【第31章 朝の屋上と告白未遂】

5W1H:

When:4月22日 朝

Where:星ノ宮学園 校舎屋上

Who:碧・早紀

What:物語を終えた碧が、早紀に想いを伝えようとするが、言葉に詰まってしまう

Why:“書く者”としてではなく、“一人の少年”として自分の気持ちを届けたかったから

How:ふたりの間に流れる空気の繊細さと、恋の未完成感が描かれる

 朝の空気は、どこか透きとおっていた。

 星ノ宮学園の屋上は、いつものように静かで、校庭からは吹奏楽部の音が遠くに聴こえていた。

 碧は、フェンス越しに空を見上げていた。

 物語の終わった世界は、変わらずに日常を迎えていた。だけど、自分の中の何かが、確実に変わっていた。

 「……来たよ」

 背後から聞こえたその声に、碧はゆっくり振り返る。

 そこに立っていたのは早紀。制服のリボンが風に揺れていて、いつもより少しだけ、笑っていた。

 「やっぱり、ここにいたね」

 「うん。なんか、“まだ書いてないページ”がここにある気がして」

 ふたりは並んで、フェンスに寄りかかった。

 しばらく、風だけが会話していた。

 「物語、終わっちゃったね」早紀がぽつりとつぶやいた。

 「いや……まだ終わってないよ。たぶん、始まったばかりだ」

 「そうかもね」

 早紀が笑って、碧も微笑んだ。

 そして、言葉が喉まで来て、喉の奥で止まった。

 (言わなきゃ。今、ちゃんと伝えなきゃ)

 けれど、言葉は不思議な力を持っていて――

 一度口に出すと、もう戻れないことを、碧はよく知っていた。

 だから、慎重に選ばなくちゃいけない。

 でも、そんなふうに考えてると、どんどん言葉が遠ざかっていく。

 「……あのさ」

 碧がようやく口を開いたそのとき、早紀が先に言った。

 「ねえ、今度、図書室の本、整理手伝ってくれない?」

 「えっ?」

 「新しい司書さん来るんだけど、その前にちょっと準備が必要で。

 “読者カード”とか、新しくするらしくてさ」

 碧は一瞬拍子抜けしたが、すぐに笑った。

 「ああ、もちろん。……行くよ。絶対」

 「じゃ、約束ね」

 早紀が小指を差し出す。

 碧も小指を絡めて、指きりげんまん。

 それはまるで、言葉にできなかった気持ちを包む、小さな約束の魔法だった。

 (伝えられなかった。けど――大丈夫)

 この気持ちは、まだ途中のページ。

 物語のように、時間をかけて書いていけばいい。

 「早紀」

 「なに?」

 「……ありがとう」

 「うん、わたしも。ありがとう」

 朝の光の中、ふたりの笑顔が重なって、

 “未完成の気持ち”が、そっと風に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る