軍刀と言の刃〜最強の式神と実家から裏切られてたので、生贄の婚約者ともっと最強夫婦になる【改訂版】

黒姫小旅

騙されていた最強退魔士の雪辱

第1話 最強の青年将校

 カーナビが案内を終えた。

 だいぶ散ってしまった梅の花で斑模様のアスファルトを踏みにじって、軍用車両が停車する。


「援軍を要請したはずだが……たったの一人か?」


 夕闇を照らす設営ライトの白光の下、現場指揮を担っている肩幅の広い軍人が部下を二人ばかり従えて待っていた。

 指揮官は目をすがめて、下車した青年が敬礼するのを爪先から頭までジトッと眺め上げる。


 黒髪に黒瞳。長身痩躯で、齢は二十とかなり若い。

 装備も黒一色。軍帽を目深に被り、呪糸で守護術式をたっぷり縫い込まれた官製の将校服に、黒鞘の軍刀を一振り腰に差している。

 目元の感じなど学生でも通るくらいに初々しいが、年不相応にびくともしない硬質な無表情はなるほど特務隊のエリートと思わせる風格があった。


「帝国陸軍特務隊所属退魔武官、金津由カネツユ烏京うきょう大尉であります」

「ふんっ。元長モトナガ大将のお気に入り、か」


 指揮官は胡散臭そうに吐き捨てたが、烏京は応じずに視線を近くの崖へと向ける。小さな集落があるはずの谷底を見下ろせば、そこにはおぞましい景色が広がっていた。


 おびただしい数の、蛇の群れである。


 額に一本角を生やし、ぬらぬらと光沢のある鱗に覆われた大蛇が何十何百とひしめいていて、太く長い胴体をうごめかせ絡ませ合っているのだ。

 蛇気によって自然界の霊気が穢され、毒々しい妖力を発生している。


 群れなす独角の蛇。

 あれは『夜刀ヤト』という名の竜種だ。八百万と存在する『妖魔』の中でも、竜の類は洋の東西を問わず一切の例外なく大きな脅威として恐れられていた。


「被害状況は?」

「住民は九世帯、十四名全員の避難を確認。遮蔽結界を展開して対象エリアを封鎖した後は対象に動きなし。汚染レベルは7。隊員の十三名が死亡、八名が負傷し撤退しました」

「なるほど。……それにしても、この数は多いですね」

「はっ、恐れるに足りん!」


 深刻そうに部下から話を聞いていると、指揮官が小馬鹿にするように言って部下たちを振り返った。


「やはり青二才だな、鍛え方が足りん。うちの連中は、どんな敵だろうと臆することなく立ち向かうぞ。そうだろう、お前たち」

「そ、それは……もちろんです!」

「身命を賭す覚悟、であります……」


 ……


 烏京は相手に悟られないように嘆息した。

 仲間を失って敵の恐ろしさを実感しているだろうに、それでもなお上官に追従して心にも無い発言をしなくてはならないとは。


「すでに上から『天網』の使用許可が出ておる。これから結界を切り替えて、総力を挙げてヤツらを焼き尽くしてやる算段だ」


 指揮官は自信ありげに胸を張り、そして非難がましく烏京を睨んだ。


「だから本部に援軍を求めたというのに……いつになったら到着するのだ?」

「派遣されたのは自分だけです」

「……はぁ!?」


 当然のごとくに答えて、相手が二の句を継げなくなっている間に、部下の方へと向き直る。


「それで、作戦の準備は?」

「第一から第五小隊まで再編成を完了。『天網』のスクロールも手配済みです」

「お、おい待て。勝手になにを言っている!」


 頭越しに話を進める烏京に、指揮官が食ってかかった。

 青筋を浮かべて喚く迫力は鬼のごとき迫力があったが、しかし烏京は少しも動じない。


「霊気の汚染がひどい。すぐにも作戦を始めてください」

「馬鹿言え! 『天網』は詠唱完成まで無防備になる。その間妖魔を結界内に足止めせねばならんし、詠唱装置の護衛だって必要だ。せめて減った分だけでも補充しなければだな」

「問題はありません。足止めは自分が一人でやるので、他の隊員すべてを護衛に回せば事足りる」

「なっ……にを……!?」」


 事もなげに言い放てば、指揮官は今度こそ完全の言葉を失った。

 かくして命令を出せば兵士たちの動きは迅速で、あっという間に作戦準備は整った。


 カチ、カチ、カチ――


 と、五つの小隊に配られた精密時計の針が進んでいき、定刻を指した瞬間、自動詠唱装置のハンドルが一斉に回された。

 遮蔽結界の呪文が刻まれたスクロールが停止し、隣のスロットに差し込まれた新しいスクロールが高速で回転を始める。

 力ある文字の連なりとモーターの回転から生まれる音律が地面に打ち込まれた杭を伝って大いなる霊脈を揺らし、複雑緻密な指向性を与えて強固で具体的な形を造り上げていく。

 初めは横へ、五小隊を繋ぐように伸ばした呪文テープを伝って頂陣を形成。そこから天高く、地中深くへと広がって、最後には巨大な不可視の網でもって一帯を包み込むのだ。


「……さあ、行くか」


 遮蔽結界が消えると同時に、烏京は崖から飛び出した。

 眼下では、大蛇の群れが早くも結界の変化を察したようだ。

 夕日が山の端に隠れて濃くなった闇の中、無数に光る蛇眼が動き始めるのを見下ろしながら、少しの衝撃で土が崩れるような危うい断崖を赤鹿のように軽々と駆け下りて、腰の軍刀に左手をかける。


 鯉口を切る。

 右手を柄に、小指から順に締めるようにして握る。

 黒鞘より音もなく滑り出たる刃は、斜陽を映した茜色。長さは二尺三寸五分。鍔元には封魔印の彫金。反りは浅く、身幅の広い剛刀である。


 日ノ本帝国陸軍戦後十六年式退魔刀。銘は『雷国三代』。


「オン・ウッティシュタ・ムドラヤハ・ソワカ――従え、勇那女イサナメ!」


 鏡のような刀身に瞳を映し、解封の呪を唱えれば言の葉を乗せた音階が魂を揺らして、波動が刃へと伝わって鋼鉄の内に封入した超常の力を解放した。

 ピシリ、と軍刀の表面に幻の亀裂が生じて大気中の冷気を吸い込んだかと思うと、ドロドロと粘液のような妖力が溢れ出る。


『アッハァ、久々にアタシの出番かい』


 刀身の割れ目から声が響いた。

 粘っこく不安を煽るような声だ。

 妖力の漏出は止まることがなく、烏京を包み込みながら強大な影を形作っていく。濃密な妖力に呼応して大地は震え、足元の小石や枯れ枝が踊り出し、天が怯えるように乱気流が吹き荒れる。


「疾ッ!」


 地を踏み抜いて、烏京は瞬発した。

 火の点いた砲弾のごとく飛び出した体躯は、一歩目にて斜面を離れる。重力加速度に乗って落ちながら、軍刀を諸手上段の構え。

 まとう妖力を刃金に集約、圧縮して一気に――ぶん廻す!


 自らを旋盤と化したような回転斬りが、先頭の夜刀が掲げた鎌首を断ち落とした。

 凄まじい剣圧は嵐を巻き起こし、余波だけで周りの大蛇を薙ぎ倒す。落下の勢いを使い果たした烏京は、落ちた蛇頭よりも遅れて着地。残った回転力を疾走へと変換する。


 ――妖力操作、軟体。


 ヌラリ、と烏京の体躯が歪んだ。

 同族の死骸を踏み越えてまさに喰らいかかろうとしていた夜刀と、激突する寸前で脇をすり抜けると蛇群の海へと滑り込む。


 見渡す限り、聞こえる限り蛇、蛇、蛇、蛇、蛇。

 匂いも肌触りも蛇に埋め尽くされた空間を、妖力をまとった烏京は潰れることもなくなめらかにすり抜けながら、軽く鱗を撫でてやる。

 夜刀の喉元にある逆さ向きの鱗――逆鱗に指が触れて。


『シギャァァアァァァァアア!!?』

『シギャァァアァァァァアア!!?』


 立て続けに、夜刀が絶叫した。

 逆鱗とは竜種にとって致命の急所。破壊されれば死に至るそれは触れられただけでも激痛を発し、竜は理性を失って七転八倒に暴れ回るとされている。


 激昂するに任せてのたうち回り、やたらめたらに角を叩きつけて尾をうねらせると、巻き込まれた同族が反射で噛みつき返し、のけ反ってまた別の仲間を角で刺して……と混乱は次から次へ将棋倒しよろしく伝播していった。


『あっはは! 雑魚どもが、踊れ踊れ!』

「黙っていろ」


 蛇の大海を泳ぎながら、飛んでくる角や牙や竜尾を躱しつつ。

 聞こえてくる愉しげな声をピシャリと叱って、烏京は手近な夜刀の尾先に乗った。狂乱する蛇が思いっきり尾を振るうと、先端へと伝わる遠心力を借りて大跳躍。


「さて、と。具合はどんなものか……」


 上空から見下ろしてみれば、群れの八割方にパニックが及んでいた。

 蛇の密度が高い中心部にいくほど酷い。混乱はさらなる混乱を生み、結界の発生源を襲おうとしていたことも忘れて仲間同士で相争っている。


 ただし、残りの二割。


 群れの外周までは混乱が届いておらず、山林の木々を薙ぎ倒して各小隊の配置地点に向かって進軍を続けていた。


 ……もっとも接近されているのは、第五小隊の方面か。


 状況を見渡した烏京は、妖力を軍刀の切っ先に集中させる。


 照準、発射。


 集まった妖力は水滴の形を取って放たれ、着弾すると爆ぜて四方に飛沫を撒き散らした。

 ジュワッ――と、飛沫に触れた蛇鱗が煙を吹いて脆くも崩れる。

 逆鱗ではないので死にこそしないが、溶解性の粘液に触れた大蛇は悲鳴を上げて横倒しになり、後続の夜刀と絡まって団子になってしまう。


 なおも溶解弾を撃ちまくると、夜刀たちは彼を脅威と定めたようだ。

 着地した烏京の方へと鎌首を巡らせて、噛みつき角突きしてくるのを、スルスルリと回避して「鬼さんこちら」とばかりに背を向ける。

 夜刀はいきり立って追いかけてきて、釣られるように周りの十や二十も追ってきた。何体か引きつけられずに残してしまったが、あれくらいなら小隊の武装だけでも対処できるだろう。


 ピ……ガガッ


 逃げ続えていると、懐の軍用無線機が合図を受信した。


『なんだ、もうお終いかい? つまらないねェ』


 白けた声が聞こえたが、烏京は無視して封魔の呪を詠唱。刀身に浮かんでいた幻の亀裂が塞がって妖力の放出がせき止められる。

 納刀し、供給が途絶えて霧散していく妖力の残滓を、烏京は両脚に集中させて一気に斜面を駆け上がると、そこには即席で敷かれた小隊の陣がある。

 顔ぶれと位置関係からして、第四小隊か。


 跳躍。


 残った妖力ありったけを使って小隊を飛び越えながら、鋭く命じた。


「やれ!」


 隊員の一人が、すばやく無線機を握って怒鳴りつけた。直後に術師たちが詠唱装置のトリガーを引く。


 ――広域殲滅型退魔結界『天網』、発動。


 一帯を覆い尽くしていた不可視の結界が、黄昏の闇を切り払った。

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