第15話 死闘を繰り広げてしまった

 スッと空気を滑るようにアンノウンが凄い速さで迫ってくる。


「させるかっ!」


 サシャさんがカバーに入ってくれた。アンノウンの爪の一撃を戦斧で受け止める。


「喰らえっ!」


 爪を強引にはじき飛ばし、空いた胴部を戦斧で薙ぐ。だが、アンノウンはまたスッと空気を滑って後退し、それを躱す。ここだ!

 俺はトリガーの上にあるスライドレバーを銃口側一杯に押して光線銃ブラスターの出力を上げ、引き金を引く。先程よりも強い光がアンノウンの左胸を捕らえた。


「…………?」


 アンノウンは意味が分からないという様子で、自分の胸に空いた穴を眺めていた。先程は効かなかったのに、とでも言いたげだ。だが、人間ならば致命傷であろう左胸の穴も大したダメージではないらしかった。奴は痛みなど感じないかのように平然としていた。そして何かを喜ぶかのように赤い目を細め、俺を見た。同時にピピ、と警告音が鳴る。まずい、銃のバッテリー切れだ。


「アンタの相手は、あたしだっ!」


 サシャさんが戦斧を振り上げ飛び込んでいく。この隙にバッテリーを交換しよう。俺は空になったバッテリーを引き抜き、ベルトに吊られた最後の一つに手を伸ばす。


「なっ……!」


 サシャさんの驚きの声が上がる。見ればアンノウンが巨大な戦斧を左手の爪で受け止めていた。そして彼女に向けて、右の爪を繰り出す。


「サシャさん!」


 彼女は体を捻りながら後ろに飛び、爪の一撃を躱そうとしたが、躱しきれなかったようだ。強化繊維で作られているであろうジャケットとボディスーツを引き裂き、彼女の脇腹に赤い筋が走る。苦痛に顔を歪め、脇腹を押さえるサシャさん。アンノウンはそんな彼女から目を背け、俺の方をまた目を細めて見た。

 だが彼女がアンノウンを引き付けてくれたお陰で、バッテリーの交換は出来た。後は迎え撃つ――


「……!」


 システムの助けを借りて照準を合わせるよりも早く、アンノウンが迫ってきた。爪が来る。躱さなくては!

 俺は横にステップし、真っ直ぐに突き出された爪を躱す。ピピ、とまた警告が鳴った。パワードスーツ本体のバッテリー残量も残り僅かだ。だがそんな事はお構いなく、アンノウンは右、左と連続して爪を繰り出してくる。体を捻りつつ左右にステップして、それを躱していく。アンノウンはまた目を細め、更に爪を繰り出す。俺は躱そうと足に力を入れ――


「……! 体が……!」


 急に体が重くなり、思ったように飛べなかった。アンノウンの爪が俺の左腕をざっくりと裂いた。パワードスーツのお陰で俺の腕はかすり傷程度だ。だが、ついにバッテリー切れか! 動けない、イコール死だ。

 アンノウンがつまらなそうに俺を見た。期待外れ、とでも言いたげだった。


「このかわいいサシャちゃんを無視して、高齢男性にご執心とかふざけるなよっ!」


 サシャさんがアンノウンの横から飛び掛かる。やれやれ、とでも言うようにアンノウンは手を伸ばし、爪の間に斧の刃を挟んだ。


「嘘、でしょ……!」


 パキン、と音をたて、斧の刃が砕け散る。斧を砕かれた衝撃でバランスを崩すサシャさんに、アンノウンは反対の手を振り上げる。


「そうはさせるか!」


 本体のバッテリーが切れても、銃はまだ撃てる。俺はアンノウンの頭を狙い、引き金を引く。心臓が駄目なら頭と思ったのだが、アンノウンはそれをサシャさんに向けて振り上げていた腕で止めた。止めた腕は吹き飛んだが、頭は無事だった。防ごうとする、ということは、頭を撃たれれば無事ではない、ということになるのだろうか。そうであってくれ。俺はもう一度引き金を引こうとしたが、それは敵わなかった。

 アンノウンが爪を繰り出してきた。それで咄嗟に持っていた光線銃でガードしてしまったのだ。ざっくりと光線銃が貫かれた。アンノウンは貫いた光線銃ごと腕を引き上げ、ブン、と振って光線銃を爪から取り除いた。そしてもう一度爪を振り上げる。


「じいちゃん!」


 健人の悲痛な声が聞こえた。ここで、俺が死んだら? 健人は罪悪感に苛まれるに違いない。さっきは自分を犠牲に、と思っていたが、そんな心の傷を健人に負わせてはいけない。何とか生き延びて、みんなで帰らなくては。パワードスーツが電力で動くなら、俺の能力『電撃』で電力を供給できるのではないだろうか? いや、何としてもそうする。そうしなければならない。ずっと使っていなかった能力を呼び起こすんだ。俺はパワードスーツに力を巡らせ、体を動かすイメージを浮かべる。そして横に大きく飛ぶ。よし、躱せた! いける。パワードスーツを動かせる! 俺は一旦、アンノウンから距離をとる。

 貫けるはずの獲物が目の前から姿を消したことに、アンノウンは戸惑ったようだった。俺のいた場所を暫く見つめていた後、くるりとこちらに顔を向けた。獲物を狩る捕食者の目で俺を見た。負けじと俺は睨み返す。アンノウンは爪を振り上げ全速力でこちらに滑ってくる。これで終わりだと思っていることだろう。だが。


「これで終わりだ!」


 俺は光線剣を引き抜き、真っ直ぐ体の前に構えて突くようにアンノウンに突っ込む。俺の予想外の動きに戸惑ったアンノウンの大きく見開いた目に、光線剣が深々と突き刺さった。アンノウンの断末魔の悲鳴が迷宮内にこだまする。身の毛のよだつ恐ろしい響きだった。だがやがてそれも止んだ。

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