第8話 後宮の学司

「なんでも、このお妃様もお体が弱いらしくてね。ほとんど表にお出ましになることはないみたいよ。でも、陛下はご病気を患うまで、足繁く、そのお妃様のもとに通っていたって」

「まさか、犯人?」

「犯人?」


 明淑が目を丸くしたので、再び青波は笑って誤魔化した。


 ……皇帝ご寵愛のお妃様。


 例えば、無理に入宮させられたことを恨みに思って、春霞に殺意を抱いたとか? 身元不明のお妃様なら、意外に術なんか使えたりするかもしれない。

 ……などと、我ながら、酷い憶測だった。


「後宮の幻華……か」

「嘘? なに、妃に興味あるの? 青波は出世したいの?」


 それこそ好奇の目で、明淑が青波を覗きこんでいた。


「そ、そうですね。実家の仕送りを増やしたくて」

「ああ、青波の実家って貧しいんだよね。そうだよね。色々とお金かかるものね」

「はい」


 青波の家族は、今は自給自足の生活を楽しんでいる逞しい人達なのだが、貧しいということは間違いない。

 明淑もお金に苦労しているので、金銭的な話となると、一層協力的になるのだ。


「じゃあさ、学司様に近づいてみたら? 教養があれば、興味を持って下さるみたいよ」 

「学司?」

「後宮で妃嬪相手に、学問を教えている「先生」のことを言うの。特に国史を教えてらっしゃる先生は、お妃様方だけでなく、陛下とも仲が宜しいみたいだから、上手く取り入れば出世間違いなしよ」

「後宮には、そんな所もあるのですか?」

「妃に学がなかったら、この国の恥じゃない」


 まあ、そうだ。

 国の顔とも呼べる地位にいる妃なら、それなりの知識は不可欠だ。


「私は簡単な文章を読むのもやっとだけど、青波は文字も書けて、詩だって分かるんでしょう。だったら、上手く自己主張ができたら、学司様も相手してくれるんじゃない? ほら、最悪陛下が崩御されても、次に向けてさ」

「やってみます」

「よく分からないけど、初めて貴方のやる気を見たわ。頑張って」

「はい!」


 ――と、威勢よく返事をしてみたが……。

 そもそも、春霞が意識を取り戻してくれたら、何とでもなるのだ。


『後宮の学司……ね』


 苦々しく呟いた春霞は、その学司をよく知っているようだった。

 明らかな嫌悪感を示している。

 ……一体、彼は青波に何を隠したいんだろう?

 後宮の幻華……と、脳内で呟いただけで、青波は吹き出してしまいそうなのに。


(あの小さかった春霞に、寵愛する妃がいるなんてね)


 もう、胸の痛みには慣れた。

 即位後、間もなく春霞が妃を迎えたと耳にした時点で、青波は子供の頃の感傷を断ち切ったのだ。

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