第十五章:アデルの靴

掃除の手を動かしながら、

シィラは薬草の入った瓶を棚に戻そうとしたとき、

ふと気づき、言いました。

「あら、水がないわ。二人とも泉に行ってお水を汲んできてくれない?

 家の裏に、きれいな湧き水が湧いているの」

「分かった」

二人は小さな木桶を手に家を出ました。


裏手の小道を進むと、森の奥の静けさの中に、小さな湧き水の泉が現れました。

朝の光を受けてきらきらと揺れる水面は、まるで宝石のように澄んでいて、

覗き込んだグレーテルは思わず息を呑みました。

「きれい……」

ヘンゼルがそっと手を入れると、

水は氷のように冷たく、それでいて不思議と心地よく感じられました。


二人は木桶に水を汲み、それを持ち上げようとしたそのとき――


ふと、ヘンゼルの視線が泉の脇の木々の根元に止まりました。


そこには、まるく盛り上がった土の山がいくつかあり、

それぞれの上に、小さな靴がきちんと並べて置かれていました。

どれも子ども用の靴で、泥にまみれてはいても、

一つひとつ丁寧に並べられており、奇妙な静けさが漂っていました。


ヘンゼルは近寄り、その靴たちをじっと見つめていましたが――

「あっ……!」

と、息をのみました。


いくつかある靴の中に、見覚えのある靴を見つけたのです。

「……これ、アデルの靴だ」


少し色褪せてはいるものの、

その形と刺繍の模様は、記憶の中のアデルがいつも履いていた靴でした。


「え……? アデルの靴? でも、なんでここに?」

驚いたグレーテルが尋ねました。


「……わからない。でも、間違いないんだ。

 アデルが“お母さんが作ってくれた”って、

 いちばん大事にしていた靴なんだ……」


ヘンゼルの胸に、冷たいものが流れ込みました。

視線を土の山に戻すと、その意味が急に怖ろしいものとして迫ってきました。


まるで、墓のように盛られた土。

その上に、大切そうに揃えられた靴――。


ヘンゼルは、ぞくりと寒気を感じました。

(まさか……まさか、シィラが……アデルを……!?)


頭の中では、以前聞いた

「このスープを飲んだら眠くなっちゃうの」

――というシィラの言葉が思い出され、背筋が凍りました。


親切にしてくれるけれど、それは――。




「……早く戻ろう」


ヘンゼルは声をひそめるように言い、

木桶を持ち上げて足早にその場を離れました。


グレーテルも何も言わず、その後に続き、シィラの家へと歩きました。




風が、泉の水面をかすかに揺らしていました。

まるで、何かを囁くように――。




続く~第十六章へ~




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