現代魔女の手作り山暮らし
長谷川佐和
第1話 プロローグ
21世紀初頭、世界に突然迷宮が現れた。
迷宮には後に魔物と名付けられることになる生命体が存在し、様々な資源が無限に排出された。
各国は騒然となったが、迷宮内限定ではあるものの、肉体能力が強化されていくこと、魔術という超常の技を使えるようになることがわかった。新たな武器を得た人類そして各国は、探索に力を入れるようになった。
だがそれからしばらくして、海中や空中などにも迷宮が存在することが判明。攻略困難なそこから溢れ出てくる魔物たちにより、国家同士の交流は断たれ、輸出入の9割が停止。大陸では迷宮を巡って争いが起きるなど、人類は苦しい生活を強いられるようになった。
それから20年と数年がたち。
私、月島真夜は10年務めた海軍をやめることにした。
理由は疲れたから。
元々人嫌いのケがある私にとって、軍隊という組織での生活は過酷すぎた。
学生時代から集団生活はできるが苦手で、友だちもいなくてぼっちだった。そしてそれはそれでいいと思っていた。
だというのに、いきなり集団生活の極みみたいな組織に所属したのだ。そりゃ疲れる。
え、集団生活苦手なくせに何で軍隊に入ったかって?
理由は簡単。学費のためだ。
わが国には予備役将校訓練課程というものがある。
簡単に言えば国公立大学に設置された、予備役の将校を養成するための教育課程だ。
この課程を受講すると、軍事訓練を受け、卒業後は少尉として任官。予備軍人として8年間、あるいは現役軍人として5年間働く代わりに、授業料が免除される。
とある理由で父親からの学費の提供が難しかった私は、この制度に飛びつき、卒業後は5年間の海軍生活を送ることになった。
当初は5年でやめる気満々だったのだが、ちょっとした特殊技能があった私は何度も引き止めにあった。そのため、結局10年務める羽目になってしまった。
だが、もう限界である。
無論上官に引き留められたが、何を言われも「無理です」「嫌です」「辞めます」のみを伝え、辞めることができた。
「とはいえどうするか」
私はベッドに寝転がった。
とにかく辞めたくなって辞めることにしたので、次のことはなーんにも決まっていない。というか、激務のせいで何にも決められてない。さらに言えばここ1週間ばかり任務が入っていたので自分の部屋にも帰れていない。そして今日も帰れない。明日も演習で帰れない。今いる場所も鎮守府内の部隊の仮眠室だ。くそっ。
で、だ。今は官舎に住んでいるので、退職したら出なければならないのだが、次住む場所も決まっていない。しばらく宿暮らしが決定だが、その宿の目星すらついていない。
「横須賀市内で暮らすのはな……もういいかな」
元々田舎生まれの田舎育ちだ。在職中の忙しさも相まって、都会暮らしは疲れてしまった。田舎でのんびり暮らしたい。
そう思いながらぼーっとしていると、部下が入ってきた。私に来客だという。わざわざ職場にでもやってくる客など、心当たりがない。しかし、来ているならば会わねばならないだろう。私は、指定された応接室に向かった。
「失礼します」
ノックをして入室すると、そこにはスーツを着て、髪をきっちりひっ詰めた女性がいた。私を認めるとすっと立ち上がり、頭を下げる。
「……月島です。私にご用とか」
私が名乗ると、女性はすっと名刺を取り出した。
「弁護士の橋本と申します」
「これはご丁寧に……申し訳ありません、名刺を所持しておらず」
「いいえ」
名刺を受け取ると、弁護士事務所と橋本氏の名前が書いてあった。
しかし弁護士?弁護士が私に何の用だろう。
橋本弁護士にソファを勧め、私も腰かける。すると、橋本弁護士が早速切り出した。
「月島さんとの面会を希望したのは、遺産相続の件についてです」
「遺産相続、ですか?」
遺産相続?何のことだろう。
父は存命だが、父方・母方ともに祖父母は亡くなっている。母もだ。父方の祖父は遺産を残してくれたが、それぐらいだ。
「父方も母方も祖父母は亡くなっていますが……私に遺産相続とは、どういうことです?」
「月島さんのひいおばあ様、田島知子さんが、月島さんに遺産を残していらっしゃいます」
「曾祖母?」
なんと、私に遺産を残したのは母方の曾祖母だという。生きていているどころか、存在すら知らなかった相手だ。
「田島さんは娘さん―月島さんのおばあさまの死後、山の中で一人暮らしておられました。しかし、1年前から市内の特別養護老人ホームに入られ、そこでお亡くなりに……」
橋本弁護士によると、曾祖母は夫を早くに亡くし、女手一つで娘を育てていた。しかし、娘は孫娘(私の母)が幼いころに死去。父親一人では育てることができないため、祖父母の元で育てられることになり、遠い地方へと去ってしまった。その後、曾祖母は誰にも言わずに山の中へ移住し、一人で暮らしていたらしい。そして、先月の初めに亡くなったという。
曾祖母は世間とのかかわりを断つように山に引きこもって暮らしていたが、年を取るにつれ孫娘の動向が気になったらしい。探偵に頼んで行方を捜してもらい、孫娘は亡くなったものの、私という曾孫娘がいることを知った。そこで、私に遺産を残すべく橋本弁護士に依頼をしたらしい。
それにしても、遠い所へ引っ越したとはいえ、手紙や電話ぐらいできたんじゃあなかろうか?と思ったら、祖母の嫁ぎ先の姑がとんだ鬼婆だったらしく、片親である祖母を徹底的にいびりぬき、曾祖母と連絡を取ることを許さなかったらしい。うへぇ。
しかし先月亡くなったのになぜ今?と訊くと、私が海軍勤めと聞いて何度か連絡したようなのだが、毎回不在と言われたという。当然といえば当然か、先月は海の上だったし、その後すぐ迷宮探索の任務が入ったから鎮守府にはほとんどいなかったのだ。申し訳ない。
まあそれは置いておこう。けど、私が相続人?
「私がですか?他の相続人は?」
「いません」
信じられなくてそう尋ねると、橋本弁護士は首を振った。曾祖母の身内は既に亡くなっており、私が唯一の相続人らしい。
で、遺産の内容だが、東北にある市の山三座。市内には1時間程度で行ける距離らしい。それと、敷地内にある家と田畑、市内のアパートや駐車場、預金、株。借金はないとか。
株については詳しくないが、橋本弁護士曰く家賃収入と株の配当で、贅沢しなければ十分暮らしていけるそうである。成程。
「それで、どうされますか?」
私が考えこんでいると、橋本弁護士がそう尋ねてきた。
「どうされますか、というと?」
「遺産を相続されますか?」
橋本弁護士の問いに、私は迷った。
田舎で暮らしたいなー、となんとなく思っていた。
実家には私のことが大嫌いな継母と性格の悪い異母弟がいるから帰れない。父は空気で何の役にも立たないし。
だったら、誰も知らない場所でのんびり暮らすのもいいかもしれない。畑があるならハーブだって植えられるし、それを使って魔法薬だって作ることができるだろう。
そう結論付けた私は一つ頷き、
「相続します」
と答えた。
ひいおばあさん、ありがとう。これから、ひいおばあさんの残してくれたものを使って、のんびり
曾祖母に心の中でお礼を言いながら、私は手を合わせた。
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