第15話
魔獣の森に足を踏み入れる。地面はちょっぴり湿っていて、葉の匂いというか、そんな感じの匂いが僅かに香っている。
時折、倒木から生えたキノコなども見かけた。
そして、当然魔獣も。
「あ、ハンマーウルフ」
「ほんとだ…かわいいね」
モフモフな灰色の毛並みに、それなりに大きな体躯。尻尾は固くハンマーのような形になっている。
こちらに気づくと唸り声をあげながら、ゆっくりと警戒しつつ距離を詰めてくる。
私とルーナの心は一つ。『このハンマーウルフをモフりたい』というものだ。
だから殺してはいけない。傷つけてもいけない。必ず無傷でモフらなければ…!
ハンマーウルフが飛び上がり、その尻尾をこちらに向けて振り下ろす。
それを防御魔法で防ぎつつ、まずは水魔法でハンマーウルフの全身を洗浄してあげる。
次に炎魔法と風魔法の併用でちょっと暖かい風を吹かしてハンマーウルフを毛を乾かす。
こうすることでハンマーウルフはよりモフモフに…。
「…あれ」
なんか、この子…動きがおかしいような…。
ハンマーウルフが飛び退くと、着地の瞬間、ハンマーウルフが大きくグラつく。
「リリィちゃん、この子…怪我してるみたい」
「ほんとだね…」
どうやら、足を怪我しているみたい。それにしては随分重い一撃だったけどね…。
「…立て…なさそうだね」
唸り声を上げてはいるが、もうまともに動けないようだ。
ルーナは何も言わずに手を私の方に差し出す。
その手のひらにポーションを渡す。それを手に、ルーナはハンマーウルフへ近づき、しゃがみ込む。
「怖くないよ〜。すぐ痛くなくなるからね…」
ルーナがそんな言葉をかけながら、ハンマーウルフの傷口にポーションを優しくかける。
少し沁みたようで、ハンマーウルフはしばらく悶えていたけど、すぐに収まった。
「はい。もう大丈夫だよ。…わっ…」
ルーナが立ち上がると、ハンマーウルフがルーナの腕に頭を擦りつける。
「っ〜…かわいい…」
「…だねぇ。本当にかわいい」
ルーナがゆっくりとハンマーウルフの頭に手を添える。抵抗しないと判断したルーナが、ハンマーウルフの頭を撫で始めた。
「モフモフ〜…」
私もルーナの近くに立って、ハンマーウルフを撫でる。
ハンマーウルフが気持ちよさそうに目を細め、今度は地面に寝転がった。
なので、お腹を撫でてあげる。
「………」
「………」
私もルーナも無言で、ただひたすらにハンマーウルフを撫で続ける。
モフモフでかわいい…。
ハンマーウルフを撫でているルーナもかわいい…。
ここは私にとって、最高の癒し空間だ。
■
しばらくハンマーウルフを撫で続け、忘れかけていた本来の目的を思い出す。
本来の目的はハンマーウルフをモフること…ではなく、魔獣の森の調査だった。
「……名残惜しいけど行こっか」
「…うん。またね」
「またね〜」
そう言って、ハンマーウルフに背を向けて歩き始める。
しかし、私たちの後ろにはハンマーウルフがついてきている。
「ついてきてくれるの?」
振り返ってハンマーウルフにそう聞いてみる。人の言葉で返答が返ってきたわけでは無いが、『ついていく』と言ってくれているように思える。
「じゃあ行こっか。一緒に」
わんっ!と元気に返事して、ハンマーウルフはルーナの隣で速度を合わせてくれた。
「すっかり懐かれたね、ルーナ」
「そうだね。ふふっ」
「よかったね〜」
嬉しそうに微笑むルーナと手を繋いで、魔獣の森はさらに最奥の方へと進んでいく。
「………」
「リリィちゃん、どうかした?」
「この辺から、明らかに魔獣の数が多い。多すぎる」
魔力探知で見つけた魔獣…この周辺だけでも70体程度はいる。しかも、どれも推奨Cランク以上の魔獣ばかりだ。
ハンマーウルフも異常に気づいたようで、グルルルと唸りながら周りを警戒しているようだ。
「…勝手に戦っちゃだめだよ?勝てる相手じゃないからね」
この辺りの魔獣にハンマーウルフが可愛さ以外で敵うことはない。
「…ルーナ……来るよ」
ハンマーウルフを食べようとする魔獣達が、生い茂った低木から飛び出す。数は…ざっと30よりちょっと少ない程度。
──フレイムバレッツ
炎の矢が飛び出してきた魔獣の体に深く刺さる。
ルーナも剣で次々と魔獣を切り捨ててる。ルーナの剣術、本当に強いね。
「はぁっ──!」
ルーナが最後の魔獣を斬り伏せる。
「ルーナ、怪我ない?」
「うん。リリィちゃんは?」
「このとーり!」
ルーナの前でくるりと一回転してみせる。ハンマーウルフも無事みたいだね。
「…それにしても。これは流石に数が多すぎるよね」
いやまあ、この程度だと言われたらそうなのかもしれないけどさ。
「ざっと30体くらいはいたよね」
「うん。それに…まだ周りにわんさかいるし、さっきの戦闘のせいでまだまだ寄ってきてる」
「…1回、レベルスに相談してみよう」
「だね。一旦帰ろう」
ハンマーウルフを魔獣の森から出すわけにもいかないので、とりあえず森の外周に近いところまで飛行魔法でハンマーウルフを運び、ルーナと私はそのまま魔獣の森を出た。
――――――――
作者's つぶやき:ハンマーウルフはモフるもののようですね。一般人には普通に脅威なんですけども。
さて、魔獣の森は基本、リリィさんが多すぎると言っていた範囲では、平均40〜50体しかいません。70体というのは多すぎるわけです。
一体どうなるのでしょう、この先。
――――――――
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