第8話 希望の波紋:光の粉と海の民の絆

魔獣巣窟アルファを破壊した「みらい」は、荒廃した海底の真上で静止していた。艦内には、先ほどの戦闘の余韻がまだ残っている。破損した計器類は応急処置が施され、船体各所では自己修復ナノマシンが微かに活動している。そして、艦の心臓部である魔力機関は、エネルギーを完全に使い果たし、再充填の最中だった。


「艦長。魔力機関の回復率は、現在5パーセントです。推定完了まで、残り五時間二十三分」


ユイの声には、戦闘後の疲労の色はない。常に冷静で、正確だ。


「了解。無理はさせるなよ、ユイ」


「承知いたしました。艦長。集落への通信準備が完了しました。いつでも開始可能です」


遼は艦長席で頷いた。魔力機関が回復するまで、強力な魔力関連機能は使えない。しかし、この時間を利用して、集落の人々に報告し、連携を深める必要がある。


「よし、通信を開始してくれ。翻訳機能、最大出力で」


「了解いたしました」


メインモニターが切り替わり、集落の中央広場が映し出された。夜が明け、人々が集まっている。おそらく、昨夜の魔獣襲撃とその後の出来事について話し合っているのだろう。彼らの表情には、未だ不安の色が濃く残っている。


モニターに映し出された遼の姿に、人々は一瞬ざわめいた。そして、昨夜彼と話した長老が、驚いたように前に出てきた。


「お、おぉ…海の救い主よ! 無事であったか!」


長老は安堵と驚きの声を上げた。他の人々も、驚きと共に、期待の眼差しを向けてくる。


「長老。そして、集落の皆さん。無事です。そして…ご報告があります」


遼は、少し間を置いて、はっきりと告げた。


「昨夜、あなたたちを襲った魔獣の巣窟を…海の底から、完全に消滅させました」


遼の言葉が、集落の人々の間に響き渡る。一瞬の静寂の後、地鳴りのような歓声が上がった。


「な…なんだと…!? 巣窟を…消滅させた、と!?」


長老は信じられないといった表情で、目を大きく見開いている。


「はい。私と、『鋼の舟』の力で。もう、あの巣窟から魔獣が現れて、あなたたちを襲うことはありません」


遼は、モニター越しに、集落の人々の顔を見回した。彼らは歓声を上げ、抱き合い、泣き崩れている者もいる。長年の恐怖と絶望から解放された、純粋な喜びの涙だ。


「本当に…本当にやったのか…! 我々を苦しめていた魔獣の巣窟を…!」


長老は感極まった声で呟いた。彼の目からも、大粒の涙が零れ落ちている。


「海の救い主様…! ありがとう…! 本当にありがとう!」


集落の人々は、モニターに向かって深く頭を下げ始めた。その姿に、遼の胸は熱くなる。彼らを助けることができて、本当に良かった。


「頭を上げてください。これは、始まりにすぎません。この島の周りには、まだ他の巣窟もあります。そして、イステリアの海全体から魔獣を駆逐するまで、私の任務は終わりません」


遼は人々にそう告げた。彼らは再び顔を上げ、その言葉を真剣な表情で聞いている。


「しかし、この集落周辺の安全確保は、最初の目標です。これからは、あなたたちと協力して、この島を、そして海を取り戻していきましょう」


「協力…! 我々に何ができるだろうか…」


長老は、自分たちがどれほど無力であるかを知っているからこそ、そう尋ねたのだろう。


「まずは、情報提供をお願いします。あなたたちが知っている魔獣のこと、海の地形、他の集落のことなど、どんな些細なことでも構いません。そして…『光の粉』について、詳しく教えていただけますか?」


遼は、彼らが持つ「光の粉」について尋ねた。


「光の粉か…あれは、神殿の裏手にある『聖なる木』から、巫女様たちが祈りを捧げて採取する、神聖なものだ。魔獣の動きを鈍らせる効果があるが、大量には手に入らぬし、強力な魔獣にはあまり効かぬ…」


長老は「光の粉」について説明した。やはり、神殿の巫女が関係しているのか。


「その『光の粉』を、分けていただくことは可能でしょうか? 私の『鋼の舟』の力と組み合わせることで、より強力な魔獣にも効果を発揮できる可能性があるんです」


遼は正直に「光の粉」の協力を求めた。神聖なものだと聞いて、少し躊躇いはあったが、彼らの海を救うためならば、協力を仰ぐしかない。


長老は、しばらく考えてから頷いた。


「うむ…もし、その粉が、我々を魔獣から救うための力になるというならば…巫女様にお願いして、分け与えてもらおう。ただし、神聖なものゆえ、粗末には扱わぬと誓ってほしい」


「誓います。あなたたちの海を救うために、最大限に活用させていただきます」


遼は長老の協力の申し出に感謝した。


さらに、遼は集落が抱える食料不足や病気についても言及し、「みらい」に搭載されている備蓄品の中から、食料や医療品を提供することを提案した。


「支援物資の提供を? しかも、食料や薬まで…! 我々のような者に、そこまでしてくださるというのか…」


長老は驚き、そして感極まった様子だった。


「困っている人がいれば、助けるのが私の使命です。今から、複合艇で物資を運びます。受け取ってください」


「なんと…! あぁ…海の救い主様…感謝してもしきれぬ…」


集落の人々は、再び感謝の言葉を口々に述べた。


通信を終えると、遼はユイに指示を出した。


「ユイ。集落への支援物資の準備と、光の粉を受け取る準備をしてくれ。複合艇を出す」


「了解いたしました、艦長。搭載している備蓄品の中から、集落の人口規模と現状に合わせて最適な物資を選定、複合艇に積載します。光の粉の受け取りについては、厳重な管理の下、艦内の研究施設へ搬入します」


「みらい」には、海上自衛隊の備蓄品がそのまま搭載されているのだろう。非常用とはいえ、集落にとってはどれだけ貴重なものになるか分からない。


遼は再び複合艇に乗り込み、集落の海岸へと向かった。今回は物資の運搬もあるため、複合艇も魔力的な推進力を併用し、静かに、しかし確実に進む。


集落の海岸に着くと、すでに多くの人々が待っていた。彼らの表情は、朝とは見違えるように明るくなっていた。彼らの長老が、巫女と思われる数人の女性と共に海岸に立っている。巫女たちは、清らかな白いローブを纏っており、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


複合艇から運び出された段ボール箱や袋を見て、人々はどよめいた。地球製のパッケージは、彼らにとっては未知のものだろう。中身が食料や医療品だと知ると、彼らの喜びはさらに大きなものとなった。


「海の救い主様…本当に、これを我々に…」


長老は震える手で段ボール箱を受け取った。


「はい。少しでも、あなたたちの助けになれば」


次に、長老が巫女たちに合図すると、巫女の一人が前に出てきた。彼女の手には、厳重に包まれた小さな袋が握られている。それが「光の粉」だろう。


「これが…聖なる木から授かりし、『光の粉』です。我々の祈りと共に、あなた様の力となることを願います」


巫女は厳かな口調でそう言うと、袋を遼に差し出した。袋からは、微かに青白い光が漏れ出ている。


「ありがとうございます。大切に扱わせていただきます」


遼は、深々と頭を下げてそれを受け取った。袋は見た目よりも軽く、中に詰まっている粉末の微細さが伺える。


「ユイ。受け取ったぞ。研究施設へ搬入、詳細な分析を開始してくれ」


(了解いたしました、艦長。サンプルを受領。解析を開始します)


遼は巫女と長老に改めて感謝の言葉を伝え、集落の人々にも別れを告げた。彼らは、彼が複合艇に乗り込むまで、ずっと手を振っていた。その姿は、まるで別れを惜しむ家族のようだった。


「みらい」に戻ると、遼はすぐに研究施設へと向かった。艦内の一区画が、高度な分析装置が並ぶ研究室に改造されていた。そこには、先ほど受け取った「光の粉」が、特殊な容器に入れられて設置されている。


ユイは、モニター越しに研究の様子を解説してきた。


「艦長。光の粉の主成分は、これまで確認されていなかった未知の元素と、イステリア特有の魔力エネルギーが複雑に結合した物質と判明しました。この物質が、魔獣の体内の魔力と干渉することで、抑制効果を発揮するようです」


「魔力と干渉…やはりな。これを艦の魔力機関と連携させれば、本当に強力な力になるのか?」


「可能性は極めて高いです。特に、魔力収束砲や広域魔力収束フィールドといった、大量の魔力エネルギーを扱う機能との連携は、魔獣に対する決定的な攻撃手段となり得ます。現在、最適な連携プロトコルの構築を進めております」


ユイは、研究結果に確かな手応えを感じているようだった。集落の人々の希望が詰まった「光の粉」が、イステリアの海を救うための鍵となるかもしれない。


魔力機関が回復するまでの間、遼はユイと共に、集落から得られた情報を整理し、今後の作戦についてさらに詳細な検討を行った。他の巣窟の場所、魔獣の種類ごとの特性、そして、イステリアの広大な海域についての推測。


また、集落の人々から聞いたイステリアの歴史や伝承についても、ユイは分析を進めた。彼らの信仰、社会構造、そして他の集落との関係性。全ての情報が、この異世界の全体像を掴む上で重要だった。


特に、神殿と女神に関する情報は、ユイにとっても興味深いものだったようだ。


「艦長。神殿から確認された高位の精神生命体反応は、地球上のいかなる生命体とも異なる、純粋なエネルギー体に近い存在です。集落の人々が語る『女神』という存在は、このエネルギー体と関連があると考えられます。ただし、なぜ彼女が魔獣に対して直接的な行動を起こさないのか、その理由は不明です。神が仰っていた『制約』が、彼女の行動を制限している可能性が最も高いですが、その制約の具体的な内容については、さらなる情報が必要です」


ユイは、女神の存在の特殊性とその行動の謎について述べた。


「もし、女神が本当にこの星の創造と維持を司っているなら、魔獣の出現は何らかの異常事態なんだろう。それを解決するには、女神の助けが必要になる時が来るかもしれない。そのためにも、まずは魔獣を排除して、女神と人々との繋がりを取り戻す必要があるな」


遼は、神殿への接触についても改めて考えた。しかし、今はまだその時ではない。まずは、目の前の敵、魔獣を倒すことに集中すべきだ。


数時間が経過し、ユイの声が艦橋に響いた。


「艦長。魔力機関の再充填が完了しました。全機能、正常に作動します」


「よし!」


遼は立ち上がった。再び、イージス艦「みらい」は、その全ての力を発揮できる状態になった。


「ユイ。次の目標だ。この島周辺の、残りの魔獣巣窟の位置を再確認してくれ。集落の人々の安全のためにも、早急に排除する」


「了解いたしました、艦長。新たな魔獣巣窟の位置情報を提供します」


メインモニターに、この島周辺の海域図が表示された。巣窟アルファがあった場所は消滅しているが、まだいくつかの赤い光点が点在している。それが、残りの魔獣巣窟だ。


集落の人々から受け取った希望の光、「光の粉」。そして、イージス艦の鋼鉄の力、AIの知性、そして魔力という未知の力。これらを組み合わせることで、必ずこの海を、そして人々を救ってみせる。


遼の瞳は、次なる目標を捉えていた。イステリアの海域制圧作戦、第二段階が、今、始まろうとしていた。

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