第25話 したくもない激闘
「ロザリア……」
狙いを定めた後の獣、あるいは魔物の様に鋭く、しかし視点が合っていない様な濁りのある瞳。
ロザリアの視線は、明らかに僕にある。戦闘員では無さそうなテーラーさんが気になるが、
僕がそちらを確認してロザリアがそちらに気を取られる方が問題だ。
僕はロザリアに向けて、精一杯の睨みを利かせた。
互いに、動かない。あるいは動けない? 少なくとも僕は動けない。
既にロザリアの後方には先生による魔力壁が展開され、ロザリアに後ろはない。
僕が身体強化魔法を掛けつつ突進し、魔力壁にロザリアを押しつけて、注射を……
あるいは風刃のサーベルを使うか? ダメだ、どちらもロザリアに怪我を負わしてしまう。
エリクサーが伝説の通り全ての傷も何もかも治すのであれば、何でも出来る。
けれど万が一そうでなかった場合――
傷を【時間逆行】で治したら、またこの、ロザリアの魔力暴走の状態に逆戻りする危険もある。
と――
自分の考えに気を取られ、一瞬眼力が弱まったのを自分で感じた。
当然目の前の捕食者・ロザリアがそれを見逃すはずもなく、ロザリアは床を蹴って砲弾の様に頭で突っ込んできた。
「っ! 【エアー・クッション】!」
ロザリアの飛び込みは正確で、そして尋常でないスピード。
僕は避けることを放棄し、ダメージの軽減に努めることにした。
次の瞬間、腹部に思い切りキツいパンチを食らった様な痛みと圧力と共に、後ろに吹き飛ばされた。
机やホワイトボードを巻き込んで、後方の魔力壁に衝突する。猛烈な背中側の痛み。
腹部に展開したエアー・クッションのお陰で、辛うじて意識は保てた。が、背部が麻痺した様な状態で、動きが鈍る。
もちろんそんなタイミングを逃す捕食者はいない。
ロザリアがどう来るか分からなかったが、倒れている僕を見つつ大きく口を開いたのには、内心青ざめた。
その視線が狙い定めているのは、明らかに首筋だった。噛まれれば、下手すれば致命傷だ。
頭の中で魔法を高速で検索する。条件は、身を守れるけれどロザリアとエリクサーの注射器を破壊しないもの。
【全方位衝撃パルス】、ダメだエリクサーが割れかねない。【物理特化結界】、悪くないが展開が間に合わない。
【雷撃陣】、打てるが僕も喰らう。もっと早く展開・行使出来る……アレで行くかっ!
「【風の門】!」
僕とロザリアの間に、二人の身体を透過する透明な扉の輪郭が現れる。
大きく口を開きあとは噛み付くばかりのロザリアは、自身の身体を透過するその扉に、一瞬気を取られてくれた。
一瞬で十分だ。
「【開門】!」
そう唱えた瞬間、輪郭の扉が大きく開いた。
その瞬間後には、ロザリアはさっきいた辺りまで吹き飛ばされていた。
風の門は、僕の得意とする風系魔法なのでとにかく展開はごく一瞬で済む。
それでいて、今回はロザリアの気も一瞬引けたが、即開門して超突風で目標(ロザリア)を吹き飛ばすことも出来る。
だが少しやり過ぎた。風の門が生む突風は、特に咄嗟の場合、そのパワーがコントロールしづらい。
向こうの魔力壁まで吹き飛んだロザリアは、倒れたまま少し震えているように見えた。
「ロザリア! 大丈夫か?!」
思わず叫んで立ち上がった。がその瞬間、ロザリアの姿が、無くなった。
「……え?」
僕はとっさに上を見上げた。そこには研究室の高い天井近くまで飛び上がり、僕を真上から狙うロザリアがいた。
「しまっ――!」
身体を動かす暇もなかった。
ロザリアは天井を蹴って更に加速を付け、その小柄な体は重力と天井を蹴った加速度を味方につけ、凄まじい勢いで僕の身体に激突した。そのまま床に押さえつけられる。
「ぐっ……ロザリア……落ち着け!」
ロザリアはそのまま僕の胸の上に馬乗りになり、濁った瞳であらぬ方向を見ながら静かに呪文を詠唱し始めた。
「――【魔力強制吸収】か?!」
僕の周囲に黒く不吉な魔法陣が描かれ始め、肌を氷が這うような冷たい感覚が走る。
しかし次の瞬間、その魔法陣の線が、描かれていく端からパラパラと崩壊していく。
先生が発動してくれていた魔力放出の封印魔法だ!
助かった、ロザリアの元々の魔力からすれば、発動されたら最後、死ぬしか無かったかも知れない。
ロザリアの頭上に浮かんだ魔法陣も消えていたから、封印効果を失っていたと思っていた。
「ろ、ロザリア……?」
ロザリアの表情に強い困惑の色が浮かぶ。よほど自信がある手筈だったのだろう。
その一瞬を見逃さず、僕は力を振り絞って起き上がり、彼女を強く抱きしめた。
「ロザリア、ごめん!」
抱きしめたことで感じるロザリアの身体の柔らかさに、胸が締め付けられるような自己嫌悪が襲う。
だが、この機会を逃すわけにはいかない。これを逃せば、きっと――僕は考えるのを辞めた。抱きしめる力を一層強めた。
「テーラーさん! エリクサーを!!」
机の陰に隠れていたテーラーさんがすかさずダッシュでロザリアに駆け寄り、その細い腕にエリクサーの注射器を突き立てる。
「やった!」
テーラーさんが歓喜の声を上げた瞬間、ロザリアのフリーになっている足が彼を蹴飛ばした。
しかし至近距離すぎて威力はなく、彼はただ倒れ込んだだけだった。
僕は必死でロザリアを抱きしめながら叫んだ。
「ロザリア! ロザリアっ、帰ってきて!」
何度も何度も繰り返す僕に、ようやく濁った瞳が少しずつ光を取り戻し始める。
「ふ……フィロス? ぼくは……」
かすかな、掠れた声が僕の耳に届く。
「今はしゃべらなくていい! 何より回復してないだろ、安静にして!」
「ごめん、フィロス……迷惑、かけ、たね。無事かい?」
その弱々しい声に、胸が詰まった。
「無事だよ! ロザリアの魔力枯渇のこと気付いてあげられなくて本当にごめん! 今、エリクサーを注射したんだ! もうすぐきっと、回復する!」
「エリクサー……大公家が、潰れそうなそんな……」
そう呟きながら、ロザリアの首がカクッと脱力し、その身体が僕の腕の中で完全に力を失った。
「ロザリア?!」
僕は一瞬最悪の事態が頭をよぎり、ロザリアの身体を揺さぶった。
ガクガクと完全に脱力してしまっている身体は揺さぶられるままになっている。
「落ち着きなさい、フィロス。事態は必ず改善します」
今まで注視しなかった右手側を見ると、既に魔力壁は無くなり、そこには先生がいた。
「で、でもロザリアの意識がっ」
「彼の状態が変化した時にも、一旦動きが止まることがあったでしょう。意識が戻る時も、恐らくそのように」
「そ、そうなんです、か……? あ、あの、ロザリアをどうすれば」
「魔力が枯渇して暴走した。そこに魔力を全快させるエリクサーを用いた。結論はシンプルです。意識が戻るまでただ待ちなさい」
「は、……はい」
先生にそう言われてしまうと、どうにも二の句が継げなくなる。先生に言葉で勝てたことは、一度たりとてない。
とは言えその先生の言葉に、ようやく少し呼吸が落ち着いた。 僕は、ドッと疲れが出たのか、身体が脱力してしまい崩れるように床に腰が落ちた。
ただ、ロザリアは放さない。ロザリアを膝に抱えたまま、そっとその額に手を当てる。冷たい。けれど、わずかな温もりは奥に感じる。脈もある。呼吸もある。
ほんのわずかに、でも確かに、生きている。
「……大丈夫、だよな。ロザリア」
そう呟きながら、僕はロザリアの頬にかかった髪を指でそっと払いのけた。 その横顔は、いつものロザリアとは違う――けれど、確かに僕の知っている、ロザリアだった。
口の端に微かに乾いた血のようなものが付いているのを見つけ、僕はハンカチを取り出し、それを優しく拭った。
そういうことが、今この状況で正しいのかどうか、分からない。 でも、今の僕に出来るのは、それぐらいしかなかった。
「テーラーさん……ありがとう。本当に」
彼はまだ床に座り込んでいたが、僕の声に少しだけ顔を上げて、無言で頷いた。
その額に、びっしょりと汗が滲んでいる。ロザリアの暴走を止めるための奔走、その緊張がようやく解け始めたのだろう。
「いずれにせよ、無事だったのが何よりです。ロザリアさんも、フィロス、あなたも」
そう先生が言った。いつの間にか、先生の気配も和らいで、その呼び名も、ロザリア、からロザリアさん、に戻っている。
普段と変わらない穏やかな顔に一見見えたが、その目は普段より開かれ、ロザリアの全身を注視していた。
「魔力循環は正常に戻りつつあります。エリクサーが効いているようですね。さすが、伝説の秘薬といったところでしょうか」
「はい……でも……まだ目を覚まさないんですか」
僕の問いに、先生は少しだけ、溜息を吐いて答えた。
「魔力の暴走に至るまでに、精神の方もかなりの負荷を受けていたと考えるべきでしょう。
通常の眠りというより、ある種保護システムが働いたような、そんな昏睡状態と推測します。
身体が十分に、自由に稼働出来るようになるまでは、このままでしょう」
「そう、ですか……」
僕は膝の上のロザリアの手を、そっと握り直した。 その手は、さっきより少しだけ温かくなっていた。
「……ごめんな、ロザリア。僕が、もっと早く気付いていれば……」
自然と、言葉がこぼれる。涙までにじんでくる。
誰に言い訳するでもない、ただ胸の奥に溜まった後悔が、形になった。
「ロザリアもあなたも、もう充分すぎる程に、出来ることはしたでしょう」
先生がぽつりとそう言い、その声には珍しく、優しさがにじんでいた。
それでも、僕の中の後悔は消えなかった。
あの時、ふと目を逸らさなければ。
あと少しでも判断が遅ければ、ロザリアは――。
その未来を振り払うように、僕はロザリアの指をぎゅっと握った。
「先生。……ロザリアの、この体質って、どうにかならないんでしょうか」
「魔力の摂取依存体質のことですね?」
「はい。何かあれば毎回、こんな風に……こんな風になってまで、ロザリアが苦しまなきゃならないなんて。そんなのおかしいですよ!」
その言葉に、先生はしばらく答えなかった。
代わりに、近くの机にあったメモを先生は拾い、ペンを動かしながらぽつりと呟いた。
「あまりにも高性能に造られたホムンクルスというものは、時として、設計者の想定すら超えた代償を払うことがあるのですよ」
「設計者の想定……」
「ロザリアさんは、いわゆる魂と脳と肉体の三者をつなぐ魔力循環に、特異なパターンを持っている。
普通の魔力供給では、その何処かが維持できない。だからこそ、“食べて”補うという方法が取られている。……ですが」
先生のペンが止まった。
「理論上、それは外部からの『修正』によって再構築可能なはずです。
肉体の改変、あるいは魔力循環の調整によって。問題は、彼自身が、それを望むかどうか」
「……」
僕はロザリアの寝顔を見つめた。望むかどうか。そんなの、望むに決まってる。毎回、こんな風に暴走して、誰かを傷つけて、自分すら傷つけて。
でも。
「……もしロザリアが、『これも自分だから』って、そう言ったら……?」
「その時は、あなたが友人として、どうしたいか、あるいはさせたいか、でしょうね」
僕はその言葉に、答えられなかった。
ロザリアの身体が、わずかに動いた。
小さく、眠るような仕草だったが、僕の膝の上で身じろぎをした。
その指先が、僕の手をぎゅっと握り返す。
僕の胸に、熱いものが灯るのを感じる。
「……おかえり、ロザリア」
ロザリアは返事をしなかった。けれど、その温もりだけで、僕は、心から救われた気がした。
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