図書館の魔女

@onion47

エピローグ

ナビブ魔境の最奥。


その女は、もうほとんど独りだった。


泥に染まったブーツ。

歩みはとっくに限界を超えていた。

首元の小さな水晶が、冷たく汗に張りついている。


背に負った男の重さは、もはや“生”というより“記憶”の残骸。


「……ほら、あれ、きっとそうよ……」


女の声は、風と砂にかき消された。


男は返事もできない。ただ、肩に凭れかかっている。

男の胸元にも、同じ水晶のペンダントが揺れている。


「……ここまで来たんだよ、私たち……信じられないよね……」


ふと、自分の言葉に微かに苦笑した。


「ねえ……ねえ、聞こえてる?」


返事は、ない。


女はふらつく足で、一歩を踏みしめた。


崩れかけた石段、その先に、ぼんやりと建物の影。


「ここまで来れたのは……アナタがいたから。」


男の体温はもう、ほとんど感じられない。


手を離せば、そのまま倒れてしまいそうだ。


「……もうすぐ、だから。……だから、あと少しだけ……」


自分でも、もう涙なのか汗なのかわからない。


世界がぼやける。


「ほら……あそこが、“最果ての図書館”」


男の重さが、急に消える気がして、思わず振り返る。


もう、彼は立てなかった。


それでも、女は泣かなかった。


女は、最後の一歩を踏み出した。

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