2025/05

————いる。

 時刻は午前2時過ぎ。

 オフィスチェアの背もたれに身体を預け、俺はスマホでゆったりと動画視聴していた。


 コンクリート壁に囲まれた広さ二畳程の空間で、扉も小さな窓も閉め切り冷房をガンガンに効かせている。

 俺の仕事は、午後10時から翌朝7時までの時間、堅苦しい制服を着て、この管理人室で、映像が5秒間隔で自動的に切り替わる無音のモニターを眺めるだけ。

 デスク中央を占めるキーボード、そのテンキーを使えば、画面を一時的に手動変更できる。と言っても、特に必要の無い操作だ。


「ふあぁ〜あ。あと4時間以上もあんのかぁ」


 欠伸を噛み殺しながら、ぬるくなったマグカップを左手で持ち上げ、苦いカフェインを摂取、デスクの隅へと戻す。

 一定周期で明滅する画面の明かりには、催眠効果でもあるんじゃないかと疑いたくなる。


 気まぐれに室内をぐるりと見回す。

 デスクの左手側の壁には、各階・各部屋のスペアキーと懐中電灯。後方側には縦長のロッカー、狭い流し台とコンセントに繋がったポット。その横に立つ埃を被った消火器は、入り口の扉を開けると裏に隠れる位置にある。


 この4階建ての雑居ビルは、1階エントランスから廊下が真っ直ぐ伸び、その右手側に管理人室、調剤薬局、エレベーターが1基、男女兼用の個室トイレと順に並ぶ。突き当たりにある鉄扉の奥は屋外階段だ。

 上階も基本構造は同様で、2階は整形外科、その上は空きテナント、最上階には小児内科が入っている。

 近年まで3階も埋まってたらしく、監視カメラの映像を見る限り、オフィスデスクが2席と用途不明な部品がいくつか乱雑に放置されたままとなっている。


 カメラの位置は、各階廊下の鉄扉上に1台ずつ、室内からテナントの入り口側が映るようその対角隅にそれぞれ1台の、計8台だ。

 死角はあるが、少なくとも人間が出入りしたら確実に映像が残る配置である。


「しかし楽して稼げるのは良いが、本当に暇で仕方ないな」


 広告映像の流れるスマホをぼんやり眺めながら、椅子に深く座り直した。

 最近買ったばかりの新作ゲーム、その続きを早く帰ってプレイしたくて仕方ない。今もそのゲームの関連動画ばかり観てるせいで、モチベーションが更に刺激さ————


「……ん?」


 今、——何か、——なんだ?

 目のピントから外れていたモニター画面。そこに一瞬、違和感を抱いたが、その正体が分からない。

 携帯端末をキーボードの右側に置き、画面を注視する。映像は5秒置きに切り替わり続けている。


 4階廊下————異常なし。

 小児内科————変化なし。

 1階廊下————大丈夫。

 調剤薬局————問題なし。

 2階廊下————何もない。

 整形外科————変わりなし。


「気のせい……か……」


 こんな深夜に、一人っきりという心理状況のせいだろう。たまたま湧いた恐怖心か何かが、勘違いを引き起こしたに違いない。

 落ち着くため、コーヒーへ右手を伸ばし啜る。

 ふう……大丈夫。いつも通り座ってるだけでいいんだ。不審者が入って来たとしても、管理人室に人がいるのが分かれば勝手に逃げていくはずだ。

 気を取り直し、モニターへ目を向ける。


 調剤薬局————大丈夫。

 2階廊下————変わりなし。

 整形外科————変化なし。

 3階廊下————問題なし。

 空き部屋————異常なし。

 4階廊下——

 小児内科————え?


 おかしい。監視カメラの映像は、5秒ごとに次のカメラへ切り替わる設定になっているはずだ。だが今、一箇所だけ、他より切り替わるのが早かったように感じる。首筋に触れた生暖かい空気を、まるで冷やすように汗が伝った。


「機材の不具合かな。は、はは。えっと、4階廊下のカメラ番号は……」


 声を出しながらテンキーに触れる。伸ばした指が震えていた。

 たまたまだ。たまたま切り替わるのが短く感じただけ。そうに違いない。正確に5秒測っていたわけじゃないし、体感時間が間違ってただけさ。

 渇いた下唇を口内に引き込み濡らし、7のキーを静かに押す。


 4階廊下————異常なし。

 小児内科————異常なし。

 1階廊下————異常なし。

 調剤薬局————異常なし。

 2階廊下————異常なし。

 整形外科————異常なし。

 3階廊下————異常なし。

 空き部屋————問題なし。

 4階廊下————異常なし。

 小児内科————異常なし。


「ふうぅぅぅ——」


 見間違いだった。あるいは、機材トラブルだったのかもしれない。とにかく、異常は無かった。人影なども映ってないし、各部屋の物の配置が変わったわけでもない。3階の空きテナントだけは元々散らかってるから、位置がズレた程度だと気付かないかもしれないが、きっと何も変わりは——


 ポォォ——ン


 突然鳴る電子的な高音に、身体が跳ね上がった。反射的に振り向く。扉の隙間から覗く廊下の奥からだ。あの音はエレベーターの開閉音に違いない。すぐさま向き直り、テンキーの1を押す。


 1階廊下————異常なし。

 調剤薬局————異常なし。

 2階廊下————異常なし。

 整形外

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—


「ひっ!」


 悲鳴と共に椅子から転げ落ちた。明滅を繰り返す画面、そこに映り続ける1階廊下。映像に異常は無い。異常なのは、切り替わらない事。見たくない、逃げ出したい、動けない、起き上がれない、どうする、どうすれば、そうだ、スマホ、誰か、助けを、机の上、遠く感じる、震える手、落ちてくる、マグカップ、ガシャン、響く、割れる音、


 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—


 どうして、おかしい、故障だ、いや夢か、これは夢だ、あるはずない、こんな事、夢に決まってる、頬を抓る、痛い、おかしい、はは、おかしいな、夢なんだろ、覚めろよ、覚めろ、覚めろ! 早く! 覚めてくれ!!


 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 1階廊下—

 管理人室————

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