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「カンタレス?」
「そうだ。我がミレバル王国の首都にして、最大の町だ。たしか、鍛冶屋も何人かいたはずだ。見聞を広めるいい機会だと思うが」
ならば、と孫六は一つ条件を出した。それは、
「レベリウスを連れて行く」
というものであった。よかろう、とトーハンはうなずき、同行者として、ゲインズ・アブールと共に、孫六とレベリウスの名も記された。
帰り道である。
「親方」
「なんだ?」
「なんで俺が、一緒に」
「広く見聞することは、お前にとって良いことではあっても、悪いことではないからな。それに、師匠を差し置いて弟子が外に行くのはまずかろう」
と笑うと、レベリウスは何ともはにかんだ顔をしていた。
トーハン一行がカンタレスに到着するには、馬車を使っておよそ十日ほどである。その間、孫六とゲインズは、あの黒づくめの連中が襲っては来ぬか、と警戒をしていたが、幸いにもそれはなく、無事にカンタレスに到着した。
「しかし、不思議というか、おかしなことだ」
孫六は、襲うとすれば道中が一番襲いやすいはずだ、と考えた。なぜなら、馬車の一行はトーハン・アーデンを含めて四人しかおらず、そのうち剣の腕という点から見ればゲインズと孫六の二人のみになり、数を使えば当然に有利なことこの上ない。
カンタレスにあるトーハンの屋敷は、アーデンの町のそれと違って、周囲を壁でめぐらされた、立派なものであった。
「大名屋敷のようだな」
「ダイミョウヤシキ?」
ゲインズが不思議な顔をした。
「儂がおったところでも、このような屋敷があってな、おなじように壁を張り巡らしておったのよ」
中に入ると、数人のメイドや執事たちが出迎えた。孫六たちはそれぞれ部屋を通された。
部屋に入った孫六をゲインズがたずねてきた。
「もしかすると、カンタレスで待ち受けているかもしれませんね」
「もしそうであれば、事前に領主様がこの地にやってくることを知っている者がおる、ということだ。儂らの他に誰か知っている者は?」
いえ、とゲインズは頭を振った。
「であれば、盗み聞きでもない限り、知っている者はおらんということになる。一応、周囲を警戒しながら守るよりほかあるまい。とにかく、用心を怠らぬ事だ」
「わかりました。私はトーハン様のお傍を離れないようにします」
「我らもできる限りはそうしよう。だが、たよりはゲインズ殿、そなただぞ」
「承知しました」
ミレバル王国の王、ケレマウスと王妃アマベルへの謁見は、存外に簡素で、トーハンが型どおりの挨拶を述べ、ケレマウスとアマベルがそれに応答する、というだけのものであった。
だが、いつもと違ったことがあった。
「トーハン・アーデン卿よ」
「はっ」
「その腰にあるは、剣か?」
「その通りでございます。町の鍛冶屋に打たせたものでございます」
「見せてはくれまいか」
「言うまでもなく」
トーハンは佩刀を衛兵に渡し、衛兵から受け取ったケレマウスは、早速抜き放った。
孫六の刀身彫を施した刀を見たケレマウスは、
「いや、我がミレバルにこれほどの鍛冶師がいたとはな。名は?」
「マゴロクという者で」
「珍しい名前だな。流れ者か」
「恐らくは。我が町にいるレベリウスの弟子になっているとかどうとか」
「弟子でこれほどの技量を持っているのだ、さぞかしそのレベリウスなる者も、立派な技量の持ち主であろうな」
二人のやり取りを聞いていたゲインズは、何とも言えない顔をしていた。
「一度、そのマゴロクとかいう者に会いたいものだ」
ケレマウスは、そのようにのべ、次の謁見に連れてくるように言った。
その間、護衛はゲインズの他にカンタレスの衛兵たちのみであるが、衛兵たちの数は多く、襲撃するには全くの不向きといって良い。
「トーハン卿、おすこやかに」
アマベルのこの言葉が謁見終了の合図で、トーハンはカンタレスの王宮を後にした。
屋敷に戻る道すがら、
「ゲインズ」
「はっ」
「黒づくめの連中は、ずいぶんと焦れさせてくれるな」
と笑った。
「はあ、申し訳。……」
「あやまることではないであろう。そうそう都合よくはない、ということだ。むしろ、これからと考えるべきだろう」
「御意」
「頼むぞ」
「仰せのままに。あと、マゴロクさんについては」
「折を見て、また謁見に出てもらう。そのことは伝えておいてくれ」
その孫六とレベリウスは、カンタレスの鍛冶屋をたずねていた。カンタレスでは、親方の下で数人の弟子が働いているようで、その点では、孫六が関の町で息子の新介と一緒になって働いていたのと同じである。
「すげえもんだな」
レベリウスはアーデンの町で自分がやっていたのと全く違う光景を見て、声を上げていた。
「本来、鍛冶屋というのはこういうものだ。一人鍛冶というのもあるにはあるが、何事も一人でやるには限りがあるからな」
「親方も、弟子をとっていたのか?」
「儂の場合は、息子がいたからな。それと、儂がおった関の町は、儂だけではなく、いろんな鍛冶屋がいた。そこで互いに手伝う事で仕事をしたこともある」
へえ、とレベリウスが感心して唸っていると、
「どのような仕事も、たった一人でやるのには限りがある。助け合って成り立つこともある。それを覚えるだけでも、ここへ来たかいがあったというものだ」
孫六が通りの空を眺めていると、日はすでに茜色にかわりつつある。
「親父」
なんだい、と鍛冶屋のあるじが答えた。
「ここらあたりで、美味しいところはないか」
「それなら、この大通りの先に店がならんているから、そこで食べるといい」
「そうかい。じゃあそうさせてもらおう。邪魔したな」
孫六たちは鍛冶屋から大通りへ抜けて、あるじの言った方角をみると、明るい町並みが広がっている。賑やかな声すら風に乗って届いてきた。
「あそこのようだな」
孫六は奇妙なものに気が付いた。
「あれは?」
「魔術灯だよ」
「まじゅつとう?」
「ああして魔術で光らせておくと、外が明るくなるだろ?アーデンにはないけど、カンタレスの名物の一つさ」
「面白いものがあるものだな」
孫六は少し上機嫌になって、街並みの中に入ろうとした。
「……、レベ。すぐに屋敷に戻れ」
「どうした?そんなおっかない顔をして」
「さっさと戻れ!!死にたいのか!!」
孫六の気色におされて、レベリウスは逃げ出すようにして屋敷のある方へ走っていった。
「……、出てきてもよかろう」
あらぬ方へ孫六は呼ばわった。ぞろぞろと出てきたのは例の黒づくめの連中であった。五人ほどで、マントの下からきらり、と光るものが見える。
「ひとつたずねたいことがあるのだがな」
孫六が声をかけても、黒づくめの連中は反応を見せない。
「つまるところ、問答無用ということか」
ため息をついた孫六は、ゆっくりと腰の刀を抜いた。
レベリウスは、夢中で駆けている。
なぜ、孫六が急に態度を変えたのか分からない。ただ、あの切羽詰まった表情を見る限り、冗談の類ではないことはすぐに分かった。
何かが起こっている。それも、自身の知らないところで。
トーハンの屋敷に着いたときには、まだ空は赤いままで、さほど時間は経っていない。
「ゲインズさん、ゲインズさん!!」
レベリウスが飛びこむようにしてゲインズを探してまわった。
「どうしたんですか?マゴロクさんは?」
「そ、それが。……」
レベリウスの様子を見たゲインズはすぐに部屋に入って剣を持つと、
「マゴロクさんはどこに?」
「魔術灯のところだ」
「あなたはここにいて。私が行きます」
「一人で?」
「ええ。あなたを巻き込むわけにはいきませんので」
ゲインズは、厩舎から馬を一頭借り受けると、裸馬のまま器用にまたがり、軽く馬の腹を蹴った。嘶く馬を御しながら、魔術灯方面へ駆けていった。
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