配信者を引退した最強探索者、十年の時を経てダンジョンに再臨する ~俺がいない間に探索者のレベルが随分と下がったみたいだから導くことにする~

黒井カラス

第1話 配信引退

「これが最後の配信だ、引退する。みんな、今までありがとな」


 チャンネル登録者は500万人いて、同時接続数は最高で120万越え。それが俺の配信者としての全盛期で、引退を決めた頃には同接が2000にまで落ちていた。


 なんてことはない時代の流れだ。


 世間はダンジョン配信に飽きて、より新鮮なものに飛びついた。よくある流行り廃りの中の一つに、ダンジョン配信も過ぎなかったということだ。


 それから十年。


 十代の頃に稼いだ莫大な資産で適当に遊んでいた俺はついに貯金が底を尽き、最終的にダンジョン専門学校の教員になっていた。

 縁を切ったはずのダンジョンとまだ、おててを繋いで生きている。


「あーあ、ここももう終わりですねぇ。聞きました? 明松かがり先生。今年の入学生0だそうですよ、0。去年は三人いたのに」

「まぁ、そういう時代なんでしょ。ダンジョン配信なんてものが流行ったのはまだダンジョンにわんさかモンスターがいた頃で、十年前に狩り尽くされました。探索者なんて聞こえはいいですけど、その実体は今や採取採掘と運搬に関わる業者の見守り係ですよ」

「盛者必衰ってわけですな。再就職先とかって決めてます?」

「いえ。俺は十代の頃の栄光でここに勤められていただけですから、ここが潰れたらもう教員としては」

「十代の頃の栄光? あぁ、そう言えば昔は凄かったんですってね、明松先生。弱冠十五だか十六歳でダンジョンの最深部に到達。ダンジョンに一度潜っただけで数百万数千万と稼いだとか」

「昔の話ですよ。今じゃその頃の貯金もない。昔の自分を殴ってやりたいですよ、もっと節約しろってね」

「ははー、後悔先に立たずってわけですな」

「さて、これで書類仕事は終わり。ちょっと出てきます」

「例の生徒ですか?」

「えぇ、困ったもんです」

「いいじゃないですか。どうせここも直ぐ潰れるんです。最後の仕事だと思って頑張って」

「どうも」


 職員室から廊下に出ると、いつもこの静寂が嫌になる。

 閑散とした雰囲気が終焉を思わせて、十年前の引退配信が未だに脳裏に浮かぶ。

 次々に人が減って、取り残されているようなあの感覚。


「はぁ……」


 ため息で静寂を破り、ようやく動かせた足で廊下を渡る。

 当然、走ったりはしない。


「さて、この時間だと……中庭の辺りか」


 とりあえずで教室に向けていた足の爪先を下り階段へと向けてそのまま一階へ。足を止めることなく校舎から出ると、中庭で一番日当たりのいいベンチに向かう。


「いた」


 風に揺れる髪を押さえ、膝元の本に目を落とす一人の女子生徒。

 彼女はよく授業や訓練をサボっている。今もそう。今はたしか実技訓練の時間のはずだが、案の定ここでサボっていた。


涼風雅すずかぜみやび


 名前を呼ぶと、視線が本からこちらに向かう。

 ぞっとするような暗い瞳と、感情の現れていない表情。

 身に纏う学生服はどの生徒も同じデザインのはずなのに、どこか煤けたように黒くなっているように見える。


「先生。何か?」

「何か? じゃない。またサボってるな」

「卒業に必要な単位はすべて取りました。必要のない授業より読書のほうが時間を有意義に使えます」

「でも卒業したら探索者だろ? うちは卒業ギリギリまで授業がある。予行演習だと思って受けたほうがいいぞ」

「必要と思えば受けますよ」


 といいながら、視線が俺から本に落ちる。


「堂々と続きを読もうとするな。栞を挟め、栞を」

「今いいところなんです。200ページに及ぶ長い恋愛描写からようやく事に及ぶところで」

「官能小説!」

「冗談です」

「冗談じゃなかったら常識を疑ってたところだ」


 栞が挟み込まれ、ぱたりと本が閉じられる。

 それから携帯端末を取り出して。


「おいおいおい。読書から流れるようにソシャゲに移るんじゃない」

「デイリーミッションの消化を忘れていたので」

「休み時間にしろ」

「もう休み時間です」

「え?」


 腕時計に目を落とすと、たしかに実技訓練の時間が終わっていた。


「詰めが甘いですね、創鍵そうけん先生」

「明松先生と呼べ」

「私と創鍵先生の仲でしょう?」

「不穏なことを言うのは止めろ。あらぬ誤解を招くだろ」

「先生と生徒のイケない関係。ドキドキしますね」

「俺は別の意味でいまドキドキしてるよ。誰かに聞かれたらと思うとぞっとする」

「大丈夫です。この時間、ここには私みたいな不真面目な生徒しかいませんから」

「それはそれでぞっとしない話だがな」


 ここまでの会話の中でも、涼風はぴくりとも表情を崩さない。

 作り物めいていると言うべきか、表情筋すらもサボっているというか。

 一見暗く、言ってしまえば根暗な印象を受けるが、受け答えははっきりしていて、時には冗談も言ったりする。涼風は何を考えているのかまるで読めない手の掛かる生徒だった。


「まぁ、休み時間になったならしようがない。次の受業には出るように」

「出ますよ。次は創鍵先生の授業なので」

「そ、そうか」


 こうしてサボっているところ見付けては叱っているからか、涼風は俺の授業だけは真面目に受けてくれている。いっそ教師陣で学内を巡回して涼風を叱り続ければサボらなくなるのでは? と思えてきた。

 ただでさえ人手不足で現実的な案じゃないし、直に卒業してしまうが。


「じゃ、教室で待ってるからな」

「はい」


 と言って、涼風の視線がスマホに落ちる。

 俺はその場を後にした。


§


「明松先生。お客さんが来てますよ」

「お客さん?」


 放課後。

 同僚と一緒に職員室に入って来たのは身形のいいスーツの男だった。



――――――――



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