≪鋼の海を征く者≫ 君主にして艦隊司令長官。転生した少年が戦艦を作って挑む

葉山 宗次郎

プロローグ タンジェ沖海戦

プロローグ タンジェ沖海戦 ドレッドノート登場

 「艦長! 旗艦ドイチュラントの戦闘旗掲揚を確認! 続いて第四偵察戦隊旗艦ライプツィヒの戦闘旗掲揚を確認!」


 上の見張所から通じる伝声管から見張員のくぐもった声が戦艦ザクセンの艦橋内に響いた。


「第四偵察戦隊旗艦ライプツィヒより発光信号!」


 艦橋内にいた信号員が、味方の発光信号、光の長短で伝える信号を読み上げ始めた。


「変針点通過! 面舵五度! 展開し敵との接触を図る!」


 有力な情報源、海底ケーブルを使った電信から敵艦隊の接近を知ったタンジェ寄港中のアーリア帝国艦隊は直ちに出撃。

 敵との交戦を企図していた。


「第四偵察戦隊は、接敵隊形、単横陣へ変換! なおも増速中! 距離離れます!」


 味方の動きも伝えるのは大事だ。

 思わぬ挙動、信号の見落としなどをして、衝突する危険がある。

 今日は前方に霧が出ている。

 しかも、海面沿いに広がっているのか、第四偵察戦隊の姿が見えなくなる。

 見える範囲が狭いと余計に危険だ。

 だからザクセン航海長のハンス・ラインハルトは、見張員の報告を元に海図に自艦と味方の位置を記入していく。


「作戦通りだ」


 書き上げた海図を見てハンスは呟く。

 第四偵察戦隊が前に出て横へ展開し敵と接触。

 第一戦艦戦隊に敵の位置を知らせるのが目的だ。

 敵の位置に応じて第一戦艦戦隊は展開。

 敵艦隊の鼻先を押さえ砲撃するのが今回の作戦だ。

 霧の発生と第四偵察戦隊の姿が見えなくなったのは予想外だが、会敵予想時刻の前に晴れるはず。


「旗艦ドイチュラントより信号! 我、未だ敵艦隊を探知出来ず! 全艦戦闘態勢! 敵との戦闘に備え陣形を維持せよ!」


 海面を切り分け、黒煙を上げながら戦艦ザクセンは進んでいた。

 ボイラーで石炭を燃やして作り出した蒸気をレシプロ機関に送り、スクリューを回して最大二〇ノットの速力を発揮できる。

 時折大きな波がやってくるが、一万五千トンの船体が押しのけ、粉砕し白い飛沫にして周囲に飛び散らせる。

 砕けた波が白い霧となってドイチュラントの船体を隠す。

 だが、何事もなかったかのようにドイチュラントは進み続ける。

 当然だった。

 去年就役したばかりの新鋭艦でありアーリア帝国海軍が総力を挙げて作った強力な軍艦だ。

 三〇センチ連装砲二基、一五センチ単装砲一四基、魚雷発射管五基を装備した世界標準の戦艦。

 その姉妹艦であるバイエルン、ザクセン、ヨルクの姉妹艦で構成される第一戦艦戦隊はどのような敵も打ち破れると信じられていた。

 新造艦ばかりのため、練度と連携を不安視する声もあった。

 しかし、進路変更しても陣形は維持されたまま。

 技量不十分な艦隊の場合、旗艦に続行できず、左右にずれていることがある。

 だが、第一戦艦戦隊は、定規で測ったように真っ直ぐ一直線に単縦陣を維持している。

 荒れ模様の海の中をだ。

 素晴らしい技量であり、連携と練度に不安はなかった。

 勿論、これから起こりうる戦闘にも、勝利できる。

 当然、ハンスも同様に思っていた。


「了解。旗艦に応答信号。各艦に伝達」


「旗艦に応答信号! 各艦に伝達!」


 ザクセン艦長が静かに答え、信号長が命令を実行する。

 アーリア帝国はタンジェの支配権を巡りグラン=ブリタニア連合王国は争っている。

 タンジェ確保のためアーリア帝国はザクセンを含む第一戦艦戦隊と第四偵察戦隊からなる強力な艦隊をタンジェに入港させた。

 グラン=ブリタニア連合王国も対抗して艦隊を派遣。

 これを迎撃する為、タンジェにいたアーリア帝国艦隊はタンジェより出撃した。

 敵艦隊の予想速度からして接触はもう少し先になるはずだった。


「砲口炎見える! 右十度!」


 部下の報告を聞いてハンスは、まさかと思った。

 敵が近付いているにしても早すぎる。

 だが、すぐに報告のあった方角へ双眼鏡を向けた。

 視界には霧に紛れて広がる眩い白い光が見える。


「雷の見間違いでは無いのか。いくらなんでも遠すぎる」


 状況把握に努めていた艦長が呟く。

 だが、ハンスは誤認ではないと確信していた。

 信号長はベテラン下士官で、ハンスが一水兵として入隊したとき自分を厳しく仕込んだ男だ。

 特に見張の腕は素晴らしく、海で起きることの見分け方を教えた。

 兵学校に進み任官して上官となってからは更に信頼している。

 幾度も報告を受けたが、その中に誤った報告など無かった。

 それだけ信頼できる人間であり、報告に間違いはなかった。


「先行した第四偵察戦隊が捕捉されたか」


「その可能性はありますが」


 艦長の疑問に砲術長が答えかねた。


「しかし好都合です!」


 ハンスは不安を払うように大声で、得られた情報を元に進言した。


「砲撃の規模からも戦艦数隻を含む有力な艦隊。あれが敵主力であることは間違いありません」


 霧の向こう側という遠距離から撃って光と砲声が聞こえさせることが出来るのは戦艦の主砲だけ。

 そして複数回も出せるのは纏まった数がいるからだ。


「うん。対して敵は未だ、我が方の位置を掴めておりません」


 副長はハンスの意見に同意した。

 こちらが見えていない以上、敵も見つけていないはずだ。

 上官の後押しを受けてハンスは進言を続けた。


「このまま当初の作戦通りに、第四偵察戦隊で左舷を抑えつつ、我が主力は敵艦隊の正面へ回り込む時間が稼げます」


 出撃前に決めた作戦どおりの展開で推移している。


「一方的に叩くチャンスです」


 砲術長もハンスの意見に同意する。

 敵を横切るように撃てば最大限の火力を発揮できる。

 大砲で大戦果を挙げる好機だった。


「敵が幾ら新型戦艦ドレッドノートがあろうと優位な状況であれば撃破出来ます」


「あのカレドニア公主が作ったというドレッドノートか」


 艦長は、面白くなさそうに言う。

 ここ最近、各国の間で話題となっているカレドニア公国公主。

 十代ながら海軍装備を一新するような装備、速射砲、新型魚雷、タービン機関を作り出している。

 操艦も熟達しているようで、数千トンの巡洋艦をトップスピードからいきなり後進させ埠頭にピタリと止めたという話が伝わってきている。

 そのカレドニア公が最近新たに作り出したというのが新型戦艦ドレッドノートだ。


「眉唾物だな。標準戦艦二隻分の火力を持ち、速力は二四ノット。装甲も分厚いとは信じられない」


「大方、敵の欺瞞情報でしょう」


 副長は気にしていないように言う。

 基本的に軍艦の情報は各国は、自国の軍艦である事を証明するため、外交的な配慮を相手に迫るために公表している。

 勿論、抑止力としての効果もあり、その数値は実際と違う事がある。

 中には大きく数字を盛って、恫喝を狙うこともある。


「ドレッドノートの情報が偽情報でも、戦艦がいることは確実です。この状況なら一方的に叩けます」


 ハンスは、千載一遇の機会を逃してはならないとばかりに力強く言う。


「旗艦より信号!」


 電話機に付いていた伝令が報告する。


「我に続け! 艦隊左展開! 最大戦速! 取り舵一杯! 右砲戦用意! 距離八〇〇〇で砲撃開始!」


 旗艦もハンスと同じ考え、敵の頭を押さえつけ一方的に叩くつもりだ。


「ツキもある。この戦、勝てるな」


 艦長が冷静に呟く。

 しかし武者震いを抑えきれず大声で命じる。


「旗艦へ応答信号! 最大戦速! 右砲戦用意! 砲戦距離八〇〇〇! 取舵用意! 旗艦に続け!」


「旗艦に続行せよ! 取舵用意っ! 右砲戦用意! 砲戦距離八〇〇〇!」


「了解! 操舵手、取舵用意!」


「砲術長より主砲塔及び右舷各砲、右砲砲戦用意! 砲戦距離八〇〇〇!」


 部下達が命じていくのを艦長は聞いて満足した。


「しかし距離八〇〇〇での砲撃か」


 艦長は遠い昔を思い出しながら呟く。

 一水兵として入隊した頃は、まだ戦列艦の時代。

 砲戦距離は一〇〇〇以下。

 相手の士官の白目まで見えるほど近くで撃ったこともある。

 そして最後は接舷斬り込みで勝敗を決める時代だった。

 それが蒸気船となり、装甲艦へ進化。

 交戦距離も大砲の進化で一万近くに伸びている。

 時代は確実に進化している。

 しかし、自分も高みへ登っている。

 最新鋭艦、アーリア帝国最強の艦を与えられたのが、その証明だと信じていた。


「旗艦ドイチュラント左へ回頭します!」


 アーリア帝国艦隊は旗艦を先頭に左に急回頭しようとした。

 敵を前にしての針路変更は危険だ。

 変更中に攻撃をうけたら艦隊は混乱し陣形がバラバラになり各個撃破されてしまう。

 だが敵までの距離は二万もあるので射程外。

 安全に、悠々と変更できるはずだった。

 だから、取舵一杯でドイチュラントは変針した。


「操舵手、取舵一杯用意」


 艦長が命じた瞬間、先頭を航行するドイチュラントの右側にマストを超える高さの水柱が八本上がった。


「攻撃ぃ!? 先程の発砲かっ!」


「敵が攻撃出来るはずがありません! 距離二万での砲撃などあり得ません!」


 副長は驚きの声を上げるがハンスは否定する。

 射程が二万近い主砲などないはずだ。

 あったとしても命中は期待出来ない。

 しかし、砲弾は確実にドイチュラントが針路変更前の位置に弾を集中させていた。

 敵が確実にドイチュラントを狙って撃っていることをハンスは徐々に理解し、冷や汗が出てくる。

 だが驚く間もなく、第二射がドイチュラント殺到。

 そのうちの一発が旗艦ドイチュラントの中央部、ボイラー室に直撃。

 貫通し、船底を打ち破った。

 空いた穴から大量の冷たい海水が噴きだし過熱したボイラー接触。

 海水は瞬時に蒸発し水蒸気爆発を起こした。

 急激に膨張した蒸気は行き場が無くなり隔壁と船体を破壊。

 ドイチュラントを両断した。


「旗艦ドイチュラント轟沈!」


 見張員が、悲鳴のような声で報告する。

 だが既に全員がその光景を、ドイチュラントの惨憺たる状態を見て戦慄していた。

 副長は絶句し、砲術長も驚きの声を上げ、艦長さえ目を見開く。

 まだ若く感情豊かなハンスなど口を開き、目は見開き、瞳孔は小さくなる。

 見張員は轟沈と言ったが、正確には、まだ船体は浮いている。

 だが被弾した中央部から炎が上がり、沈み始めている。

 マストが倒れ、艦首と艦尾が浮き上がり、衝角とスクリュー、そして真っ赤な船底が海面に出ていては沈没は時間の問題だ。

 そこへ更なる砲撃が二番艦バイエルンに加わり、多数の水柱が上がる。

 旗艦のように爆沈は無かった。

 だが、被弾し火災が発生し、右側に傾斜している。

 しかも機関部をやられたのか、速力は明らかに下がっており、ザクセンとの距離が狭まる。


「取舵回避!」


 艦長は直ちに命じ、ザクセンは衝突回避しようと左に舵を切らせる。

 接触するギリギリのところでザクセンの舵が利き始め、回避に成功。

 傾斜し、左舷の船底を晒したバイエルンのすぐ脇を、ザクセンはすり抜ける。

 だが、直後に更なる斉射がバイエルンに襲い掛かり、弾薬庫を直撃。

 大爆発を起こし、爆沈した。

 その衝撃がザクセンを襲う。

 幸い被害は大きくなく、艦橋の右舷の窓がひび割れて真っ白になっただけだ。

 だが、艦内は混乱状態だ。


「何故当たるのだ! 敵は魔弾でも使っているのか!」


 艦長は狂ったように叫んだ。

 二万もの距離で撃てる大砲など存在ない。

 幾ら遠距離砲撃しても命中などおぼつかない。

 故に射程距離二万以上の大砲など存在しなかった。

 何故敵が、弾を届かせ当てられるのか、艦長は分からなかった。


「反撃を」


 一方的に撃たれるのが我慢できなかった砲術長が進言する。


「遠すぎる! 当たるはずがない!」


 しかし副長は否定的だ。

 発砲しても命中は難しい。

 そもそも、当てられるはずがない。


「構わん! 砲撃する!」


 だが艦長は、命じた。

 やられっぱなしなど甘受できない。

 一矢報いる、いや一回だけでも撃ち返したかった。


「砲戦用意! 右舷不明目標! 主砲最大射程!」


「了解! 砲撃用意!」


 砲術長が命令を下す。

 前後にある三〇センチ連装砲二基が右に旋回する。

 砲身が空高くに向かって、限界の一五度まで上がりきると発砲した。

 四門の主砲斉射は、アーリア帝国が威信を賭けて建造しただけあって、すさまじい迫力だった。

 白色の光の塊が砲口から噴き出し周囲を一瞬白く染め上げ、赤黒い炎となり、黒煙を残して数百キロの砲弾を送り出した。

 ハンスは、先ほどの衝撃でひび割れて真っ白になった右の窓を肘で叩き割った。

 外に双眼鏡を出して着弾を見ようとしたのだ。

 しかし、一万メートルを少し超えたところで、四本の水柱が上がる。

 それが、ザクセンの主砲の最大射程だった。


「敵に届きさえしないのか……」


 艦長が悔しさを滲ませて言った瞬間、再び敵艦が発砲。

 砲撃を浴びたザクセンの前部砲塔に被弾。

 弾薬庫に突っ込み砲弾を誘爆させ、分厚い装甲に囲まれた重い砲塔を浮き上がらせるほどの大爆発を起こす。

 大火焔がザクセンを包み込み、衝撃がザクセン全体を襲った。


「うっ」


 ハンスは爆発の衝撃で吹き飛ばされ、しばらくの間、気絶していた。

 だが空高く舞い上がった砲塔が落下し、甲板に当たった音を聞いて目を覚ました。

 目が覚めて床に倒れていることに気が付くと、立ち上がろうとした。

 だが、足を取られて滑る。

 それは伝令が流した血だまりだった。

 電話機を掴み起き上がり、周囲を見渡す。


「……艦長」


 周囲を見渡すが、艦長は勿論、誰もいなかった。

 ブリッジの窓は勿論、外壁さえ消失していた。


「艦長おおおっっ!」


 駆け寄るが傾いた床に足を取られ、唯一残った伝声管にしがみつく。

 周囲を見渡すと、そこには炎上する味方艦隊の姿しか無かった。

 そして、水平線を見ると、敵の姿があった。


「ドレッドノート……」


 平甲板の船体。

 左右に支える柱のある三脚檣のマスト。

 そして恐るべき事に、前後に二基ずつ連装砲塔があり、盛大な発砲炎を噴き出した。

 再びドレッドノートの砲撃を受けたザクセンは被弾。

 爆発、沈没した。


 タンジェ沖の戦いは、事実上ザクセンの沈没で終結した。

 残った戦艦ヨルクは、味方艦の全滅を見て戦意を喪失。

 反転、離脱した。

 しかし、後方からドレッドノートが追撃。

 ヨルクは全速二〇ノットを出すも距離を縮められ、砲撃の雨を受ける。

 マストが被弾、倒壊し甲板に降り注いだのを見た艦長は、逃走の意思もなくなり白旗を揚げた後、機関停止。

 降伏を申し出た。

 タンジェ沖海戦にてアーリア帝国は敗北。

 グラン=ブリタニア連合王国、カレドニア公国公主アーサー・カレドニアが勝利を収めた。

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