【第18章 忘れることで前へ】
5W1H:
When:4月17日 午前
Where:星ノ宮学園・食堂
Who:麻実・純子
What:過去の物語で生じた恐怖や記憶を“忘却”という形で軽減させる
Why:仲間の心の負担を癒し、次の物語に備えるため
How:麻実の前向きな性格と純子の共感が交差し、仲間に必要な休息をもたらす
学園の食堂には、今朝もカレーとパンの香りが漂っていた。
だが、いつもの元気なざわめきはどこか控えめで、まるで“何かを飲み込んだ後”のように静かだった。
窓際の一番奥のテーブルで、麻実は紙パックのミルクをストローで吸いながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「……ねえ、純子ちゃん。あたしたち、けっこう無茶してない?」
テーブルの向かいに座った純子は、温かい紅茶のカップを両手で包み込みながら、ゆっくり頷いた。
「うん。無茶してる。でも、それ以上に、大事なことをしてるとも思う」
麻実は頬杖をつきながら、小声で言った。
「深海の幽霊船、廃校の七不思議、アストラ……毎回ちゃんと終わってるけどさ、なんか心が“削れてる”気がするんだよね」
純子は少し目を伏せて、ミルクティーに砂糖を二粒落とした。
「それはね、ちゃんと“感じてる”証拠だよ」
「感じないほうが楽なんじゃないの? って思うときもある」
麻実が笑う。「でもあたし、うまいこと忘れるのが得意だからさ。忘れたら、またちゃんと前向けるっていうか」
その言葉に、純子の指がふと止まった。
「“忘れる”って、怖いことじゃないんだ」
「うん。忘れるって、誰かを見捨てることじゃなくて、“抱えすぎない”ってことだと思ってる」
麻実はテーブルの隅に置いた、小さなハンカチを手に取った。そこには彼女が自分で刺しゅうした小さな羅針盤の模様。ぐるぐると少し曲がっているけれど、それが妙にあたたかい。
「怖かったこと、つらかったこと、全部を正面から覚えてなきゃいけないわけじゃない。ちゃんと終わらせたってわかれば、“もう大丈夫”って気持ちを上書きできる」
「……上書き、か」
純子は小さく笑った。「なら、それも物語のひとつの“結末”かもしれないね」
「記憶って、保存だけが正解じゃないもん」
麻実は紅茶を一口飲み、目を細めた。
「だから、次のページへ行く前に、ちゃんと“忘れていこう”。怖かったことも、悩んだことも。“もういいよ”って言ってあげよう」
その言葉に、純子は深く息をついた。
「……じゃあ、そのための“儀式”、やってみる?」
二人は向かい合って手を伸ばし、テーブルの中央に“砂時計”を置いた。
それは、前回の物語世界“千夜宮”に向かうためのアイテムの一部だった。まだ砂は落ちていない。
「一回、全部流して、ゼロに戻す」
麻実がそう言って、砂時計を逆さまにする。
細かな白砂が、さらさらと落ちていく音が、ふたりの間に静けさを連れてきた。
「……これ、みんなにもやってもらおうよ。次の世界へ行く前に、ちゃんと“忘れる時間”」
「そうだね。忘れることで、また笑えるなら」
麻実の微笑みに、純子はそっと頷いた。
テーブルに落ちた砂の粒は、小さな星のようにきらめいていた。
そして、砂がすべて落ちきった瞬間――羅針盤が再び震え、次の“ページ”がめくられた。
“PAGE 234”――物語の舞台は、“砂漠の千夜宮”へ。
記憶と幻想の迷宮に、また新たな冒険が始まる。
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