第48話 近付く建国記念日

 最近、街や宮廷が騒がしい。いつも以上に多くの人が行き交い、街にはたくさんの露店が出現している。飲食店は満席で、宿屋も繁盛しているようだ。

 アンドレ様も仕事が忙しいようで、朝から晩まで働かれている日が多い。そんななか、いつものように暇な私はマリーとヴェラに聞いていた。


「街では何が起こっているのですか? 」


 二人は驚いたように顔を見合わせた。


「リア様はこの国出身ではないため、ご存知ないのですね」


「もうすぐ、この国一番の祝日、建国記念日ですから」


「建国記念日……? 」


 その言葉を初めて聞いた。最近多忙なアンドレ様に遠慮して聞きたいことも聞けなかったし、アンドレ様もその話はしなかったのだ。


「建国記念日は宮廷でも一大イベントで、昼は式典に夜は舞踏会。軍事パレードもあるのですよ」


「……ということは、私はまたダンスの練習をしなければなりませんね」


 以前必死に練習したが、私のダンスは完璧でないことは確かだった。アンドレ様に恥をかかせるわけにはいかないし、また練習しなければならない。それに、軍事パレード……アンドレ様だってきっと出られるのだろう。アンドレ様の勇姿を見られると思うと、すでに胸が熱くなるのだった。




 その晩、やはりアンドレ様は疲れ切った顔で帰ってきた。


「アンドレ様、おかえりなさい」


 出迎えると、疲れながらも笑顔をくれるアンドレ様。その笑顔を見るとホッとする。


「アンドレ様、一緒にお食事を食べましょう。今日はみなさんとビーフシチューを作ったのです」


「いつもありがとう、リア」


 そんなアンドレ様に思わず聞いてしまった。


「建国記念日のために忙しくされているのですか? 」


 すると、私の問いに驚くこともなく……いや、むしろ私が建国記念日を知っているのが当然のように、アンドレ様は答えた。


「そうだな。式典や催しのために、様々な承認をしないといけないし、その書類に追われている。

 当日は少し時間が出来るかもしれないから、その時は一緒に出店を回ったりしよう」


「えっ……」


 驚く私。アンドレ様が建国記念日について何も言わなかったのは、当然私が知っていると思っていたようだ。そして、アンドレ様からお誘いを受けるなんて……


 真っ赤な顔の私に、怪訝そうにアンドレ様は聞く。


「嫌なのか? 」


「嫌なんて……その……

 とっても嬉しいです!! 」


 満面の笑みで返していた。それに対し、アンドレ様はやはり優しい微笑みで返してくれる。

 嬉しすぎる私は、有頂天になって口走っていた。


「アンドレ様と出店を回れるだなんて、夢みたいです。

 軍事パレードでお姿を拝見するのも楽しみにしておりましたが、一緒にいられるだなんて」


 そして、慌てて口を塞ぐ。


 (私としたことが、はしゃぎすぎてしまいました)


 こんな私をアンドレ様は頬を緩めて見ている。だが、少し申し訳なさそうに告げた。


「俺は軍事パレードには出ない。来賓席で眺めているだけだ」


 (そうか。将軍にでもなると、パレードは見ているだけなのですね)


 だが、それはそれで嬉しい。きっとアンドレ様がパレードに出てしまうと、そのかっこいい姿を拝みたい人だかりが出来てしまう。ファンだって増えてしまう。だから、冷酷将軍のままでいいや、なんて思ってしまう私は自己中だ。


「そういえば、前世でも軍事パレード見たことがあります」


 私は思い出したように告げた。軍事パレードと聞くと、むしろその光景が思い浮かんでしまう。


「私の大切な人も、自衛隊という軍隊に所属していましたから」


 アンドレ様は驚いたように私を見た。だから私は、慌てて付け加える。


「あっ、慎司は記憶の中の人ですから!!今はアンドレ様が好きなんですよ!」




 しーんと静まり返ったなか、アンドレ様の視線が痛い。アンドレ様はなぜそんな泣きそうな顔で私を見るのだろうか。慎司は記憶の中の人であって、今の私が慎司に恋心を抱いているわけではない。だから必死に弁明する。


「アンドレ様が好きなんです!

 彼のことは、記憶として残っているだけなんです!! 」


 それはアンドレ様だって同じはずだ。


「ただ、私は彼を残して死んでしまったので……

 彼はその後元気にされていたのでしょうか」


 ずっと引っかかっていたことを、ぽつりと呟いた。アンドレ様には関係ないことなのに。


「俺も自衛隊隊員だったから……その男のことは知っている」


 アンドレ様はぽつりと呟いた。


「その男は……元気にしていたよ」


 その声は心なしか震えていた。



 まさか、アンドレ様の前世が自衛隊員だったなんて。しかも、慎司と知り合いだったなんて。


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