第45話 『好きな女』

 眩しい朝の光で目を覚ます。懐かしいベッドの感触に、懐かしい室内。何気なく隣を見ると……


「!!!? 」


心臓が止まりそうになった。

 そこにあったのは、アンドレ様の綺麗な顔。銀色の髪がはらりと顔にかかっており、その切れ長の瞳は閉じられている。


 (アンドレ様の寝顔、初めて見ました。

 眠っている時も綺麗でいらっしゃるのですね)


 ドキドキしながらも、その寝顔に見入ってしまう。眠っているアンドレ様は無防備で、どこか少年のような無邪気さもある。

 思わず手を伸ばし、その髪に触れていた。色素の薄い髪は、朝の光を浴びてきらきら光っている。それに見惚れていると、その形のいい瞳がぱっと開く。ドキッとして思わず身を引いたが……


「おはよう、リア」


 アンドレ様は甘い声で告げ、頬にそっと唇を寄せる。その瞬間、


「!!!? 」


私は混乱して、声にならない声を上げるところだった。


 (ちょっと待ってください。

 いきなり、そんな関係になってしまったのですか!? )


 私の記憶の中では、アンドレ様との関係が進展した覚えはない。ベッドに潜り込んだ瞬間睡魔に襲われて、気付いたら朝だった。だけど、夢の中でずっと温かさを感じていた。何か大きいものに包まれているような……


「ま、まさかアンドレ様……眠っている間、ずっと私を抱きしめてくださっていたのですか!? 」


 思わず口から言葉がこぼれ落ち、真っ赤になる。私としたことが、何てことを聞いているのだろう。


 だが、アンドレ様は真っ赤になって……いや、こんなに焦っているアンドレ様を初めて見るのだが……焦りに焦って私に言う。


「だっ、だって!! 君がしがみついてくるのだろう」


 そのまま上体を起こし、髪を掻き上げながらため息をつく。


 (わ、私がしがみついてくる!?

 アンドレ様、迷惑でしたよね)


 申し訳なさでいっぱいの私に、アンドレ様は赤い顔のままきまり悪そうに告げた。


「俺だって一応男だ。

 好きな女に抱きつかれて、一晩中理性を保つのに苦労した」


「す、好きな女!? 」


 素っ頓狂な声を上げるとともに、わなわな震える。


 (ま、まさか、アンドレ様が私を好きだとは……

 それに、アンドレ様だってそんなことを考えるのですか!? )


 アンドレ様の言葉にぶっ倒れてしまいそうな私。体の関係を持つことはなかったが、この一晩で心の距離はまた近付いたことを実感する。

 何はともあれ、アンドレ様の本音を聞けたことも嬉しかった。好きな女だなんて……


 真っ赤になって頬に手を当てる私に、


「リアは俺のこと、好きではないのか? 」


不満そうに聞くアンドレ様。それがまた胸にきゅんときて、顔が熱くなって……


「す、好きですよ」


手で火照る顔を仰ぎながら告げる。すると、アンドレ様は嬉しそうに口角を上げ、私の返答に満足したかのようにそっと頭を撫でてくださった。


 出会った時とは別人のように、アンドレ様は心を開いてくれている。しかも、アンドレ様が私のことを『好きな女』だなんて言ってくださった。それが嬉し過ぎて、にやけた顔が元に戻らない。


 アンドレ様、大好きです。毎日毎日好きが大きくなる。どこまで好きになっていくのだろう。




◆◆◆◆◆



 相変わらず上機嫌の家族に見送られて家を出ると、私はアンドレ様に告げた。


「出発までもう少し時間があるので、アンドレ様にこの街を案内しますね」


 すると、アンドレ様は嬉しそうに微笑みながら言う。


「ありがとう。嬉しいよ、リア」


 そして、そっと手を握られる。

 アンドレ様の手が触れただけで真っ赤になってしまう私。好きな人と手を繋いで歩くことが、こんなにも嬉しくて楽しいだなんて。


「でっ、デートみたいですね」


 思わず言ってしまうと、


「デートではないのか? 」


 面白そうにアンドレ様が答える。それでさらに顔が熱くなり、繋いでいない方の手でぱたぱたとあおぐ。


 (デートかぁ……アンドレ様と、デートしているのですかぁ……)


 思えば思うほど照れてしまうのだった。




 アンドレ様と手を繋いで街を歩く。この街を離れてしばらく経つのに、街のことはよく覚えている。そして、街の人も私のことを覚えてくれているのだった。


「あっ、リアちゃん!久しぶり!! 」


「心配したのよ、悪いことばかり続いて」


 そう言って、街の人は果物やお菓子を分けてくれる。


「あ、ありがとうございます!! 」


 いつものようにたくさんおすそ分けをもらいながらも、申し訳なく思う。私が貧乏だから、街の皆さんはこうやって色々恵んでくださったのだ。だが、今日はいつも以上におすそ分けしてもらえる。いつの間にかカゴを持たされ、その上にたんまりフルーツやらお菓子やらが盛られている。


「あ、あの……もう十分です。

 ありがとうございます」


 そう答えると、人々は気の毒そうに告げるのだ。


「リアちゃん、酷い公爵様に婚約破棄されたうえ、隣国の怖い将軍と結婚したって噂なんだけど? 」


「大丈夫? いじめられていない? 」


 その怖い将軍が隣にいるアンドレ様だとは思ってもいないのだろう。アンドレ様に向かっても、皆は語りかける。


「あなた、リアちゃんを守ってあげてくださいね」


「リアちゃんは将軍からも酷い扱いを受けているんでしょう? 」


 だから私は、わなわな震えながら大慌てで言う。


「だ、大丈夫です!! 私、今はちゃんと幸せです!」


 ここまで酷く言われてしまうと、その将軍がアンドレ様だとは言えなかった。


 (きっと、アンドレ様も不快な思いをされているでしょう……)


 だが、市場を離れると、アンドレ様は面白そうに笑っていた。そして、私が両手に抱えていた頂き物を持ってくれる。


「俺、どれだけ評判悪いんだ」


 そして、甘い声で付け加える。


「でも、リアを苦しめた分、これからはちゃんと借りを返すから。

 絶対に幸せにするから」


「何をおっしゃるんですか!? 私はもう、とても幸せです」

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