今度こそ守ると言ったな?あれは嘘じゃない

無職無能の自由人

第一章 喰らうもの

第0話 目覚め

なんでもない筈だった普通の日。

家を出たところで、かあちゃんが兄と話していた。


「それじゃ行ってくるよ」

「いってらっしゃい、ちゃんと見とくよ」


母ちゃんたちが畑に行く。俺は兄といっしょに家にいた。この時はまだ3歳だったからな。


「あー暇だなぁ、俺も遊びに行きてぇなぁ」


兄は暇だ暇だが口癖だった。5つ歳上な兄がずいぶん大きく思えたっけ。


「うあー」

「オルヒおきるなよー、ねてな―」


 寝返りを打ったのはオルヒ。隣の家の子で2歳年下。ときどき寝返りを打って、こっちの腹に頭突きしてくる。痛いけど、それがなんだか心地いい。

 オルヒの両親が働いている間、うちに一緒に預けられていたんだ。

 俺は恥かきっ子の5番目だが、オルヒは最初の子だった。生きるために助け合いが必要なこの村で、兄がまとめて面倒を見るのは当然だった。

 

 当然だったんだけど。兄が、「ちょっとだけな!」とか言って走って行ったのを覚えてる。

 ちょっとだけ、それがどこまで信用ならない言葉か、俺は嫌というほど知っていた。

 何故知っているのかは分からない。兄たちの言葉を、子供の言うことだなと思う事があった。俺は妙に落ち着いた子で、自分の小さな体に違和感を感じてもいた。

 

 ――だけど、それが何かを思い出すには、まだ決定打が足りなかったんだ。


 兄がいなくても家で何かが起こるわけじゃない。普通の子供なら危険なことをしてしまうかもしれないが、俺はそんなことをしない。

 眠るオルヒのヨダレを拭いて背中をぽんぽんと叩いてやれば、眠ったまま嬉しそうに笑う。

 なんだか懐かしい気持ちを感じていた。その気持が懐かしさであることも理解できていなかったのに。

 

 こんな風に、眠りにつく前のほんの数分だけ、頭が冴える瞬間がある。三歳の体にしては、妙に大人びた思考。


 自分でも変だなと思いながらも、それを深く考える前に、眠気が勝る――はずだった。


 ……ゴト。


 粗雑な引き戸が、動く音がした。


 兄以外の家族はみんな畑に行っている。兄が帰ってきたにしては静かすぎる。

 この音は、おかしい。


 寝たふりをしながら、まぶたの隙間から、かろうじて見た。


 そこにいたのは、2人の大人の男だった。

 見知らぬ顔。腰には刃物。片手に麻袋。


(……人さらいだ)


 心臓が跳ねる音が聞こえた。体が震える。

 逃げなきゃ。でも、俺が逃げたらオルヒが連れて行かれる。オルヒを担いで逃げる力は、この時の俺には無かった。


「こっちのガキだよな?」

「そのはずだが、両方持っていこうぜ」


 俺は勇気を振り絞り、飛び起きて拳を握りしめた。


「やめろ!」


「起きてたんか」

「殺すなよ、売れるかもしれん」


 必死の叫びが喉を震わせた。

 でも男は構わず手を伸ばす。


「やめろって言ってんだろォ!!」


 気づけば俺は叫んで、男にしがみついていた。

 腕を振りほどかれ、吹っ飛ばされた。身体が壁にぶつかって、視界が揺れる。


 痛い。苦しい。けどそれよりも、怖い。

 オルヒが、オルヒが――!


 目の端に、男の影が覆いかぶさるのが見えた。


 そして。


 ――世界が、暗転した。


          ◇◆◇◆◇


「ただいま!ちょっと遅くなったけど大丈夫だよな?」


 俺は、寝藁の上で目を覚ました。

 すぐ隣には、無防備に眠るオルヒの寝顔。


(……夢?)


 でも、そんな軽い言葉では処理できないほどの感触が身体に残っていた。

 あの恐怖、あの痛み。自分の叫び声と、あの男の――あの匂い。


 よだれが垂れていたようで口の回りが気色悪い。腕で擦ると、何かがぱきりと崩れた。

 土か? いや、違う。黒くて乾いたなにか――

 

 そのときだった。


(ああ、そうか……思い出した)


 記憶の奥底から、言葉が浮かび上がる。

 前の人生。両親。兄弟。家族である犬や猫。

 自分のことも含め、ぼんやりとしか思い出せない。それでも自分が別の世界に生きていたことだけは、今ならはっきり思い出せる。


 ……だけどそれと同時に、もうひとつ。

 心の奥底が、ずっと冷たい。


 なにかを、思い出しそうで――思い出したくない。


 オルヒが寝返りを打って、こっちに腕を伸ばしてきた。

 それに包まれるようにして、俺もまた、目を閉じる。


(守らなきゃ……)


 何からかは、まだ分からない。

 でもそれが俺の「最初の役目」だった気がして――俺はもう一度、深く眠りに落ちた。


          ◇◆◇◆◇


 それから三年が経ち、俺――コーレは六歳になったわけだ。

 ど田舎の寒村に住む、貧乏農家の三男坊である。


 三年前は曖昧だった前世の記憶も、今ではかなりハッキリしてきた。だけど「自分がどう死んだか」だけは思い出せない。

 それに、どうも自分のものじゃないような記憶が一緒に混ざってる気がする。

 ……誰かに何か、ずっと言い聞かされてたような? ま、気にしても仕方ないか。


 俺の家は特に言うこともない辺境の貧乏な農家だ。いくら働いても食うのがやっと、実質農業奴隷みたいなもんである。

 日々生きるためだけに畑を耕し、ほとんどを税に掠め取られる。

 農閑期には苦役があり、その対価は森で薪を拾う権利だ。ふざけてやがる。

 だがみんなそれが当たり前だと受け入れている。親父もお袋も生まれた時からずっとそんな生活なんだとさ。周りの連中も仕方ねぇと受け入れている。

 受け入れねぇ奴は穀潰し、身の程知らずの馬鹿たれだそうだ。嫌だねぇ。


「かあちゃん、水汲んでくるよ」

「あぁ、たのんだよ」


 今日もこの貧乏村で生きるために水を汲みに行く。水汲みは辛い労働であり、それが6歳になった俺の仕事だ。

 徒歩で30分ほどの距離、水を入れたら自分の体重より重い水桶を4つ同時に運ぶ。天秤棒2本に2個ずつ下げて合計4つ。

 俺は大人にも負けない村一番の怪力だった。この程度わけない。とはいえ意味も無くこんなに沢山運んでるわけじゃない。

 2つはウチの分、2つは隣を歩く鼻垂れ幼女オルヒの家の分だ。


 汚ねぇ貫頭衣に裸足、痩せた貧相なガキ。なのに嫌な匂いはしないし、薄茶色の髪はサラサラでついチラチラ見てしまう。きっと磨けば大層な美女になることだろう。原石だな。

 だがそんなことは誰も気にしない。オルヒももう少し大きくなったら重労働が課せられ、適当に結婚してずっと生きるためだけの労働に勤しむんだ。

 それがこの辺境の当たり前だった。誰もがそうして生きていた。


 だが俺はその中に馴染めなかった。不思議な記憶のせいだ。


 高い建物、行き交う車、会社、学校、テレビ、スマホ。

 俺は違う人生を生きていた、クソな人生だ。でもそれは俺の人生。

 嫁も子供もいなかったが親兄弟は居た。俺はクソな人生を楽しく生きていたんだ。

 それがいつどうやって終わったのか記憶がない、それが悔しい。何かあったはずなのに思い出せない。


 前のは終わって新しい人生になっただと?ムカつく、どうしようもないと分かっていても怒りが込み上げてくる。俺の人生は一体どうなったんだ。


「あんちゃん、どしたの?」


 思い出し怒りでプルプル震えていたらアホを見る目でアホに見られていた。


「歩きながら魔法の練習してたんだ」


「すごい!さすがあんちゃん!」


 嘘だ、そしてこいつはアホだ。磨いてもアホな美女にしかならんな。


「あんちゃんは力すごいのに魔法も使うのかー!あたしにも教えてー!」


「魔法は生まれつき使えるかどうか決まってるんだ。前に村に来た冒険者が言ってたろ」


 当然俺には使えない。そんな才能あふれる人間じゃねぇんだ。


「あたしが使えるかどうかはわかんないじゃん」


 確かに。でもそんなん俺にはわからんし。てか使えたら悔しいです。


「あんちゃんの力は魔法じゃないの?」


「これは俺が鍛えただけだ」


「うそだー!そんなの見たこと無いもん!」


 記憶が程度戻った当時はチート転生かと勘違いしたもんよ。だが俺には魔力も無ければ特別なスキルも無い。この世界にはレベルもステータスも無いのだ。

 ただ記憶が蘇るのに並行して、前世で学んだ事や前世で鍛えた力が身についていた。ぷにぷにお子様ぼでぃなのに力は大人、それもしっかり鍛えた大人のだ。


 一時は舞い上がったものだが、3年の歳を重ねても特別に成長はしなかった。つまり大人になってしまえばただの力持ち程度に収まるんじゃないか?

 俺にやれるのは子どもの内から大人のように働く事だけなのだ。


 日々の仕事で手が埋まり、騒いで歩き疲れたガキを担いでやることも出来ない。ただ少し力が強いだけなのが俺だ。


          ◇◆◇◆◇


「おばさん、水瓶入れ替えといたよ」


「いつもありがとうコーレくん。お礼はちゃんと育てておくからね」


 そんなことを言っているが、せめて水瓶の中身くらい捨てておけと言いたい。

 自分の家の方も水を入れ替え、今日の仕事はほとんど終わりだ。後は家の中で出来ることと、オルヒの面倒を見ることだけ。


「おうコーレご苦労だな。お前がうちで一番真面目に働いとるなぁ」


「これくらい何でもないよ」


 うちには5つ歳上の次男、更に3つ歳上の長男がいる。もっと上に次女がいたが、もう嫁いでいった。長女なんて見たこともない。


 親父は貧乏農家の割にずんぐりとした力強い体だ。母ちゃんも体が大きい。俺の力が強いのはこの影響もあるのかな?


 辺境のこの村で、みな寄り添うように生きていた。余裕など無い。

 それはつまり、三男坊に分けてやる畑など無いということでもある。


 どうしたもんかな。

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