し伸べ、職も宿も食べ物すらも世話を焼いてくれる。
かといって何かを求める訳でもなく、今まで出会った者たちのようにオスカーを騙して食い物にしようとしている訳でもない。
(リーシャには俺を助ける理由がない。宿代も食料も服代も、理髪店の金だって、全て合わせるとかなりの大金のはずだ。一体なぜ、リーシャは俺を助けてくれるのだろう)
それが分からない。
ただ、出会った人々に騙され、金を巻き上げられ続けたオスカーにとってリーシャの優しさはあまりに「毒」だった。
リーシャのかける言葉や気遣い一つ一つが傷ついた身体と心に染み渡り、オスカーは気づかぬうちにその「無償の愛」に絆されていたのだ。
(まるで神話に出てくる女神のような人だ)
日の光に照らされてきらきらと輝く銀髪も、木漏れ日のような美しい黄緑色の瞳も、ふとした瞬間に見せる優しい笑みも、人一倍輝いて見える。
(おっと、いかんいかん。相手はまだ子供だぞ。よこしまな考えを持ってはいけない)
気づかないうちにリーシャの姿を目で追っていたことに気づいたオスカーは気を紛らわせようと頭を振った。
(リーシャは雇い主で、俺は護衛だ。それ以上のことはない。だが……)
出来ることならば、独り立ちしてもリーシャの護衛でありたい。
リーシャの言葉の節々からはいずれオスカーと離れるつもりであることが伺える。
こうして世話を焼くのも、オスカーが独り立ちした後に自立出来るようにとの配慮なのだとオスカー自身も分かっていた。
(俺がこうして願うのはリーシャの意に反することなのかもしれない。それでも――)
叶わぬ願いかもしれない。だが、心の中で祈るくらいならば許されるだろう。
オスカーはそんな想いを心の中に秘め、武具店の中へ入っていくリーシャの後を追った。
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