第41話 投げられた賽
およそ10分ほど前、パーティでの捜索中にペペロンチーノが突然一人で飛び出していってしまった。
その為、マルティ達は必死に彼女の行方を捜していた。
「ああっもーお! 余計な手間、増やさないでほしいッス!」
ラザルスのダンジョンの中で風を起こすというアイデアは、思った以上に功を奏してしまったようだ。
炎の勢いは強くなるばかり。だんだんと近くにいる仲間の姿さえ、炎で遮られて見えなくなり始めていた。
クライシスの施した
「クソッ クライシスも見つからねーし……。せっかく龍樹も全部倒したってのに、このままじゃやべーぞッ。まさに絶対絶妙だぜ!!」
「いや絶命な? でも、このままじゃ八方ふさがりな事には変わりないよな。さてどうしよう……」
するとその時、突然炎の向こうで、大きな真紅の柱が立ち昇るのが見えた。
「あれはペペロンチーノのブラッドスキル!? でもどうして、ダンジョンの天井なんかにぶっ放したんスか?」
「彼女は僕たちに居場所を知らせてくれたんじゃ。そのための合図だったんじゃないか?」
「ええ~? ペペロンチーノがそんな器用な真似できると思いませんけど」
「とにかくあの下にいる事は間違いないぜ! もしかしたらクライシスも一緒にいるかもしれない!」
「ああっ。それなら納得ッス」
そしてマルティ達三人は、血の柱の見えた方向に向かって炎の中をかき分けていった。
やがて森の中心部にたどり着いた。するとそこには血液を消耗して気を失ったペペロンチーノの隣に、怪我をして見るからに疲弊している様子のクライシスが地面に座り込んでいた。
「……来ましたか」
「だ、大丈夫なんですかッ?」
「ええ。皆さんも全員生きてたようですね。てっきり一人くらいは死んでるかもしれないなとは思ってたんですが」
「いやいや、縁起でもないな。この人」
龍樹やジャイアントスパイダーとの死闘にもギリギリで勝ちを治め、ようやくここまでたどり着いた身としては、まったく笑えないジョークだと思った。
しかし、クライシスは嘘を語っていたわけでは無かった。実際にラザルスたちが、死んでいてもおかしくない状況だと思っていたのだ。
「本当によく無事で居てくれましたよ。フフフ、今はあなた達がとても頼もしく見えます」
「い、いやぁ……まあ、オレっちはいずれ英雄になる男だからな。うんっ!それほどではあるかー!」
クライシスから褒められると、ダリアはもじもじと照れ臭そうに頭を掻いていた。
するとマルティはこう言った。
「あの、ペペロンチーノは大丈夫なんですか? さっきから動いてませんけど、死んでるわけじゃあないんスよね!?」
「今は気を失っているだけですよ。ただ、あまりここに長くいるのは危ないかもしれません」
「そうッすか…… ほっ」
一旦ペペロンチーノが無事だと分かると、マルティは胸を撫で下ろした。
「でもそうですね。そろそろ先に進みましょうか」
「どこに? 周りは炎で囲まれていて、僕たちが行くところなんてどこにも……」
「何を言ってるんですか。そんなのは深層に決まっているじゃないですか。賽はもうとっくに投げられた後なのですから、振り返っても炎の海ですよっ」
そういうと、クライシスはゆっくりと立ち上がった。
そのとき、彼の右腕のぶらぶらとした不自然な動き方に気づいた。
クライシスは一度に多くの魔物を相手にしたため全力で大剣を振らねばならなかった。高すぎる筋力ステータスに自らの肉体が負荷に耐え切れず、腕の骨が折れてしまっていたのだ。
「ク、クライシスさんッ、その腕ってまさか……!」
しかし、マルティが腕の事を言及しようとする前に、クライシスは気になることを言った。
「そろそろ時間も迫っています。あと……4、5分といった所でしょうか」
「んん? それって、もしかして……」
「
「や、やべーじゃねーかッ!! だったら、さっさと脱出しねーと!」
「ええ。……そこで少し頼みがあるのですが。この子をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだって? …お、おい。何を……」
クライシスは気を失ったままのペペロンチーノをそっと両手で抱きかかえると、彼女をダリアに受け渡した。
そして自分は地面の上にあったツヴァイハンデットソードを拾いあげた。
その鋼の剣はダンジョンに入る前には新品だったはずだ。しかし今では刀身はまんべんなく刃毀れしており、今にも根本から折れてしまいそうなほどボロボロに傷ついていた。
「ワタシ様が炎を切り払い、転移門までの道を作ります。皆さんはペペロンチーノをつれて、後ろからついて来てください」
だが彼は明らかに、森に火をつけて回っていた自分たちよりもずっと消耗しているようだった。
ラザルスはこう言った。
「いや、そんな身体じゃさすがに無茶じゃないんですか? 死んでしまいますよ??」
しかしそれを聞くと、クライシスは近くの猛炎に目掛けて大剣を薙ぎ払ってみせた。
するとそこにあった炎は、剣の風圧により一瞬で消し飛んだのだ。
「あなた達には、こんな風に炎を切り裂くことは出来ないでしょう?」
「う゛っ、それはそうですが……」
「ここは、ワタシ様がやるしかないのです…」
たしかにクライシスと新人冒険者であるダリアたち三人との間に、圧倒的な実力の差があることは明確だった。
しかし、それでも今のボロボロのクライシスは、いつもと違ってやや頼りなく見えたのだ。
(おい、ラザルス!)
(ああ……、そうだな)
そういって、二人は目配せをした。マルティもそれに気づいて頷く。
「皆さん、遅れないでついて来てくださいね?では行きますよ! …………なッ、いきなり何をするんですか!?!」
いきなり脇から忍び寄ったラザルスが、クライシスの剣を奪い取ってしまった。
「どういうつもりですか? 今はふざけている場合ではないでしょう」
「いやっ、これは……そのっ」
すると、ダリアが割って入って彼の行動の意味を説明した。
「なあ、今のお前は見るからに弱ってる!いつもなら剣なんて奪わせないはずだぜ」
「……それが、どうしたんですかっ。今は関係ないでしょう。 急がなければ!早くそれをワタシ様に返してください!」
「ん? ああっ、いいぜ!」
そういうと、彼はそれまで自分が預かっていたペペロンチーノの事を、クライシスの手の中に返した。
「これは」
「たしかに、オレ一人だけじゃお前の剣技には到底かなわないだろう。けどな二人なら、今の疲れ切ったあんたの代わりくらいにならなるはずだぜ?」
すると、マルティも同じようにダリアの隣に並び立つ。
「転移門まで案内してくださいッス。アタシたちが代わりに道をつくりますから」
「そういうことだ。だからクライシスは、オレ達の後ろからついて来てくれよな!」
彼らの言動に、一瞬クライシスはあっけにとられた。
だがその後、思わず鼻からフッと微笑がこぼれだす。
「……なるほど?では、お言葉に甘えさせていただきますか。ああでも、大変だったらいつでも交代していいですからね?なにせ君らは、まだまだ実力不足な新人君ですからね」
「フン、誰が!」
その後、パーティーはクライシスの案内に従い、深層へ続く転移門のあるかもしれない方向へと向かってつき進んだ。
マルティもダリアも一人だけでは行く手を塞ぐ炎を消し飛ばすことは出来なかった。しかし、二人が
「ハァっ、よしいけるぞ!」
「ダリアさん。マナの量は大丈夫っスか?」
「ああ。まだ何回か撃てるぜ」
「そうっスか。じゃあこのまま進みましょう!」
ダンジョンの中にあるギードヌの木も、時間と共に燃え尽きて崩れていく。
風景はどんどん様変わりしていったが、クライシスは最初にここあった景色をきちんと覚えていた。なので一度も迷う事なく、次に進むべき方向を示し続けられた。
燃え落ちた原木などで塞がれた道を、合技で粉砕しながら彼らは進んでいく。
途中でラザルスも二人と役割を交代したりなどして体力を温存した。
ちなみにクライシスのツヴァイハンデットソードも持ってこようとはしたのだが、結局誰も持ち上げることが出来なかったので森の中に置いてきていた。
そんな三人の後ろを、クライシスはペペロンチーノを背負いながら追いかけていた。
「アチチっ。なんか、暑くなってきてないか?」
「うん。実はさっきから僕の着ている服も、端から少しずつ燃え始めているような気がするんだが」
それを聞くと、クライシスはこう言った。
「ふむ。もしや
「マジか。おう、分かったぜ!」
すでに今彼らのいるところの地面は、下りの斜面になっていた。それも段々と急になっているようである。
階層の出口はもうすぐ目の前にあるはず。
すると、そこから数十メートル先の場所に、青の淡い光が見えた。
そんな色の
「あれだっ! みんな、走れぇーー!!!」
「くッ、うわあぁぁーー!」
…7…6…5…
クライシスは残り数秒で効果が切れるということが体感で分かっていた。
実際にパーティーの先頭を走るダリアなどは、髪の毛や表皮などが少しずつ焼け始めていた。
…4…3
「あと少しだぞ!」
「へへへっ、やった!ようやく出られるッス!」
そうして何とかギリギリで、マルティ達は転移門の向こう側へと飛び込むことが出来た。
クライシスも遅れて彼らの後に続く。
だがその寸前、クライシスは視界の端の方で異質に光る何かを見つけたのだ。
それが気になり、彼は門の前で立ち止まった。
「オイ!なにやってんだ?! 早くこいよッ!」
「……ちょっと、見てきます」
「はッ? オイッ、クライシス!!!」
そういってペペロンチーノを門の中に投げ込むと、クライシスは一人で来た道を引き返していった。
「戻って来てくださいっス!!! クライシスさん!!!!」
…2…1……
…0…。
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