第17.5話 疾走

 ──その日は、南の森がいつもより騒がしかった。

 ドタドタという異様な地響きが何時間も続き、朝日が昇る頃になってようやく鳴りやんだ。


「ぜェー、はァー。 ぜェー、はァー」


 木々の間から陽光が差すと、汗でねっとりと油まみれになった巨漢たちの肌が照り輝く……。



「はァー、はーっ。 あー、チキショー!!!あの小娘共、よくも我らを散々コケにしおって!」


 そこにいたのは、冒険者パーティー筋肉マッスル守護者ガーディアンSのメンバーだった。

 彼らはギルドハウスでペペロンチーノに敗れた後、ザクロ村を飛び出して、ついにはこんな所まで逃げて来ていたのだ。


 ギードヌの植生地帯からは既に抜けており、辺りにあるのは緑の葉を持つ広葉樹林だ。

 木々の少ない開けた場所で、彼らは立ち止まって休憩をしていた。


「ハァ、フゥ…… コザック、これからどうするんだ。もう充分、逃げ切れたんじゃないかな?」


「黙れぇッ、ふんス!」


 それを聞くと、コザックと呼ばれた冒険者は、いきなり仲間に張り手を喰らわした。


「愚か者がーー!!!」


「ぐはあッ」


「いいか、我らは奴らから逃げたのではない。あの、ひきょう者の脱法魔法術師どもに逆襲するため、一時的に撤退しているだけなのだ!それと、吾輩のことはリーダーと呼べと言ったはずだぞ!」


「ご、ごめんリーダー」


 張りてを喰らった冒険者は、頬を痛そうに抑えながらそう謝罪した。

 しかし殴られた彼以外にも、冒険者たちはまだリーダーに物申すことがあったようだ。おどおどとした様子で、彼らのうち一人がこう言った。


「だけど…….。 そんな当て、俺たちにあるのか?」


「はぁッ?なんだとッ」


 コザックはイラつきながら怒鳴り返すが、続いて他の二人もこう言った。


「そ、そうだぜリーダー。もちろん、アイツらを国家祓魔法師エクソシストにチクってやりたい気持ちはそりゃあるさ。でも国家祓魔法師エクソシストが常駐している王都ジャハージまではまだ遠すぎるし。かといって魔法通信は禁止されてるから使えないし……。どうすんだよ一体」


「それに、あの炎を吐いた小娘も恐ろしかったが、後ろにいたクライシスとかいう冒険者もかなりの威圧を出していたぜ。我ら筋肉マッスル守護者ガーディアンSの筋肉パワーでも勝てるかどうか……」


 そう言うと、冒険者たちは心配そうな眼差しをコザックに向けた。

 しかし、コザックはこう言った。


「お前たち心配するな。全部リーダーであるこの吾輩に任せるがいい!」


「「おおっ 流石マッスル!」」


 コザックは満足そうな笑みを浮かべる。


「ふふ…… 実はな、この森を抜けた先にあるグローチェリー村には、吾輩の事を知っている神父がいるのだ。神父は国家公認の魔法術師。奴に頼めば法の番人共に連絡を取ることくらい可能だろうさ」


「でもっすよ? 王都からじゃあ、国家祓魔法師エクソシストが駆け付ける頃には季節が変わっちまってますよ」


「間抜けがッ ふんス!」


「ぐはぁーー!」


 コザックは、先ほどのように失言した仲間に張り手を喰らわした。


「コザックさん! 何度も痛いじゃないですか!」


「愚か者め。忘れたのか? オッドポウルにも、あの恐ろしい女がいたじゃないか。あそこからなら、そう時間はかかるまい」


「あぇッ?! もしかして、あののことを言っているんですか?」


 コザックの言ったオッドポウルの恐ろしい女というキーワードは、ある人物を連想させるには十分だった。

 愚王と呼ばれた先々代の王に仕え、国家の反逆者を次々と惨殺した挙句に王都から追放されたエリミネーターだ。

 おそらく彼女のことを言っているのだろう。


「嫌だ、あんな血も涙もない恐ろしい女に関わりたくない」


「俺たちまで殺されちまうッ!」


 巨漢の冒険者たちは子犬のように震えながらそう訴えた。しかし、コザックはこう言った。


「お前たちは本当に馬鹿だな。脳みそまで筋肉で出来ているのかぁ? 別に、我々が標的になるわけじゃないんだぞ」


「ああ、そうか……」


「我らはゆっくり王都を目指せばいい。ふふ、今から処刑台で奴らの断末魔を聞くのが楽しみだ」


「さ、流石リーダー!」


「ふん、当たり前だ。さぁ、あの小娘やクライシスとかいう怪しい冒険者が逃げないうちに、さっさとグローチェリーまでいくぞっ!」


「「おーう! マッスルマッスル!!」」



 ……だがその時、筋肉マッスル守護者ガーディアンSの前に、突如何者かが現れた。


「オイ、そこのくそデブども!」


「お、お前っ…… いったいどこから現れたんだ?!」


 筋肉マッスル守護者ガーディアンSの冒険者たちも、それなりに戦いの経験も積んでいた。

 森の中といってもここは見晴らしが比較的良い。何者かが近づいて来ていたら、すぐに気づけるはずだった。


 それでも気配が分からなかったということは、相手は隠密系のスキルを使っている可能性が高い。そう推察ができた。

 それに服装も戦士のような鎧ではなく、盗賊のような黒装束だった。


 襲撃者はこう言った。


「ククク、お前らさっき面白いことを言ってたよな? 俺にも聞かせてくれよ。そのクライシスとかいう狂戦士の話をな」


 黒装束の男は全身に不気味な紫色のマナのオーラを纏うと、ふわりと宙に浮かびあがった。

 そして男の背後からは、恐ろしい怪物が次々と姿を現したのだ。



 後日、筋肉マッスル守護者ガーディアンSの消息は完全に絶えた。あれから四人の見たものは誰もいないという……。

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