第5話 格の違い

「すっごく助かりました! ありがとうございまーす!」


 感謝の言葉と共に勢いよく頭を下げた伊吹は、それからすぐ連れの友達の元へと駆けて行った。喜びを分かち合って跳ね回っている様子を見ると、自分が教員だからなのか、微笑ましくなる。


「次、上垣紫苑うえがきしおん

「は、はい」


 名を呼ばれた少年は、これまた緊張した風に集団から抜け出した。

 かと思えば、足の爪先をこちらに向けて駆け寄ってくる。


「あ、あの! 僕にもして貰えませんか? アドバイス」


 すこし驚いて、それから試験官のほうへと振り返る。

 頷いて返された。


「あぁ、実力が出せるように手伝うよ」

「ありがとうございます!」


 今日はよく感謝される日だと思いつつ、彼のテストが始まった。

 結果を言えば上々と行ったところ。先ほどの伊吹よりすこし動きが硬かったが、なんとか燐灯狼は倒せていた。緊張で潰れることなく実力を発揮できてほっとしていることだろう。


 それから滞りなくテストは進み、伊吹や上垣の他にもアドバイスが欲しい子たちがいて、その数は全体の三割ほどにもなった。残念ながら燐灯狼を倒せなかった子もいたが、彼らの評価がどうなるのか心配なところだ。


「では、最後。明松創鍵」


 ついに俺の出番が来て、定位置に向かう。


「アドバイスが必要か?」


 俺の背中に声を掛けたのは、あの図体も態度もデカい少年。

 名前はなんと呼ばれていたっけ。

 たしか水戸石明良みといしあきらだ。

 職業柄、人の名前を覚えるのは得意だから間違いない。


「あぁ。是非、お願いしたいね」


 そう言いつつ位置に付くと、試験官の手から離れたメモリーストーンが仮想の肉体を得る。燐灯狼が地に足を付けたタイミングで再び一瞬だけ蒼く色付いた結界が俺たちを隔離した。

 結界の外では試験官の隣りに水戸石が陣取っていた。俺の真似をしたいみたいだ。


「では始めてください」

「いいか? 俺の言うことを――」


 水戸石が言葉を言い切る前に燐灯狼が咆える。

 それは格付けが終了したことの合図。

 探索者も熟練になると、対峙するだけで燐灯狼が身の丈を思い知る。

 十年のブランクがあっても、俺はまだ過去の威厳が残っているらしい。

 最初から全力全開。

 燐灯狼は地面を引っ掻くようにして跳ねる。

 そこへ更に後方で蛍火を爆破し、爆風に煽られる形で加速。

 瞬く間に俺との距離を詰め、この首筋に牙を突き立てようとした。


 今この場にいるようなまだ経験の浅い子たちには、反応するのも難しい速度。

 まず間違いなく回避は間に合わないし、出来て防御が手一杯だろう。

 俺も昔はそうだった、昔は。

 真っ直ぐに跳ねて弾丸のように跳んだ燐灯狼。その牙がこの喉に届くその前に、振り下ろした剣の一撃が撃墜する。頭蓋を断ち、地面に叩き付け、その仮想の命を終わらせる。

 腕は思ったほど鈍ってないみたいだ。燐灯狼はメモリーストーンに回帰した。


「悪いな、貰い損ねたみたいだ。アドバイス」

「……クソッ」


 悔しがってその場から去る水戸石の姿を見ると、流石にちょっと大人気なかったかも知れないと自戒の念が湧く。が。突っかかってきたのはあっちで、ここは学校じゃない。このくらいは別に構わないだろう。

 二十六にもなって俺もまだ子供っぽいな。


「試験官」

「はい」

「セーフティー外した?」

「なんのことやら」

「初手のアレ。爆発を利用した突進はここにいる子たちじゃまだ対応できない。使わないようにセーフティーを掛けてなきゃ可笑しいし、テストの最後まで一度も燐灯狼がそれを使わなかったのも可笑しい」

「……バレましたか」

「やっぱり。なんで俺だけ」

「理由を言えば、そうですね。貴方のリスナーがここにもいた、ってことです」

「……いいとこ見せられてよかったよ」

「それはもう。今回の最短記録です」


 本当にどこにでもいるな、俺のリスナー。

 というか仕事に私情を持ち込み過ぎだろ、どいつもこいつも。問題にならないのか? まぁ、お陰で現時点で俺がどれだけ動けるか把握できたし、よしとするか。


「やっぱ凄ぇな、マスキー」

「あれでブランク十年ってマジ?」

「これが格の違いって奴か」

「負けてらんねぇ」


 他の参加者たちのどよめきが収まらないうちに、本日予定されていたすべてのテストが終了する。

 沖海さんはこれで調査への参加不参加が決まるわけではないと言っていたが、それでも設けられた基準はあるはずだ。

 それを下回った子たちには、これから厳しい訓練を乗り越えなければならないだろう。

 あるいは自分には無理だと、諦めてしまう子もいるかも知れない。

 そしてその予想は当たっていた。


「調査の辞退を申し出た子たちが、我々の予想を超えて出ています。参加者が足りません」

「実戦に近い形式でテストでしたから、モンスターを恐れてしまうのもしようがないと思います」

「えぇ、まぁ。それもあるんでしょうが」

「なんです?」

「自信を無くされた子が多いんですよ。辞退者はみんな口を揃えてましたよ。マスキーみたいにはなれないって」

「……俺の責任ですか?」

「いえ、そういう訳ではありません。が、予定人数を下回ってしまったのは問題です。そこで相談なのですが、明松さんのお眼鏡に適う人材を一人、紹介してもらえませんか?」


§


「探索者を一人紹介しろって言われてもなぁ」


 自宅のソファーでスマホに入った連絡先を順にスクロールしつつ、そう呟く。

 十年前、俺は世に言うインフルエンサーだった。

 その付き合いで連絡先を交換した人は無数にいたが、今でも連絡を取り合っているような仲の人間は正直に言えばかなり少ない。

 大半はダンジョン配信ブームの終焉と共に疎遠となり、いま繋がっている人たちも辛うじてと言ったところ。

 半年から一年に一度、連絡を取り合えばいいほうなくらい。

 そんな頻度であっても、彼らの近況は耳に入ってくるもので。


「ジョンソンは新婚、めいめいは子供が生まれたばっかり、マンデーは……たしか糖尿病だっけか。今更、探索者に戻ってくれとはとても……」


 探索者を辞めて社会に馴染んだ彼らには、すでにその周辺での関係構築が済んでいる。過去の友人より今の隣人だ。かつて背中を預け、命を助け会った仲であっても、今はもう俺は交友関係の外側にいる。

 そんな彼らが現状の環境を壊してまで、危険な探索者に戻るとは思えない。

 つまり、紹介できる人材なんてものは俺には存在しなかった。


「……いや、一人いるな」


 ふと頭に浮かぶ。

 彼女なら、あるいは。

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