花盛り

 話を聞き終え老商人と別れたレクスは、カルティアたちとまとまって歩く。


 喧騒の絶えぬ広場の人混みで、彼女たちの歩幅にレクスは合わせていた。


 カルティアは変装を一度は解いたのだが、再び頭巾を頭に巻き、伊達眼鏡をかけ直している。


 ざわざわと沸き立つ喧騒、むわりと身体を覆う熱気の中を、レクスたちは離れないように気をつけながらその足を進めていた。


 そんな中でカルティアは、「ふふふ」と上機嫌に微笑んでいる。


 ご機嫌なカルティアの腕はレクスの腕にしっかりと巻きついていた。


 豊満な胸元に抱かれたレクスの腕には、ふにゃりと柔らかく沈み込んだカルティアの双丘の感触。


 それがありありと伝わっていた。


 そんなカルティアに機嫌よく腕を抱かれているレクスは、少し頬を染めている。


 何となく胸がどぎまぎとして落ち着かない。


 そんな様相で傍のカルティアをチラチラと見ていた。


「……なぁ、カティ。くっつきすぎじゃねぇか?」


「ふふふ。いいではありませんの。わたくしとレクスさんは婚約者同士ですわ。親密である方がよろしいではありませんの。……お嫌ですか?」


 カルティアの上目遣いに、レクスは慌てたように首を振る。


「そ、そんな訳ねぇだろ!……か、カティの胸が当たって……。」


「何か問題がありますの?わたくしは構いませんわよ。レクスさんの腕に掴まっていなければ逸れてしまいますもの。うふふ。」


 そう言ったカルティアの表情は何処か悪戯っぽく、楽しそうに笑みを浮かべていた。


 レクスの戸惑いを知らないとばかりに、カルティアが掴む腕が、さらに強くカルティアの胸の形を変えるように抱かれる。


「わたくしは先ほど、レクスさんに助けられましたわ。あのままではどうなるかと思いましたもの。ありがとうございますわね。」


「そ、そりゃ当然だろ……。カ、カティを守るのが俺の役割だしよ……。何かあっちゃ俺も悲しいしよ……。」


「わたくし、あのときのレクスさんに見惚れてしまいましたわ。惚れ直したと言っても過言ではありませんわね。ふふっ。」


 非常に上機嫌なカルティアに、レクスは戸惑うと同時に、心拍が”ドッドッ”と高鳴っていた。


 そんな頬を染めゆくレクスのもう片方の腕は空を切るように空いていた。


 しかし次の瞬間、空いていた片方の腕にも、むにゅんとした弾力のある、カルティアよりも大きな感触がレクスに伝わる。


 その感触にレクスは反対側に目を遣ると、そこにいたのは今にも泣きそうな目で上目遣いをするマリエナが目に映った。


「お、おい!?マ、マリエナ!?」


「ねぇ……レクスくん。わたしも……手を握っちゃ……だめ?」


 上目遣いの上に美少女サキュバスの潤んだ瞳。


「い゛っ!?」っと声を上げるレクスは、その弾力を腕に感じ、ごくりと息を呑む。


 黒いドレスの胸元からは、カルティアよりも大きな二つの山がレクスの腕を挟みみこみ、むにゅりと形を変えている。


 今にも大きく開いた胸元からたわわに実った果実か溢れ落ちそうになっていた。


 そんなマリエナの頭の上に乗っかっているビッくん。


 ビッくんもまた、「だめ…?」と言わんばかりの視線をレクスにひしひしと送っていた。


 レクスの顔は、既に真っ赤だ。


「い、いけねぇ事はねぇけど……。マリエナも、む、胸が……。」


「当ててるんだよ?レクスくんの為に。……じゃあ、お言葉に甘えるね。レクスくん。」


「お、おう……。」


 マリエナの声は脳が蕩けそうな程のウィスパーボイス。


 マリエナの魔眼は通用せずとも、マリエナはれっきとしたサキュバスなのだ。


 アーミアに教わった「絶対に意中の人を逃さない手法」によって、レクスはサキュバスというものを存分に感じさせられていた。


 マリエナもレクスの腕をカルティアと同じように抱え込んだ。


 その二つのぽよんとした西瓜で、レクスの腕をがっちりと固定する。


 すると、マリエナも「えへへ」と嬉しそうに微笑んだ。


 それは、マリエナの成熟した色気とはまた別の幼くあどけない少女の笑み。


 一見アンバランスなようなその魅力は、マリエナにしか無いと言っていいだろう。


 そんなマリエナに抱きつかれたレクスは、もう既に顔から火を噴き出すのかと思うほどに真っ赤なのだ。


 ましてやレクスの、「胸の大きな女性」という性的な嗜好はカルティアたちに筒抜けだった。


 先ほどまで勇敢に勇者の前に立ったレクスとは打って変わって、年相応に高く跳ねる鼓動が五月蝿い程。


 その体内に木霊していた。


 両隣からは女子の甘い匂いがふわりと漂っていた。


 カルティアのからは優しい甘さのミルクのような柔らかい香りが。


 マリエナの方からは芳醇な果物のようなとても甘い香りが。


 鼻腔から入るその芳香に、レクスはぐわんぐわんと脳を揺さぶられる。


「……な、なぁ、二人とも?……俺、臭わねぇか?さっきまでグラッパさんとこの工房にいたからよ。汗をかいちまったんだが……?」


 レクスが気にしたようにぼそりと声をかけた。


 じんじんと照らす陽の光は今も健在。


 もちろん暑そうな服を着用しているレクスは、たらたらと汗を流していた。


 しかし、二人は全く問題無いと言わんばかりに首を勢いよく振るう。


「そんなことはありませんわよ?むしろ、すごくいい匂いがレクスさんの身体からいたしますわね。」


「うんうん。カルティアちゃんの言う通りだよ。レクスくん、何か香水でも使ってるのかな?すんすん……すごく甘そうな、いい匂いがするよぉ……。」


 とろんとしたようなマリエナの言葉。


 しかしレクスには心当たりなぞ微塵もない。


「い、いや。香水なんて知らねぇけど……?」


 レクスがそう呟いて、正面に顔を向けた。


 真っ赤な顔のレクスは正面に目を向ける。


 その目に入ったのはじとっとした琥珀色の眼と青銅色の眼。


 アオイとレインは少し嫉妬したように、その視線をレクスたちに向けていた。


「…やっぱりカルティアは狡い。…うちより胸も大きい…むぅ。」


「マリエナかいちょーもカルティア様もあざといです。……でもレクス様にはあちしくらいの大きさがベストなはずです。むむむ……。」


 二人は自身の胸元に手を当てていた。


 二人ともかなり大きい方なのだが、カルティアやマリエナと比べてしまうとやはり見劣りしてしまうことを若干気にしていた。


 そんな二人はレクスにずずいっと近づき、顔を寄せる。


「…次はうち。…レクスにうちの良さをしっかり刻み込む。」


「あちしもです。レクス様があちしを頼りっきりになるぐらいに、メロメロにさせるです。」


「お、おう。……お手柔らかにな……。」


 ぐいぐいと迫る彼女たちに、レクスは真っ赤な顔でたじろいでしまう。


 既にレクスも、そんな彼女たちに惚れてしまっているのだから。


 そうこう歩いているうちにレクスたちは広場の人混みからようやく抜け出す。


 しかし女性陣は、レクスを離す気などないと言わんばかりにレクスを囲んでいた。


「あ、あのよ。……今日は四人で買い物じゃなかったか?……俺がいて良いのかよ……?」


 カルティアたちにどぎまぎしていたレクスはようやく言いづらそうにぽつりと口に出した。


 そんなレクスの言葉に対し、四人は一斉にこくんと頷く。


「あら?せっかく出会えたのですもの。しっかりエスコートすることも殿方の役目ですわよ。」


「レクスくんが一緒について来てくれるなら、わたしも嬉しいかなって。」


「…レクスは、うちとじゃ嫌?」


「レクス様にも、しっかりお手伝いしてもらうです。お願いするです。……未来の旦那様。」


 カルティアとマリエナは、嬉しそうに満面の笑みをレクスに向ける。


 アオイとレインは、懇願するような上目遣いでレクスに迫っていた。


「……あ、ああ。……みんながそれでいいならよ……。」


 当然、レクスに抗えるはずもない。


 惚れた弱みか、多勢に無勢か。


 自身を囲み、わいきゃいと騒ぐ婚約者たちにレクスは敵わない。


 レクスの一日の予定が、まるまる決定づけられた瞬間だった。


(……まぁ、仕方ねぇか。みんながそれで良いって言ってるしよ。)


 だが、レクスはそれが非常に居心地が良かった。


 レッドの言葉通り、レクスは寂しがりであるのは自身でも自覚があるのだから。


 照りつける陽射しの中、レクスを含めた五人はお買い物の為に広場から少し外れた店に向かって歩き出した。


 四人の美少女がレクスを囲み、幸せそうに微笑みを溢す。


 レクスも真っ赤に顔を染めながらも、満更でもなさそうに照れたような笑みを浮かべていた。


 そんなレクスたちを遠くから見つめるのは、三人の双眸。


 それぞれの眼は、何処かうら悲しさと羨望、嫉妬のような感情を抱えていた。


「……何であんなクズに。」


「……理解が、できませんね。」


「……死んじゃえ、なのです。」


 その三人の言葉は、石畳に響く人々の雑踏にかき消された。


 ◆


 レクスはこの時、知る由もなかった。


 再び自身が、悪夢の中へと飛び込んで行こうなどとは夢にも思っていなかっただろう。


 あの三人も、ましてやリュウジすらも知る由もなかった。


 悪夢の中へと足を踏み入れるその覚悟。


 それは、生半可では到底足を掬われるという事実を。


 そして、クオンは知る由もなかった。


 己が味わう、光景じごくを。


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