命不知

「ちょうど……二日前位の話なのだ。街で冒険者の姿が増えてきてて、道行く人がよく話してたのだ。「久しぶりのダンジョンだ」って。」


「ちょうど俺は村に帰ってたからなぁ。……全然知らなかった。でも、ダンジョン……か。……そんなに良いもんかよ、あれ。」


 レクスは少し苦々しく眉を潜める。


 レクス自身、ダンジョンというものに良い思いがないのだ。


(もう……あんな思いは懲り懲りだっての。命がいくつあっても足りねぇよ。)


 シルフィの話を聞いたこともそうだが、レクス自身もダンジョンでの経験を思い出し、あんな思いをしたくないと思うのは自然だった。


 レクスはふぅと深いため息を溢す。


 それを見ていたエミリーはきょとんとした顔を浮かべながら首を傾げた。


「レクスは、行かないのだ?」


 エミリーの声に、レクスは首を縦に下ろす。


「ああ。別に行く用事もねぇしよ。わざわざ自分の身を危険に晒す理由もねぇ。……皆にも心配かけちまうしな。」


 レクスはため息混じりに目を伏せて呟く。


 レクス自身の経験もあるが、カルティアたちに心配をかけさせたくない部分が最も大きな理由だった。


 ただでさえ危険極まりないダンジョンは、普段の討伐任務などとは訳が異なる。


 何かあれば、カルティアやアオイ、マリエナとレインにも悲しい顔をさせてしまう事は、想像に難くない。


 レクスもまだ彼女たちと共に歩む決意を固めただけだというのに、その矢先で斃れてしまっては意味もない。


 彼女たちの笑顔を守り、幸せにしなければ彼女たちにも言い訳が立たないと、レクスはそう思っているのだから。


 そんなレクスを、エミリーは意外そうにきょとんと見つめる。


「ん?エミリーは俺が行くと思ってたのか?」


 エミリーの表情に気がついたレクスが何気なく問うと、エミリーはこくんと首を縦に振った。


「うん。レクスは冒険者みたいなことをしているから、てっきり行くのかと思ってたのだ。」


「さっきも言ったけど、あんなもん命が幾つあっても足りねぇし、俺は傭兵だ。冒険者じゃねぇしな。滅多なことがない限りは行かねぇよ。……指名依頼でもありゃ、話は別だけどな。」


「ふーん、そうなのか。冒険者みたいな人は誰でも行くと思ってたのだ。巷では、「「ゆーしゃ」も仲間を募って大人数で攻略しようとしてる」って噂になっているのだ。」


「リュウジの野郎が?何考えてんだあいつ……?」


 エミリーから勇者の名前を聞いたレクスは、眉を潜めて胡乱げに見るような表情を浮かべる。


 リュウジの行いを完全に見てきた訳ではないレクスだが、アオイの観察結果やカルティアへの態度、幼馴染たちの表情から、だいたい勇者が関わると碌でもないことになるイメージがレクスには強かった。


 あの甘いマスクの裏に潜むリュウジの本心など、レクスも伺い知る事など出来ない。


 だが今まで見てきた行動からは恨みや個人的なイメージを差し引いても危険な行動が多いようにレクスは感じていた。


 そんな中、レクスはある可能性に思い当たる。


(リュウジが行くってことは……彼奴等も行くのか……?あの状態でかよ……?)


 レクスが思い浮かべたのは、アルス村に帰る前に馬車の中から見た幼馴染たちの表情だ。


 辛く、何処か切羽詰まったような三人の姿は、レクスから見ても何か危うげではあったのだ。


 リュウジに誘われたら、間違いなく誘いには乗るだろう。


(……下手な事が、起こんなきゃ良いけどよ。)


 幼馴染三人の事を思い、愁いたようにため息を溢すレクス。


 そんなレクスの表情に気がついたエミリーが、とたとたとレクスに近寄った。


「どうしたのだ?レクス。ゆーしゃが心配なのかー?」


 エミリーの問いかけに、レクスは「いいや」と面倒くさそうに首を横に振るう。


「心配ってか……碌なことにならねぇんじゃねぇか……って思っちまってよ。何を考えてんのか、わかったもんじゃねぇからな。」


 レクスの声に、エミリーもこくんと小さく肯く。


「エミリーも、ゆーしゃが怖いのだ。何を考えてるのか、全くわからないのだ。ダンジョンに入るなんてエミリーなら絶対怖くて入れないのだ。」


「……そういや、エミリーも最初言ってたっけか。」


 当初、エミリーがリュウジではなくレクスたちの方へと寄って来たときの経緯を思い出す。


 あのときも、エミリーはその純粋さから何処かリュウジの危険さを感じ取っていたのかも知れない、と。


(……そういや、クオンもスキル鑑定の時のリュウジを怖がってたっけか。まぁ……あのときどう思ってたのかなんて、俺にゃわかんねぇけどよ……。)


 自嘲するように、再びレクスはため息を溢す。


「そうだぞ。ダンジョンなんて、一利あっても百害にしかならねえ。……俺も多くの命知らず共を見てきたもんだぜ。」


 そんなレクスの雰囲気をぶち壊すような陽気な声と共に、レクスの背後から声が響く。


 レクスが振り返ると、グラッパが今作ったであろう革のホルダーを手に掲げて、工房から出てきたところだった。


 にこにこと満足げな表情を浮かべているグラッパに、レクスは目を丸くする。


「早ぇな、おやっさん。もう出来たのかよ。」


「たりめえだ。このぐらいなら俺は朝飯前よ。」


 驚いているレクスに向かって、「ほらよ」とグラッパはホルダーを放り投げる。


 投げられたホルダーをひょいと受け取ったレクスは、まじまじとホルダーを細部まで眺める。


 きっちりと縫製も整っており、とても短時間で出来るものではないとレクスは思ってしまうほどだ。


「いや……すげぇって……。早すぎるだろ、おやっさん。」


「言っても時間がなかったから、既製品を弄っただけだぜ?型とか取ってると面倒くせえからよ。」


「……いや、それでもだろ……。」


 はっはっはと大口を開けて笑うグラッパから、信じられないと言わんばかりの目でグラッパとホルダーをレクスは見比べる。


 圧倒的な作り込みが、まざまざと見て取れた。


 そんなレクスが持つホルダーを、エミリーも興味津々に覗き込んだ。


 その逸品を目にしたエミリーも「おお!」と感嘆の声を上げて、目を輝かせる。


 エミリーの反応にも満足したように歯を出して笑うグラッパは、ふぅと一息吐くと、カウンターの向こうに置かれた椅子にどっかりと腰掛けた。


 すると、レクスに意味深な目を向ける。


「坊主がダンジョンに行かねえのは大正解だぜ。こいつを持ってるってことは、その恐ろしさをわかってるってことだろ?違わねえかよ。」


 カウンターに置いた拳銃を指し示すグラッパの言葉に、レクスは「ああ。」と目を伏せながら肯いた。


「ありゃ……俺自身でもよく抜け出せたと思うけどよ。あれは地獄だ。もう二度と御免だっての。」


 レクスの呆れたような言葉にきょとんとしたのは、傍で聞いていたエミリーだった。


「え!?レクスはダンジョンに入ったことがあるのだ!?」


「……学園に入学する前にな。どうやら未発見のとこに迷い込んじまったらしいってよ。後で傭兵ギルドの皆からそう聞いた。」


「そりゃ坊主はかなり幸運な部類だぜ。ダンジョンに入っても、生きて出られんのは稀だ。……俺の武器を持っていった奴も、十六年前のダンジョン騒ぎでは何人も帰って来やしなかったからな。挙句の果てには死体剥ぎみたいな奴も居たらしい。俺が作った武器も闇市に流れてたって聞いたからよ。」


 頬杖を付いて物憂げに嘆息するグラッパ。


 レクスもシルフィから聞いていたダンジョンの事件を思い出し、哀しげにつられて嘆息する。


「本当、ダンジョンなんてもんは碌なもんじゃねえってのは、坊主の言う通りだぜ。俺にとっちゃ、「死んできます」って言ってるようなもんだ。……まあ、ダンジョンを攻略しなけりゃ、魔獣が湧き続けるから攻略しなけりゃいけねえって事もわかってるつもりだけどよ。」


「おやっさん……。」


 レクスはぽつりぽつりと出てくる言葉の最中にグラッパの瞳をちらとみる。


 赤い燃えるような瞳は、なんともいえない哀しさが滲み出たように揺れ動いていた。


 グラッパはレクスの視線に気がついたように顔を上げる。


「だからよ、坊主。もしも……ダンジョンに入ることがあったら、そん時は欲を捨てろ。生きることだけ考えるんだ。……坊主もよく分かっちゃいるだろうがよ。」


 グラッパの言葉に、レクスは首を縦に振った。


「わかってる。おやっさんの言う通りだ。……本当、碌なもんじゃねえのもよ。」


 レクスはおもむろにすっと立ち上がる。


 ふぅと息を吐き出すと、腕を上に上げて身体を伸ばした。


 そうしてグラッパに顔を向けて呟く。


「ところでおやっさん……これ幾らだ?なんかいろいろ付けて貰ってるけどよ。……今回は考えてないとか言わねぇでくれよ?俺が困っちまう。」


 冗談混じりに誂うレクスに、グラッパもにやりと笑みを返した。


「ああ。しっかり考えてあらぁ。坊主も目ん玉飛び出すぜ。」


「まぁ、かなり高けぇことは覚悟してるつもりだ。おやっさんの言い値に従う他ねぇしな。……まあ、高すぎたら支払いは待ってもらうしかねぇけど。」


「ああ。その必要はねえ。……こいつの値段は……。」


 レクスはごくりと息を呑む。


 その様子に、グラッパはいたずらっぽく口元を上げた。


「……ゼロ、だ。金は要らねえよ。」


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