追放された異世界税理士、悪魔と結託して滅税国家を築く
誰かの何かだったもの
第1話「追放」
大理石の床に響く足音は、広すぎる王宮会議室の静寂を切り裂いていた。
その中央に立つのは、一人の青年。漆黒の礼服に金の刺繍が映えるが、表情は冴えない。
「クロウ=アーヴィン。貴殿の行いは王国の秩序を乱し、貴族の尊厳を著しく損なった。よって――この場を以て、貴殿を王国から追放する」
玉座に座る王の言葉に、周囲の貴族たちが満足げに頷いた。
青年――クロウは、一歩も動かず、ただ静かに頭を下げた。
「……仰せのままに」
その声は感情を含まず、まるで数字の読み上げのようだった。
税理士。王国に数十名しか存在しない高度専門職。
魔法も剣も持たぬ彼らが、数字ひとつで戦争の資金配分を決め、王国の経済を操る。
クロウは、その中でも最年少で任官された逸材だった。
だが――正しすぎた。
「貴族たちの不正会計を報告しただけです。王国法第七条に則り、正当な職務を果たしたまで」
「だが、それによって三名の貴族が自害した。政治的損失は甚大だ」
「損失を定量化できますか? 貴族の命は予算項目には含まれていませんが?」
その言葉が、最後だった。
彼の理想主義と冷徹な現実主義は、権力者にとって都合が悪すぎた。
「連れていけ。二度と王都には足を踏み入れさせるな」
衛兵に両腕を取られたクロウは、なおも淡々と呟いた。
「貴族の脱税総額は三十五万ゴルト……。国家予算の約一割……。ふふ、笑えますね。私がいなくなれば、王国は……いずれ破綻しますよ」
その声が王の耳に届くことはなかった。
***
放り出されたのは、王都の最果てにある“追放門”。
門を一歩くぐれば、そこは王国の統治が及ばぬ未開の地。
「……さて、失業しましたね。これからどうしますか、クロウさん」
自嘲気味に笑ってみせても、虚しさしか残らなかった。
理想を貫けば、破滅が待つ。そんなことは、わかっていたはずだった。
「……クソったれ」
呟きとともに、彼は拳を地面に打ちつけた。
誰のせいでもない。そう思っていた。だが――
「せめて、数字くらいは裏切らないでほしかった……」
そのときだった。
「嗚呼、いいですね、その顔。人間の“失望”って、何よりも美しい」
声が、聞こえた。
背後の空気が歪む。視界がゆらめき、炎のような光が現れる。
「誰だ……!」
振り返ると、そこには漆黒のドレスに身を包んだ少女の姿があった。
だが、ただの少女ではない。瞳は深紅に燃え、頭には小さな角。背中には漆の翼。
「わたし? 悪魔よ。名前はカレマ。数字と契約が大好きな、取引専門の地獄人」
「悪魔……?」
クロウは無言で懐の短剣に手を伸ばしたが、彼女は笑って手を広げた。
「無駄だよ。あなた、戦闘力ゼロでしょ? わたしにできるのは、取引だけ。……で、興味ある?」
悪魔は、にやりと笑った。
「あなたの“税知識”と、わたしの“魔力”を合わせれば――この世界の経済は、変えられる」
クロウは目を細めた。怪しい。だが――
「……話くらいは聞いてやる。俺にはもう、失うものはない」
「それでこそ、契約の素質アリ。ふふふ、ねえ――“滅税国家”って、面白そうだと思わない?」
こうして、追放された元税理士と、悪魔の少女の奇妙な契約が始まった。
彼はまだ知らない。
この出会いが、後に「帳簿の戦争」と呼ばれる革命を生むことになるとは――。
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