金色の涙

此花寧依子

御屋敷にて

 ――さぁ、行きましょう。


 優しい声をしたお迎えの方に連れて来られた御屋敷おやしきは、今まで見た何よりも大きく豪華でした。


「ここはどなたの御屋敷ですか?」


「手広くあきないをしている、とても裕福な旦那様が御家族と暮らしている御屋敷ですよ。立派な方に買われて、あなたは幸運でしたね」


 優しい声の方は優しくそう言い、姿を消しました。

 御屋敷には旦那様と奥様、それと息子様がお二人住んでいらっしゃいました。

 初めてご挨拶をさせていただいた時は、恥ずかしながら指の震えが止まりませんでした。皆様がとても優しく声を掛けて下さったのちは、安堵あんどして、涙をこらえるのに必死でした。


 御屋敷で私の仕事は主に二つありました。

 一つは旦那様の上の息子様、博雅ひろまさ様のお手伝いをする事でした。

 難しい事はわかりませんでしたが、博雅様はいくつもある旦那様の商いの中から、工芸品を作るお勉強をなさっているとか。その際に、とても繊細せんさい金箔きんぱくを貼ったり、鮮やかな模様を描いたり、新しい色を作り出したりと様々な作業があるのだとか。

 博雅様は、確かな腕を育てる為にと私の身体の至る所で練習を重ね、優しい手つきであらゆるモノを生み出していきました。

 薄衣うすごろもまとっただけの私の身体の広い部分を使う時は大胆になる事もございましたが、どんな時も指先だけはとても細やかで、私は失礼とは思いつつも「ホゥ」と溜息をこぼすのを我慢できませんでした。


 二つ目は下の息子様、頼雅よりまさ様のお手伝いをする事でした。

 頼雅様はいくつもある旦那様の商いの中から、お料理を作るお勉強をなさっているのだとか。中でも一番好んでいるのが、様々なソウスを作ることでした。

 新しい味と確かな舌を育てる為とかで、頼雅様は私の薄衣の至る所を味付けし、確認するように優しく激しく味わうのです。丁度良い味になった箇所は満足そうに、ゆっくりと。思う味に足らなかった箇所は眉を潜め、違う調味料を優しく混ぜるのです。とても真剣なのはわかっていたのですが、失礼とは思いながら余りにも甘美かんびな時に、我慢を押し殺しても「ホゥ」と声が出てしまうのです。


 この二つの仕事はとても重要で、私にしかできないと言い聞かされていました。

 ですから、お二人を少しでも支えられるように懸命に励みましたし、お仕事が好きでした。

 博雅様も頼雅様も他にも成すべき事があるお忙しい方々でしたので、仕事は毎日ではなく、声が掛からない日は離れで好きに過ごす事ができました。

 買われた身で信じられないことですが、私には私だけが自由に過ごせる離れが与えられていたのです。


 ――あなたは幸運でしたね。


 あの優しい声の方が言っていた事は嘘ではなかったと御屋敷の皆様に感謝し、お役に立てるようにと、この身体を深くゆだねていました。

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