第2話「訓練の日々」

帝国軍補充兵訓練艦セグメント8

外周軌道上に浮かぶ全長七キロの艦は、戦場に送る兵士を“生産”するためだけに存在していた。


廊下は冷たい金属質。艦内温度は一定に保たれているが、空気の匂いすら規格化されたかのように無味無臭。

すべてが効率と管理のもとに統制された空間──それが、帝国の兵士の「始まり」だった。


与えられた部屋は六人部屋。二段ベッドが等間隔に並び、白い無機質な照明が天井から落ちていた。


「新入りか。おい、お前、名前は?」


声をかけてきたのは、金髪の青年。着崩した制服と軽薄そうな笑顔の裏に、皮肉めいた視線が潜んでいた。

彼の名はジル・ハーシェン。戦場送りを前にした“半ベテラン”の補充兵。


「……ソーマ。ソーマ・アルベルト」


「へえ、記憶障害のやつか。俺も“出自記録不全”扱いだし、お仲間だな」

「この艦じゃ、名誉も家柄も役に立たねぇ。役立つのは、腕と運と……自分が人間だって信じるバカさだけさ」


そう言って肩をすくめた彼の言葉には、どこか諦観と自嘲が混じっていた。


訓練は地獄だった。


高重力下での走行、酸素制限状態での呼吸制御、無重力下での姿勢制御と装備交換──

肉体だけでなく神経系まで酷使される内容に、新兵たちは悲鳴を上げた。


だが、その中でソーマの動きは異質だった。


「おい……あいつ、無重力で姿勢制御完璧にしてねえか?」

「誘導ドローンの動き、読んで避けてる……あり得ねえだろ、初回で」


──直感的だった。

“右に動いたら敵が撃ってくる”。“そこに出れば死ぬ”。

FPSの試合で何百、何千回と繰り返した“死と勝利の間の判断”が、彼の身体には染み込んでいた。


模擬戦訓練の日、事件が起きた。


味方の進路を塞ぐように展開するドローン群。指揮役が動揺して立ち往生する中、ソーマは一人、中央突破に踏み切った。


爆発を避け、敵AIの隙を突き、背後に回って制御端末を破壊。

その動きに、演習場の観測官が思わず息を飲む。


「……まるで、機動兵団のベテランみたいだ……」


訓練後、教官に呼び出される。


「勝手な行動は命取りだ。貴様の判断は独断専行にすぎん」


だが、その視線の奥には、評価を抑え込む何かが潜んでいた。


夜、ブリーフィングルーム。

誰もいない部屋で戦闘ログを見返していたソーマの前に、一人の青年が現れる。


「今日の動き……すごかった。俺は……あんたみたいになれたらと思う」


マクシム・ロイド。小柄な体に繊細な瞳。

理論には強いが、戦場に出る恐怖に怯える一人だった。


「正直言うと、俺……演習中に思い出しそうになったんです。前に兄が、目の前で……」


彼は言葉を飲み込んだ。ソーマは何も言わなかった。ただ、その視線だけが、静かに彼を見ていた。


その夜から、二人は時折、言葉を交わすようになった。


補充訓練最終日。


模擬戦でのトップ評価を得たソーマだったが、公式記録にはその名は載らなかった。

「安定性に欠ける」という理由が添えられた評価欄。帝国の階級主義と“兵士の役割”がそこに表れていた。


だが、ソーマは抗議しなかった。


ただ静かに、制服の肩章を結び直し、まっすぐに前を向いた。


「戦場では、言い訳は意味を持たない──そうだろ?」


彼はそう、誰にも言うことなく呟いた。


戦場は、もうすぐだった。

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