いたみ、いたみて
狂宴が開かれたのと、ほぼ同時刻。
細く点いた魔導灯の下で、リナとカレンは寮の自室のベッドの上に腰掛けていた。
入学当初から、リナとカレンは女子寮の同じ部屋に割り当てられていた。
割り当てられた当時、二人は気の置けない親友として夜通しで和やかにお喋りなどもしていたものだ。
そんな二人はだんだんと夜の帷が降りようとしている中で向かい合うように、静かにベッドに腰掛けている。
二人とも髪とお揃いの色をした寝間着姿だ。
双方ともに、顔色は優れない。
リナは枕を胸に抱え、足をぶらぶらと動かしている。
カレンは顔をうつむかせたまま、重たい雰囲気を纏っていた。
「……ねぇ、カレン。」
「……どうしたんですか? リナ?」
リナがぽつりと声をかけると、カレンの顔が僅かに上がった。
その顏は少し窶れ、目の辺りが僅かに赤みがかっていた。
「……リュウジのとこ、行かなくていいの?」
リナの声は、いつにも増して元気がなかった。
カレンは口の端を落とし、静かに首を横に振る。
「……気乗りが、しません。……リナこそ、リュウジ様へ何もしなくていいんですか?」
カレンも、顔を俯かせながらリナに問う。
「……あたしも同じよ。気乗りしない。」
溜息を溢しながら、視線を下げた。
二人の間には、何処か空虚で陰鬱な雰囲気が漂う。
こち、こちと室内に置かれた魔導時計の音だけが静寂の満ちた室内に響いていた。
「……ねぇ。」
「……なんですか?」
「あたしが……最後に出れば良かったのかな。」
「……それは、私にも言えることです。……今となっては、どうする事も出来ません。」
カレンの沈みきった声に、リナは抱えた枕に顔を埋めた。
ダンジョンから帰還してから二日の間、二人は陰鬱に沈みきった心持ちで過ごしていたのだ。
あれほど急くように受けていた冒険者ギルドの依頼も、全く受ける気にすらなれなかった。
かと言って、リュウジへのご奉仕もする気になど以ての外だ。
それほどまでに、二人の気持ちは沈み込んでいた。
理由は、明白だった。
「……あたしが、クオンの代わりになれば……。」
「……滅多なことを言わないでください! リナまで居なくなったら……残された私はどうすれば良いんですか!」
涙でくぐもった声で、カレンが叫んだ。
静寂を劈くような剣幕を伴ったカレンの声が部屋に響く。
一瞬びくりと身体を震わせたリナは、ぎゅっと枕を強く抱き締めた。
枕を抱えたまま、しゅんと俯く。
「……ごめん。そんなつもりじゃなかった。」
「……わかっています。私も、強く言い過ぎました。」
再びカレンが顔を伏せる。
ぽたり、ぽたりと雫がカレンの膝を濡らした。
カレンの姿に、リナも唇を強くつむぐ。
二人がダンジョンから脱出した後、同じ場所に転移してきたのは、ただ一人。
ノアだけだった。
二人はノアに尋ねるも、「知らないよ。あの傭兵さんが何かしたんじゃない?」とすげなく返されたのみ。
何が起こったのかもわからないまま、クオンの消息はわからずじまいであった。
同時に、レクスも帰って来ていない。
待てども待てども帰還の知らせもない状況に、二人はただ気を落としていた。
胸の中に大きく穴が空いたように、虚ろな時間は刻々と過ぎていく。
大切な何かを喪ったような虚無感は、二人の心に大きく影を落としていた。
「……ねぇ、本当にあいつが何かしたんじゃないわよね。」
リナがぽつりと呟く。
あいつとは誰のことか、カレンもわかっていた。
だがカレンは静かに首を横に振った。
「……あの男は、そういうことをしません。私もあの男は大嫌いですし、厭らしい顔も見たくありません。リュウジ様には大きく劣る男です。……でも、あの男はそんな事はしない。リナもわかっているではないですか。」
「……そう、よね……。あいつが、クオンに何かするわけがないものね……。」
状況から見れば、レクスとクオンに何かがあった事は間違いがないだろう。
だが、どれだけ二人はレクスを嫌い、貶そうとも。
レクスはクオンを危険に巻き込むような事はしない。
そんな、確信があった。
何故なのかは全くわからない。
強いて理由を付けるとするならば、義理の兄妹だからか。
レクスが戦う姿が脳裏に灼き付いて離れないからなのだろうか。
または、記憶の中にある彼の姿がそう映るからか。
理由など、定まらなかった。
しかし、今更思い起こしても仕方がないという事実を、二人は口にせずともわかっていた。
クオンが未だに戻らないというのは、れっきとした事実なのだ。
「……クオン……。もう、無理、よね……。」
「……もう、二日間も経ってしまいました。……生存は、絶望的……でしょう。……信じたく……あり……ません……けど……っ。うっ……ああ……あああっ……あああああああっ!」
カレンが握るベッドのシーツに、ぐしゃりと皺が寄る。
嗚咽するカレンの膝下が落ちた雫で濡れていた。
リナも、抱え込んだ枕に顔を埋めこむ。
「……なんでよ……クオン……うぅっ……あたしを……置いてか……ないでよ……!」
抱えた枕に、染みが拡がる。
リナも、耐えられなかった。
部屋の静寂にすすり泣く音が混じりこむ。
胸の内に大きく開いた穴は、どれだけ泣こうとも塞がらない。
何を願おうと、クオンの生存は絶望的なのだから。
数少ない村の同年代の親友で、妹のような存在。
村から出ても、ずっと行動をともにしてきていた。
今までずっと、苦楽をともにしてきていた。
あの無垢な笑顔を見られない、と。
二人とも、そうは思いたくはない。
心の何処かで、帰って来てくれることを願っていた。
だが帰って来ないという事実が、二人の心に鋭い刃を突きつけていた。
そして、何故か。
大嫌いな男が居なくなったというだけなのに。
クオンが居なくなっただけでは足りないほどの心の大穴が、更に二人の胸を締め付け辛さを加速させていた。
窓から射し込む月光は、傷ついた二人を優しく照らし出すのみであった。
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