第10話「崩れゆく灯火」
彼の生活は、日々の細かな出来事が積み重なって、確実に崩壊の一途を辿っていた。給料日が来るたび、差し押さえの通知が届くたび、彼の心は少しずつ削られていった。家の中は空っぽになり、置かれていた家財道具や大切なものたちは、税金の未払いのために次々と持ち去られていった。その中で彼が唯一残したのは、小さな、か細いランプの灯火だけだった。その灯火はまるで彼の心のように、かすかに揺れて、かすかに光を放っていた。灯火は彼にとって、唯一の希望の象徴であり続けた。しかし、現実の厳しさは無慈悲に彼の灯火を弱らせていった。
給料から差し引かれる税金は、ただ単に増えることはなく、滞納分には延滞金や罰則金が次々と上乗せされて膨れ上がり、返済のために働けば働くほど借金は減らず、むしろ増えていくという悪循環だった。彼は働いても働いても、生活はぎりぎりで、体調を崩し、精神も疲弊していった。心はますます閉ざされ、社会との接点が次第に薄れていった。街の人々の目は冷たく、見知らぬ誰かに責められているような錯覚に陥った。孤独が彼の心を蝕み、内なる灯火が消えかかっていることを彼は自覚していた。
ある夜、彼はその小さなランプの前に座り、破れかけたメモ帳を手に取った。そこには断片的に言葉が書き込まれており、彼の心の断片を映し出していた。彼は客観的に自分の感情を整理しようとしていたのかもしれない。社会に対する絶望感は強いけれど、他人を傷つけることは決してしない彼の「善性」が、静かに、しかし確実に心を摩耗させていったのだ。彼は手を震わせながらも、言葉を紡いだ。
「税金は国のために必要なのだとわかっている。でも、僕たちの暮らしを奪い、家族の笑顔を壊してしまうなら、それはもう正義じゃない。」
その言葉は涙で滲み、文字は何度も書き直され、消され、また書かれた。完成されることのない手紙だったが、それを書く行為そのものが彼にとっての救いだった。自分の存在を、わずかでも証明しようとする小さな叫びだったのだ。
しかし、翌朝に届いた一通の通知は、彼のかすかな希望を打ち砕いた。強制執行の決定書が届き、彼の最後の希望であった小さなランプまでもが没収されることが決まったのだ。
「これで、僕は完全に闇に閉ざされてしまうのか……」
彼はランプの灯りが消えるのを見つめながら、自分の中の何かも同時に崩れ落ちるのを感じた。絶望が心を覆い尽くし、すべてが終わってしまうような虚無感に襲われた。
けれども、その闇の中で彼は、静かな決意を胸に秘めていた。
「まだ、終わらせない。」
どんなに厳しい現実に押しつぶされそうになっても、彼の心の奥底に残った灯火は消えずに、揺らぎながらも、かすかに燃え続けていたのだった。
それは小さな、小さな灯火だったが、彼にとっては確かな未来の証だった。
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