第5話 魔法


 どうやらこの浮島は、アリサの魔法によって浮いているようだった。

 とはいっても、アリサが常に魔力を流し込んでいるとかではないようだ。

 浮島の底に、巨大な魔法石があって、それが半永久的にほぼ無限の魔力を供給しているらしい。

 なので、アリサが外出していても、浮島が沈むことはないのだそうだ。

 浮島の進む方向についても、アリサが操縦しているわけではなく、魔法によって、ある程度自動で進むようにプログラムされているようだ。

 なんだか魔法っていうのは、話だけきくとプログラミングに似ているなと思った。


 俺もそこまで腕がいいわけじゃないが、仕事でときどきプログラムを書いた。

 だから、なんとなくのイメージはわかる気がした。

 とはいっても、魔法はこっちの世界の言語にもかなり依存するようだから、一朝一夕には学べないだろう。


 他にも、浮島にはアリサの魔法がたくさん使われていた。

 照明だってそうだ。

 それから、水道などのシステムも、魔法の応用によるものだった。


 畑や牧場も、魔法である程度自動化されており、作物は放っておいても勝手に育つ。

 ナナがやることといえば、作物の収穫と、牧場へいって卵やミルクをとってくることくらいだった。

 浮島はそれだけですべてをまかなえる、自給自足の要塞だった。

 どうやらアリサはめったに外出もしないようだ。


 飯を食い終わったアリサに、俺はあらためてたずねる。

 

「なあ、アリサ。図書館って、小説とかはないのか?」

「ん? 小説? なんだい、それは?」


 そっか、この世界には小説っていう概念がないのか……?

 いや、そんなまさか……。

 なにか呼び方が違うのだろうか。


「えーっと、物語のことだよ。お話。ストーリーが書かれたような、娯楽用の本さ。魔導書しかないみたいだからさ、そういう本はないのかなーって」

「あー。なるほどね……。うーん、残念だけど、ないなーうちには……」

「そっか……じゃあ、もし街にいくことがあったら、仕入れてくれたりはするか?」

「あーうん、覚えておくよ。探しておく」

「ありがとう」


 他にも、この世界の常識についても知りたいな。

 フィクションだけじゃなくて、ノンフィクション。

 この世界で本がどのくらい流通しているのかとかも、まだわからない。

 そもそもアリサからして、こんな浮島に一人で住んでいるくらいだし、こいつから常識を学ぶことも難しそうだ。

 物語がどのくらい発展しているのかも気になるな。

 もしかしたら、稚拙な物語しかないなんてこともあり得るぞ。

 俺が読んで楽しめるようなストーリーが存在しないなら、それこそ絶望だ。

 もはや自分で書くしかない。


 とりあえず、今のところは魔導書しかないので、魔導書を読んでいくことにしよう。

 わからないなりに、なにか学べることはあるだろう。


「なあ、アリサ。俺も魔導書を読んでみたいんだけど、どれから読めばいいんだ? 難しいのを読んでもさっぱりだ。なにか、とっつきやすい、初心者向けのものはないのか?」

「うーん、そうだねぇ……。じゃあ、適当に初歩の本をみつくろっておくよ」

「ありがとう、助かるよ」

「けどまあ、スコヤには魔法は使えないけどね」

「………………ん?」


 俺は、自分の耳を疑った。

 今、こいつはなんて言った……?


「俺には使えないって……それどういうことだよ……? 俺が馬鹿だっていってんのか?」

「違う違う。だって、あなた図書館じゃん」

「…………ごもっともですけど……」

「いい? 魔法ってのは、体内にあるマナを使って発動するの」

「うん」

「この世界のありとあらゆる生物の体内に、マナは存在する。だけどあなた、生物じゃないでしょ」

「ガーーーーーン!!!!」


 ショック……!!!!

 たしかに俺、生物じゃねえわ……!!!!

 俺、図書館でした……!!!!


「他に、なにか方法はねえのかよ!?」

「あるよ」

「あるのか! よかった! じゃあ、それを教えてくれ!」

「自分の体内のマナを使う以外にも、魔石に含まれているマナや、空気中のマナ、精霊からマナを借り受けて発動する魔法だってある」

「おお……! それなら俺にも……!」


 するとアリサは横に首を振った。


「だけど、魔法を使うにはマナだけじゃだめなの。魔法は、脳にある、魔法野という部分をつかって使用する。だから、魔法野がない動物――たとえば、ゴブリンなんかは魔法が使えない。んで、そもそも生物じゃないあなたには脳自体がない……。つまり、図書館に魔法は使えない……ってことです」

「またまたガーーーーーン!!!!」

「いやぁ、なんだか皮肉な話だよねぇ。身体の中にせっかく10万3千冊もの魔導書があるのにさ。肝心の魔法は、どう頑張ったって使うことができないなんてね……。頭でっかちっていうか。知識だけあってもねぇ」

「くぅううううう……!!!! じれったい……!!!! なんで俺は図書館なんかになっちまったんだよおおおおお!!!!」

「まあ、知識だけでも入れておくと、面白いと思うよ。魔法の勉強じたいは、悪くないことなんじゃないかな。応援するよ」

 

 いやいや、使えないんなら、モチベーションも上がらないわ……。

 

「ところでなんだが、ナナはいいのか?」

「ナナ? あの子がどうしたの?」

「いや、せっかくだから、ナナにも魔法を教えたりしないのか? あの子はお前の弟子とかじゃないっていってたけど……」


 俺がそう言うと、急にアリサの表情が変わった。

 そして俺にくぎを刺すような剣幕で、


「あの子に魔法の話はしないで」


 そう強い口調で言うのだった。


「お、おう……わ、わかったよ……」


 それ以上、なにかを言い返せるような雰囲気ではなかった。


「それから……あの子には図書館には近づかないように言ってあるから。だから、行かないとは思うけど、あの子を図書館には入れないでね」

「お、おう……」


 だけど、なんでアリサはそんなことを言うのだろう。

 魔法は、便利な万能の力だ。

 それなら、ナナに教えてやればいいのに、と思う。

 せっかく一緒に住んでいて、めんどうをみているのだったら、弟子にしてしまえばいいじゃないか。

 それに、俺には教えてくれるっていうんだから、ナナにだって……。

 俺は、余計なこととは思いながらも、それを訪ねざるをえなかった。


「なんで、ナナには教えてやらないんだ……?」

「だって……。あの子には必要ないから」

「え…………?」


 それは、突き放すような、とても冷たい言い方だった。

 アリサは、まだ付き合いは短いが、とてもいいやつだと思う。

 こんなふうに、人を突き放したりするような人間じゃない。

 さっきの感じを見ていても、ナナとは仲がよさそうだった。

 それに、わざわざ身寄りのないナナを拾ってくるくらいだから、ナナに対する愛情だってあるだろう。

 だけど、なんだろうか……今の引っ掛かる言い方は……。

 

 俺は、それ以上なにかをいう気にはなれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る