第20話 崩壊の確信(ブレイク・コンフィデンス)

──あれ?

思ったより簡単に倒れた。


スピゴは、尻もちをついた名取を無言で見下ろしていた。

体の奥がまだ熱を持っている。

今まで幾度も脳内でシミュレーションした“ドリームブレイカー”を、ようやく現実に放った。


(……立てるか)


レフェリーが声をかけている。

名取は何が起きたのかわかっていない表情をしていた。


(ああ、やっぱり……こいつ、俺をなめてたな)


ずっとわかっていた。

踏み込みを見て、動きを見て、舐めた目をしていた。

けれど正直、こんなにあっさり倒れるとは思っていなかった。


(……俺はお前を再起不能にする覚悟で撃ったんだぞ)


胸の奥で熱が跳ねた。

それは少しだけ空虚な感覚だった。

相手が倒れても、思ったほど満たされない。

満たされないからこそ、今度はもっと徹底的に破壊したくなる。


名取がロープを掴んで立ち上がった。

目はまだ焦点を結んでいない。


(回復しきる前に──終わらせる)


レフェリーが再開を告げる。


スピゴは息を短く吐き、踏み込んだ。

もう一度、真正面から目を覗き込む。

そこには最初にあった余裕はなく、ただ怯えのようなものがあった。


(ああ、そうだ──もう一歩だ)


最初のパンチは右のストレート。

浅く当たったが、名取は防御を固めるだけで何も返してこない。


(追い込む)


左で顔をかすらせるように触り、そのまま横へ回りこむ。

息を整える暇を与えない。


(コーナーだ)


一歩ずつ、前へ出る。

左を当て、右を振る。

名取はブロックを固めるが、後退しかできない。

リングの隅に、コーナーポストが迫る。


(ここだ)


スピゴは名取の顔の横を打って意識をそらし、次の一撃で肩口を押し込むように強打を叩き込む。

バランスが崩れた名取が、背中をロープに預ける。

その瞬間、身体が勝手に動いていた。


左、右、左。

ただ打つ。

体重を乗せる。

どの打撃も単調だと分かっていたが、相手が動けないうちは関係ない。


(全部受けろ──これが“ドリームブレイカー”の続きを──)


何度目の拳か、分からなくなった。

レフェリーが横からスピゴを抱きとめる。

ひどく強い力で引き剥がされた。


「ストップ!ストップ!」


止められて初めて、自分が無表情で殴り続けていたことに気づいた。


(終わった……)


息が荒い。

掌が震えていた。


名取は崩れるようにロープを離れ、リングに膝をついた。

顔は腫れ、口から唾液と血が垂れていた。


(……これが俺の……“技”)


審判が試合終了を告げる声が、頭の奥に響く。


観客の歓声が耳に届いた。

けれど、それよりも胸にこみ上げてくるものがあった。


(ああ……俺は……本当に壊したんだな)


ほんの一瞬だけ、満たされる感覚があった。

それはすぐに薄れ、次の戦いの影に置き換わっていった。


(次は……もっと強い相手を……)


スピゴは勝者としてリング中央に立った。

震える拳を下ろし、深い息を吐いた。


──“勝つ”ことが、これほど明瞭に感じられたのは初めてだった。

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