8.帰り道

 喫茶店から出て、二人は並んで歩いていた。


 会話はなく、街のざわめきが二人を包み込んでいた。


 和樹は歩きながら思い出していた。

 奏汰の言葉、微笑み、隣に立つ恋人への眼差し──どれもまっすぐで綺麗だった。


 (俺は、こんなにもぐちゃぐちゃなのに……)


 家が近づくにつれて足取りが重くなっていく。このまま「じゃあな」と別れてしまうのが怖かった。


 何も言えない自分を一生後悔する気がした。


 和樹は突然立ち止まった。


「……和樹?」


 貴斗も足を止め、こちらへと振り返る。

 和樹は俯いたまま小さな声で言う。


「……俺さ、ほんとは……貴斗のこと、すごく好きなんだ」


 二人の間の空気がぴんと張り詰める。


「運命の番でもないのに。ベータのくせにさ……。こんなのおかしいって、ずっと思ってる。でも……」


 和樹は顔を上げた。


「貴斗の隣に居たいって思ってしまうんだ。俺、貴斗のこと好きなんだ。お前が誰かと一緒に居るとこなんて、見たくなかった……」


 声は震えていたが、その告白は確かにまっすぐだった。


 貴斗は驚いたように和樹を見つめ、それから少し微笑んだ。そして、和樹の手をそっと取る。


「ありがとう。……すげぇ嬉しい。……実は怖かったんだ、和樹がもう話してくれないんじゃないかって」

「……俺だって怖かったよ」

「でも、言ってくれてありがとう。和樹」


 貴斗はそのまま和樹を抱きしめた。


「……和樹。恋人になってくれって言ったら……怒る?」

「怒る。けど、たぶん……OKする」


 貴斗はくしゃっと笑った。


 裏通りの中、二人はしばらく抱き合ったまま、静かな秋風に包まれていた。


 ◇


 抱きしめ合った後、二人はゆっくりと離れた。

 けれど繋いだ手はそのままだった。


「なぁ、これからどうするんの?」


 貴斗がぽつりと聞いた。


「どうって……明日も学校あるし」

「そうじゃなくて、俺たちこれから恋人……?」

「……違うのか?」


 和樹は小さく睨むようにして顔を上げると、貴斗は慌てて首を横に振った。


「違わない。むしろそうだって言いたい。いや、言わせろ」

「貴斗は言い方が強引なんだよ……」

「和樹が優柔不断そうだから……強めに言わないとって……」

「俺がどれだけ勇気出したと思ってるんだ」


 そう言いながらも、和樹は手を握り直した。応えるようにして貴斗も優しく握り返す。


「……家、入ってく?お茶とか出すし」

「お茶だけ?」

「何期待してんだよ、変態アルファ」

「恋人って聞いたらさ、期待すんじゃん……スキンシップとか」

「初日からそんなわけあるか!!」

「うわ、照れてる和樹も可愛い……!」

「うるさいっ!」


 顔を真っ赤にした和樹をからかいながら貴斗は笑った。その笑いに、和樹も釣られて少しだけ笑った。



 玄関の扉を開け、二人は和樹の部屋へと向かった。


 ベッドに並んで座ると少し沈黙の時間が流れた。しかし、それは心地の良いものだった。


 貴斗がちらりと和樹の横顔を見る。


「なぁ……キスしていい?」


 和樹の肩がぴくりと動く。


「……初日って言ったろ」

「じゃあ、頬に」

「一回だけなら……」


 その返答が許可だと分かり、貴斗はゆっくりと顔を近づける。そして、和樹の頬にそっと唇を落とした。


 ほんの一瞬だったが、ずっと続いているような温かい時間だった。



 ◇◇◇


 次回から第二章になります。

 恋人になった二人の話になります。よろしくお願いします。

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