第33話 喪った友

 《*イシャン視点*》



「……どうしてキミは…敵を庇ったりするんだ!!」




 奴隷にとってソティラスとは、特別なものだった。

 魂レベルで契約した王族の為だけに存在する。

 ソティラスになることを求める者、望まない者、奴隷たちも考えは様々だ。

 イシャンは求める者で、ソティラスに選ばれたことを誇りに思っている。

 剣士ミエッカの特性を持ち、出せた剣は5本。

 ロハンが言ったように「可もなく不可もなく」程度の実力だ。


「俺は、際立って強いとは思っていない」


 そう思っているが、王女の剣士ミエッカが6本剣だと聞かされた時、劣等感が心に重くのしかかった。

 仲間たちから1本差を何度も揶揄され、ますます苛立ちは募った。


「修練を積んで高めていけば、剣も増えるだろう。私たちはまだ、ソティラスになったばかりなのだから」


 そう言ってくれたのはスバスだ。

 スバスだけは、他者を貶めない。常に気遣ってくれる優しい仲間。そんな彼に、イシャンの心は救われた。

 だから、一人でも多くの敵を消して、スバスに認められたいと思った。

 スバスの金の流星ソネーリー・ケートゥが決まった時、隠れていたアヤンの気配を見つけた。


「ロハンを倒せば、次はあいつだ!」


 そう思って、イシャンはアヤンに狙いを定めていた。

 ロハンがアヤンに撃ち抜かれ、沼に落ちたその瞬間、イシャンは5本の剣をアヤン目掛けて放った。


「これで俺たちの勝利だ!」


 イシャンが勝利を確信して拳を握り締めたとき、スバスの背が5本の剣を全て受け止めていた。

 何が起こったのか、イシャンは何も判らず呆けた。


「俺が倒したのは敵だ……なんで……スバス…?」


 沼に落ちて、ワニに群がられたスバスの遺体。跡形もなく一瞬で食らい尽くされてしまった。

 赤く染まった沼が、スバスの死を突き付けてきた。

 手が震え、全身が震えた。


「しっかりしろイシャン!! ぐあっ」


 イシャンを抱きしめ庇ったバラー・イシャンは、血を吐き抑えた唸りをあげる。


「こっ…今度はなんだ!?」


 裏返った声を出しながら怯えるイシャンの前で、バラー・イシャンが黒いコールタールのようになりながら崩れ消えてしまった。


「うああああああああああ!!」


 女の声が叫んでいた。そして、2丁拳銃をイシャンに向けて撃ちまくっている。


「あ…」

「撃たれている……?」


 そう気づいた時にはもう、全て粉々になっていた。




 《*ダミニ視点*》



 気配を消してアヤンがロハンに狙いを定めているところが見えた。そしてスバスが金の流星ソネーリー・ケートゥを放った瞬間思惑が理解出来て、ダミニは咄嗟に気配を消した。


(お兄ちゃんと、スバス……彼の邪魔はしちゃいけないわ)


 1年以上ぶりに見たスバスの姿は、ダミニの心をざわざわと騒がせた。

 矢を番える姿は凛々しく、横顔がたまらなく美しい。会えばきっと、温かな笑顔を向けてくれるに違いない。

 それなのに――

 アヤンの前に素早く飛び出たスバスの背に、5本の剣が突き刺さっていた。


「……え……」


 そのまま沼へ落ちていき、そして一瞬でワニに食われてしまった。

 ダミニの頭の中は、全てが消えて真っ白になった。腹の底からカッとした熱が噴き出し、全身を灼熱の憎悪がマグマのように駆け抜けた。

 怒れる女神カーリーの相がダミニの手を動かし、イシャンに向けて弾を撃ち放つ。

 ダミニの小さな手にも収まりの良いサイズの拳銃、何度も何度も引き金を引く。

 弓術士ヨウスィが幻の矢を作り出せるように、銃器士トゥリアセもまた幻の弾を作り出せる。

 血走る大きな目は瞬くことなくイシャンを睨みつけ、イシャンが原型を失うほど撃ち抜いた。


「ダミニ、もうよすんだ!!」


 アヤンが羽交い絞めにしてダミニを制す。


「フーフーフー」


 怒りのために、涙と唾液を垂らしながら、それでもダミニはまだ撃ち続けた。

 イシャンがいた場所にはもう、イシャンはいない。ただの肉塊となって、沼に落ちてワニの餌になった。


「もうイシャンは死んだよ。ダミニ、落ち着いて…」


 身体を震わせながら、何度も何度もアヤンが優しく言った。

 ダミニは段々と感情を鎮めていく。

 しっかりと自分を抱きしめるアヤンの震えに気付き、ダミニは後ろを振り返った。


「お兄ちゃん…」

「ごめん、ダミニ。ボクを庇って、スバスが…スバスが…」


 優しい兄の表情かおに、悲しみと悔いの色が満ちている。鋭い目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。


「お兄ちゃんのせいじゃないよ……うっ」


 ぽたぽたと涙がまた溢れてきて、ダミニはアヤンに抱き着いて大声で泣いた。


「スバス……スバス……」


 大人になったら、スバスのお嫁さんになる。もっと小さなころからの大事な約束。

 もう、永久に果たされなくなってしまった。




***


 謁見の間は、驚くほど静まり返っていた。

 その静寂を打ち破るようにして、カエは手にしていた黄金のコップを床に叩きつけた。更にアルジェン王子も同じように、黄金のコップを床に叩きつける。


「何あのクッソムカツクあんたんとこのソティラス!! 寝首を掻くようなセコイ真似してくれてんじゃないわよ!!」

「黙れアバズレ!! テメーんとこは勝ったからいいだろが!」


 アルジェン王子は「クソがっ!」と床を蹴る。

 カエは両拳を手摺に叩きつけた。


「ったく、ただ勝てばいいようなもんじゃないのよ」


 アヤンとスバスが親友同士であったことは、カエは全く知らない。ダミニとの関係も知らない。しかし、スバスの行動、ダミニのキレっぷり、涙を流す兄妹の姿を見れば察しはつく。

 カエは硬く目を瞑った。


(本当にごめんね2人とも! こんな辛いところに連れてきちゃって。謝れば済む問題じゃないけど、でも、ごめん…」


 一方、玉座の上から下の様子を見ていた王は、もはや素を隠そうともせず感情を爆発させている2人に興味を覚えていた。


***

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