魔道具師マリエルのやり直し生活 社畜だった私は二度目の人生をのんびり生きてみたいと思います。
まさ
第1話 魔道具師の娘
彼女が最初に不思議に思ったのは、3歳くらいの頃だった。
誰かの声が聞こえたような気がして周りを見回しても、誰もいない。
いつも怖くなって、親にしがみついたり、布団の中に逃げ込んだ。
その声の主が自分自身だったのだと気が付いたのは、もっと大きくなってからだった。
それはマリエル・ララフォード自身の前世の記憶が、頭の中で語ってくれていたものだった。
麗奈は社畜のように、来る日も来る日もヘトヘトになりながら働いたけれど、大事な仕事に失敗して、上司から猛烈な叱責をくらい、冷遇されるようになった。
挙句に結婚まで考えていた彼氏に、サヨナラを言われてしまった。
もうそろそろプロポーズかな、そんなことを考え始めた矢先の出来事だった。
それでも前を向こうと思って、どん底の気分を紛らわせるために、居酒屋を梯子した。
その帰り道に、酔った勢いで足を踏み外して河に落ちてしまって、冷たく暗い水の底に沈んだ。
なんて情けない人生だろう、思い出した時にはそう思った。
自分自身が、可愛そうで仕方がなかった。
仕事だって恋愛だって、きっとその程度の人間だったんだろう。
悲しいけれど。
そう思うしかなかった。
でもここは、前に住んでいた世界とは全然違った。
道や線路の上を走る鉄の塊なんてない。
便利なスマホやパソコンもテレビも無い。
その代わりに、心を和ませてくれる豊かな自然が広がり、小鳥のさえずりが聞こえる牧歌的な景色がある。
ここにも四季はある。
大木に咲き乱れるピンク色の花や、一面が白銀色に染まる季節は、美しくてどこか懐かしい。
そう、マリエルはここ、異世界へと転生したのだ。
彼女は今、心の中が緩やかだ。
辺境の小さな村、ミネス村の片隅で、魔道具店を営む父親と一緒に暮らしている。
父親は腕のいい魔道具師なのだけれど、病気で体を壊してしまったらしく、ずっと細々とやっている。
ここでの母親は、残念ながら病気で亡くなった。
少しずつだけれど父の店を手伝いながら、自分も魔道具師になる勉強をしている。
今年で17歳になった。
今父と一緒に作っているのは、魔法の力を利用して動く車椅子だ。
「ここ、歯車と棒の組み合わせを変えた方がいいんじゃないかな。その方がテコの原理で、小さな力でもっと重い物を動かせると思うけど」
「……なるほど。じゃあマリエル、ここを設計しなおしてくれるかい?」
「うん、分かった! 今日中にやってみるよ」
「そんなに急がなくてもいいよ。納入はまだ先だから」
「うん。でも思い立った時にやった方が、いいアイデアが浮かぶから!」
魔道具は色々な材料と、魔力を秘めた魔石、それに魔道具師自身の魔法とを合わせて作り上げる。
火や水、土や風といった魔法を魔石やミスリルといった特殊な材料に当てて吸収させると、その効果がずっと溢れ出るようになる。
それを原動力にして、動くものを作っていく。
使っているうちに魔力は消耗していくので、小さい魔力消費で済ませるように作ることは、魔道具師としての腕の見せ所でもある。
魔道具師自身の魔力が大きければ、それだけ力強い魔道具だってできる。
巨大な船を空に浮かせて飛ばす、そんな桁外れの魔道具師だって、この世界にはいるのだ。
魔法を外に向かって放つのが魔術師なら、魔石や材料に向って込めるのが魔道具師といえるかもしれない。
「分かった。好きなようにしなさい。お前は筋がいい。できることなら、学校にも通わせてやりたかったね」
「ううん、それはいいよお父さん。私はこうしてお父さんと一緒にやれて幸せだよ」
グリンガム・ララフォード、それが父親の名前だ。
いつだって穏やかで、怒られた記憶なんてほとんど無い。
小さい時には、よく膝の上に乗せて、頭を優しく撫でてくれた。
マリエルの声に耳を傾けて、好きなようにやらせてくれる。
まだまだ父には及ばないと思っている。
けれど、前世で学んだ知識や経験は、ここで生きているとも感じている。
この世界は便利な魔法が沢山存在する分、機械技術は遅れている気がしている。
それを少しずつ変えていって、誰かの役に立つ喜びを感じながら、毎日を生きている。
それで十分、今はそれ以上は望まない。
車椅子の構造はマリエルが提案したもので、魔石に土魔法を付与して、岩を浮かせる動力を、歯車や棒を使って車輪に伝えている。
思いついたことを図面に書き起こして、材料の組み合わせを変えて、簡単に実験をしてみる。
「あ~あ、思ったようにはいかないなあ」
ここは前世で機械製品の開発をしていたのと同じで、試行錯誤を繰り返していく。
何度も実験をして、一番いい組み合わせを決めていくのだ。
空が白み始めた頃になって、やっと納得がいくものができた。
家の外に出て背伸びをして、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
(今日も一日頑張ろう。夜は寝ていないからちょっと眠いけど)
遠くに目をやると、荷車を引く馬の姿があった。
そして、馬の手綱を手に取る、男の子も姿も。
それはこちらへと近づいて来て、やがて家の前で停まった。
「やあ、おはようマリエル」
「おはようギネス。今日も早起きだね」
「まあね。新鮮なミルクや玉子を、みんなに届けないと」
彼はギネス・バクスター、放牧をしている農家の息子だ。
マリエルと同じ黒髪で、ソバカスをほっぺに乗っけた素朴な子だ。
この世界にも、前世にいた牛や鶏のような生き物がいて、肉やミルク、それに玉子といった恩恵を受けている。
「はい、どうぞ」
「いつもありがとう」
空になった容器を渡して、ずしりと重たい容器を受け取った。
中ではタプタプと、新鮮なミルクが揺れている。
「あ、あのさあマリエル。今日一緒にお昼を食べないか? 巨大樹様の所で」
「うん。いいよ」
「ありがとう。じゃあ、待ってる!」
巨大樹様とは、この村を見下ろせる高台にある、大きな木だ。
この村の守り神とされており、小さな祠も作られていて、花や供え物が絶えない場所だ。
くすみのない笑顔を返してくれながら、次の家へと向かうギネス。
無事に約束を取り付けて心が踊っているのだけれど、それを隠すための照れ笑いも一緒に。
そんなことには気が付かないマリエルも、ほろりと頬が解ける。
小さい頃からの知り合い、いわゆる幼馴染というやつだろう。
彼も17歳になって、体も大きくなった。
いつの間にか、マリエルよりも背が高くなって、力仕事をしているためか、スラリとして引き締まった体つきだ。
でも、ガラスのように澄んだ瞳や人懐っこい笑顔は、昔のままで変わらない。
それから、寝ないで考えたことを、父グリンガムに説明をした。
するといつものように、優しい言葉が返ってくる。
「うん、なるほど。少し値段は上がるけど、確かにこの方が小さくできて、少ない魔力消費で抑さえられそうだ。これでいこう」
「うん、分かった。ありがとう、お父さん!」
やることが決まれば、工房で作業開始だ。
設計図を見ながら、父と二人で部材を削って組み立てたり、魔力を込めたり、一つ一つ丁寧に仕上げていく。
「そうだマリエル、昨日聞いたんだが、今日辺境騎士団がここを訪れるらしいよ」
辺境騎士団は、ここミレニア王国ラズベリア地方を統治している、辺境伯直属の騎士団だ。
(珍しいな、一体何事なんだろう? でも、私にはあまり、関係がないよね)
この時は、それ以上のことは思わないマリエルだった。
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