宝石修復師は訳アリ騎士と旅に出る

スズシロ

宝石修復師の拾い物

 カランカラン。酒場に来客を告げる鐘が鳴る。

 廃鉱山の町、ウルクス。

 十数年前まで水晶の産出地として名を馳せていた鉱山の町だが、今やかつての栄光見る影もない。

 鉱脈が枯れ果て廃鉱となって久しいが、未だに町は失業者で溢れている。


「お嬢ちゃん、一人かい?」


 酒場の主がカウンターに一人腰掛けた少女に声をかけた。


「ええ。すみません、蜂蜜酒をひとつ」

「あいよ」


 注文を済ませた少女――宝石修復師のリーシャは懐から小さな革袋を取り出すとその中身を机に敷いた紙の上に広げた。


(今回はあまり収穫がなかったな)


 革袋の中から出てきたのは小さな石だ。

 泥や砂がついていて一見道ばたに落ちているただの石にしか見えないが、よく見ると机の木目が透けているのが分かる。

 水晶だ。

 ウルクスは水晶の――とりわけ紫水晶の生産地として有名だった。

 昔のような大きな塊は拾えないが、たまに小さな、現地の人間に言わせれば「かす」のような物が拾える。

 鉱山が廃され財政が厳しくなったウルクスのせめてもの収入源として、鉱山跡地は「観光地」という形で解放されていた。

 入場料を支払えば誰でも鉱山跡地でが出来る仕組みだ。


「お嬢ちゃんも宝探しかい?」


 蜂蜜酒を持ってきた店主が机の上に広げられた石を見て笑う。


「はい。何か良いものがあればと思って来たのですが」

「もう何も残ってないだろう。良いやつはずっと昔に採りつくされちまったからな」

「昔は良い石が採れたと聞きました」

「ああ。十数年前までは採れたさ。この町も今よりずっと活気があってね。まぁ、今は見ての通りだが」


 そう言って店主は昼間から酒盛りをしている男たちに視線を移す。


「彼らは?」

さ。閉山してから随分経つが、未だに職に就かない奴らが多くてね。

 この町の住人のほとんどは鉱山で働く鉱夫だったし年を取ったやつも多かったから、今更他所へ行く気も起こらないんだろうが……」

「そうですか」

「まぁ、ああいうやつらのおかげで俺は食いっぱぐれずに済んでいるって訳だ。ここも元々鉱夫のための酒場だったからな」


 そう言って店主はカウンターの横にある壁に目をやった。

 酒場の壁には古い写真が何枚も飾られている。

 写真には大勢の鉱夫たちと店主の若い頃と思わしき姿が写っていた。


(昔は本当に栄えていたんだろうなぁ)


 蜂蜜酒を傾けながらリーシャは思った。

 廃鉱山を見るのは今回が初めてではない。

 掘り出し物を探すために今まで何度も各地の廃鉱山に立ち寄ってきた。

 どこも同じだ。

 大きな町の近くならともかく、鉱山のために開かれた町は鉱山と共に歴史を終える。

 仕事を失った鉱夫のほとんどは他の町へ流れていき、残った者は衰退していく町と運命を共にする。

 魔道具を作る際の「核」として宝石が使われるようになって以来、宝石の需要が高まり全世界で積極的な採掘が行われた。

 その結果、想定よりも早く鉱脈が枯れて閉山する鉱山が増え始めた。

 宝石も鉱物も無限に沸いて出る訳ではないのだ。

 故に、このような光景は珍しいものではない。

 むしろ今後増えることはあっても減ることはないだろう。


「ところで、さっきから気になっていたのですがあの男性は?」

「ん? ああ、浮浪者だよ。注文もせずにずっとあんな調子だ。そろそろ叩き出してやろうかと思っているところさ」


 酒場の隅、少し陰になったところで机に伏している一人の男がいる。

 体調が悪いのか、ぐったりとしたまま動く様子がない。


(土まみれで薄汚れた服。長い間着ていそうな古い服だ。荷物らしきものは見あたらない。店主の言うように浮浪者か? でも、机の上に置いてある――)


 ふと男が抱き抱えている一本の剣に目が留まった。

 遠目から見ても目を引く、銀色の剣だ。


「ちょっと様子を見てきます」

「危ないぞ。襲われでもしたら」

「大丈夫です。そこそこ腕は立つので」


 リーシャは大きなトランクと蜂蜜酒を手にすると男が伏している席に歩み寄った。


「こんにちは。大丈夫ですか?」


 向かいの席に座って声をかけても反応がない。意識を失っているようだ。


(……思ったよりも若いな)


 対面して初めて男の顔を見たが、想像よりもだいぶ若い。

 日焼けして色が付いた肌に無精髭、そして少しだけ伸びた髪。

 手元には革の鞘に納められた美しい銀色の剣が横たわっている。


(この剣、かなり良いものだ)


 リーシャは剣を見て考えた。

 これは浮浪者が持てるようなものではない。

 それどころか、平民、いや、小金持ちが持てるようなものでもない。

 鞘からのぞく緻密な彫刻とよく手入れされた刀身を見てそう直感した。

 宝石修復師という仕事柄、良い宝飾品を飽きるほど見てきた。

 そのリーシャの目から見ても男が持っている剣は「良いもの」に違いなかった。

 つまるところ、男はただ者ではない。少なくとも店主が言うような浮浪者ではないと感じた。


「失礼します」


 リーシャはトランクを床に置くと自らの手を男の額にそっと当てた。


(熱い。熱がある)


 男は発熱している。それもかなりの高熱だ。

 近くで見ると男の顔は真っ青で寒そうに小刻みに震えている。

 このまま放っておけばただでは済まないであろうことは一目瞭然だった。


「仕方ない」


 リーシャはため息をつくと持っていたトランクを開き、中から四角い木箱を取り出した。

 木箱を開くと中にはなにやら小さな包み紙がたくさん入っている。

 その中から白い粉が入った包み紙を取り出すと、店主に頼んで出してもらった水に溶かして男に飲ませた。


(これで良くなるはず)


 男の額に手を当てたとき、熱と共にある異常を感じた。

 男の体から魔力を感じなかったのだ。


(魔力を感じない、つまり彼は使ということ。そう考えると、彼の熱は……)


 応急処置はした。あとは男の回復を待つばかりだ。

 一息着いたリーシャは男の向かいに腰をかけ、男が目を覚ますのを待つことにした。



 男が目を覚ましたのはそれから一時間ほど経った頃だった。


(体が軽い)


 意識を取り戻した男は自らの体に起きた変化に即座に気がついた。

 驚いた様子で体を起こすと、目の前に見知らぬ少女が座っているのが目に入った。


「おはようございます」

「あ、ああ。おはよう」


 状況を把握しきれていない男は間の抜けた返事を返す。


「もしかして、君が助けてくれたのか?」

「はい。を発症していたようなので、薬を」

「枯渇熱?」

「ええ。ご存じありませんか?」

「初めて聞いたな。風土病か何かか?」


(枯渇熱を知らない?)


 男の言葉にリーシャは驚いた。

 枯渇熱はごく一般的な病だ。

 特定の地域に根付く風土病などではなく、誰にでも起こり得る病気である。

 それを知らないなんて、あり得るのだろうか。


「枯渇熱は魔力が過度に欠乏した際に起こる体の変調、その症状の総称です。

 人が保持出来る魔力の総量には限界があって、その総量を超えた魔力を使った際に熱や体の不調が出る。

 魔道具に頼りすぎた生活をしたり、年を取ると発症しやすくなるのようなものですよ」

「年を取ると? 何故だ?」

「魔力の保有量は年齢とともに低下します。年を重ねてから若い頃の感覚で魔法を使うと枯渇熱になりやすいんです」

「……そうなのか。勉強になったよ」

「あなたに飲ませた薬は魔力の回復を手助けする薬ですが、即座に回復するわけではないので無茶はしないでくださいね」

「分かった。助かったよ。礼に何か奢ろう。好きなものを頼んでくれ。あー、えーっと……」

「リーシャです」

「俺はオスカーだ。よろしく」


 すっと差し出された手をリーシャは握り返した。

 手の内側に出来たごつごつとした胼胝を感じて目を細める。

 これは手だ。魔法師の手ではない。


「オスカーは一人旅を?」

「あ、ああ」

「奇遇ですね。私も一人旅をしているんです」

「そうなのか。女性が一人で……。何か事情でも?」

「はい。実は捜し物をしていて。これなんですけど」


 リーシャは腰につけている小さな鞄の中から古びた紙束を取り出した。

 紙には様々な鉱物の写真と名前が連ねられ、それが幾重にも積重なっている。


「鉱物や宝石の一覧表か。これは一体?」

「私の祖母の遺品で、のリストです」

「……なんだって?」

「祖母の葬式をしている間に叔父が勝手に運び出して売り捌いてしまったんですよ。

 その後叔父はお金を持って行方不明になり、売られた店に行っても既に売却済みでどうしようもなくなったという訳です」

「なんと言葉をかけて良いのか分からんな」


 オスカーは沈痛な面もちのままリストを一枚一枚めくる。

 掲載されている写真は古くて色褪せているが、素人目にも立派な標本ばかりなのは明白だった。


「売られた石は希少なものばかりなので競りにかけられているものも多く、なかなか行方がつかめなくて」

「競りならば売却先が分かるのではないか?」

ならば、ね。そういう出所が後ろ暗い物はだいたい闇の競売にかけられますから」

「なっ」

「特に近年、質のいい宝石は魔道具の核として需要が高まっているのでもう跡形もない宝石も多いでしょうね」

「……その、というのは何なんだ?」


 オスカーの質問にリーシャはグラスを運ぶ手を止める。


(やっぱり)


 この男は魔道具も、その仕組みも知らない。

 抱いていた疑念が確信に変わりつつあった。


「魔道具――いわゆる魔法道具というのは核がなければ魔法を発現させることが出来ません。なぜなら、使だからです。

 その核には透明度が高くて質の良い宝石が向いているとされています。魔力を増幅させる役割も兼ねているので、不透明だと内部で魔力が反射しにくいんだとか。

 故に、祖母の遺品――蒐集物のように質がいい標本や原石、裸石ルースは核としての需要が高いんです」

「……なるほど」


(分かってないな)


 オスカーの頭の上に疑問符がたくさん浮かんでいるのが見える。


「核や宝飾品として加工されてしまったら、もうその写真通りの姿ではなくなってしまうでしょう? だから見つけるのが余計難しくなってしまうんです」

「そういうことか。では、なるべく早く見つけなければならないな」

「そう簡単に見つかれば苦労しません。こういう質や価値の高い物は市井には落ちていない。

 だいたい金持ちか貴族、王族の手の中です」

「では、どうやって探しているんだ?」

「私はですから」

「宝石修復師?」

「破損してしまった宝石や核を修復する専門職の呼び名です。ご存じありませんか?」

「すまん。母上や姉上はともかく、俺は宝飾品には疎くてな」

「そうですか」


 リーシャは外套を脱ぐと服の中からペンダントを取り出して見せた。

 大ぶりな赤い石が留められた太陽を模したペンダントだ。


「不慮の事故で宝飾品の、特に石の部分が破損してしまった際に修復魔法を使って修復する。それが宝石修復師の仕事です」


 宝石修復師。そう呼ばれる職業が生まれたのは遥か昔のことである。

 元は「魔工宝石」と呼ばれる人工宝石を作る技術だったものが発展して宝石や鉱物を修復する魔法となった。

 どこかにぶつけたり落としたりして破損した宝石の修復から、魔道具の核の修理までそつなくこなす。

 宝石や鉱物に関するスペシャリストだ。


「ふむ。つまり、王侯貴族の宝石を修復するついでに蒐集物についての情報を集めているということか」

「その通りです。宝石修復師に依頼するには多額の金が必要になります。おのずと依頼者はそういう方々に絞られるので、都合が良いのです」


 リーシャはそう言うと胸を張った。


(この娘は自分の仕事に誇りを持っているのだな)


 正直、オスカーは「宝石修復師」という仕事の凄さが良く分からなかった。

 では宝石には無縁の生活をしていたし、宝石そのものに魅力を感じたことが無かったからだ。

 しかし、自らの仕事について語るリーシャの目が光り輝いているのを見て、リーシャにとって宝石修復師という仕事は「誇り」なのだと理解した。


「そのリストには印がついているでしょう? 丸印は見つかったもの、バツ印は壊された、もしくは既に無くなってしまったもの、無印はまだ見つかっていないものを指しています」

「なんと、まだ半分以上見つかっていないではないか」

「ええ。世界は広いですから。一度散り散りになってしまったら見つけるのも容易ではありません」


 蒐集物の一覧表には数え切れないほどの宝石や鉱物が載っている。

 それにも関わらず、消息が分かっているのは半分ほどだ。


(これを全て見つけるというのか? なんと気の遠い話だ)


 紙の状態からして、かなり長い間探し続けているに違いない。

 それなのにまだこれだけ残っているとは。

 途方もない話にオスカーは面を食らいながらもページをめくる。


「……!」

「どうかしましたか?」


 ページをめくる手を止めたオスカーにリーシャが声をかけると、オスカーは動揺した様子でリストを閉じた。

 あまりに不審だ。


(手が震えてる)


 あまりに些細な、小さな変化をリーシャは見逃さなかった。

 水を飲もうとグラスをつかんだ手が震え、水面に小さな波紋を作る。

 それをぐいっと飲み干すとオスカーは澄まし顔で「何でもない」と答えた。


(久しぶりにかな)


 オスカーは蒐集物について何か知っている。

 どのページを見ていたのかまでは把握できなかったが、このリストに載っているどれかに心当たりがあるのだ。

 でなければあんなにあからさまな反応はしない。


(となれば、彼をここで手放すわけには行かない)


 リーシャは考えた。

 ようやく見つけた蒐集物の手がかりだ。

 それを聞き出さぬままオスカーと別れるのはあまりにも惜しい。

 彼を引き留めるにはどうしたらよいだろうか。

 金に困っていそうだから多めに金を握らせるか、それとも魔法で無理矢理吐かせるか。

 リーシャはオスカーの身なりをじっと観察した。

 服の上からでも分かる鍛え抜かれた身体、使い古しているけれど綺麗に手入れされた剣。

 そしてなにより、人を疑うことを知らなそうな実直さを感じる。

 服や見目は汚らしいが、言葉遣いや仕草はだ。


(先ほどの母上や姉上という言葉。

 彼女たちが宝飾品を所持しているような身分なのだとしたら、彼は相当良い家の出なのかもしれない。

 それが一文無し、それもこんな姿で放浪しているとなると、何かしらの訳があるに違いない。

 だとすると、彼が今一番欲しい物を提示すれば良い。私にとっても悪い話ではないし)


「オスカー、次の行き先は決まっていますか?」


 気まずそうにしているオスカーにリーシャは問いかける。


「いや、決まっていないが」

「では、働き先は?」

「……」

「分かりました。もし宜しければ、私と一緒に来ませんか? あなたにぴったりの仕事があるんです」

「……なに?」

「見たところ剣の腕もありそうですし、今あなたに一番必要なものも手に入りますよ」

「必要なもの?」

「身分証とお金です」


 リーシャがにこりと笑うとオスカーはハッとした。


(恥ずかしい)


 リーシャには全て見抜かれている。

 そう感じた瞬間、オスカーの頭の中は羞恥心でいっぱいになった。

 こんな自分よりも一回り以上年下の少女に気を回され、手を差し伸べられるなど情けない。

 「なんと恥ずかしい男なのだ」とその場から逃げ出したくなった。

 黙り込むオスカーをリーシャは不思議そうに眺めていたが、何かを思いついたような顔をして言葉を付け加える。


「ああ、怪しい仕事ではないので安心してください」

「一体なんの仕事なんだ?」

「宝石修復師の護衛です。それも組合に所属するちゃんとした護衛なので、身分証も作れるし給金だってそれなりにもらえます。どうです、悪い話じゃないでしょう?」

「護衛……」

「しばらくは私が面倒を見ますから。こんな所にいるよりはマシな生活ができると思いますよ」


 リーシャはそういって周囲を見回す。


(こんな所、か)


 それがどういう意味を表すのかオスカーには十分分かっていた。

 廃れた町の場末の酒場。周囲には現実逃避をしている飲んだくればかり。

 このままこの場所に留まっていても先細りするだけだというのは目に見えている。


「君は……なぜさっき出会ったばかりの男にそこまでしてくれるんだ」


 オスカーは絞り出すような声でリーシャに尋ねた。

 

「このままあなたを放置して死なれでもしたら寝覚めが悪いですし、手を差し伸べたなら最低限の責任を持とう。そう思っただけです」

「……そうか」

「まぁ、そろそろ護衛が欲しいと思っていたのでちょうど良かったというのもあります。どうですか? 一緒に来てくれますか?」


 リーシャはそう言うとすっと右手を差し出す。

 目の前に差し出された手を、オスカーは躊躇いながらも握り返した。


(どうせこの町にいてものたれ死ぬだけだ。それならば、虚勢を張らずに恥を忍んでこの少女の厚意に甘えよう)


 リーシャの思惑などつゆ知らず、オスカーは少女の慈悲に頭を垂れた。

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