第27話 ティーブレイク

 一方その頃、第三席次クライシス・フォン・ハイブラスターは、プラムの家で手作りケーキをごちそうになっていた。


「さあ、召し上がれ」


「わーーい! いただきまーすっ」


 ペペロンチーノは椅子に座ると、さっそくフォークとナイフを手に取った。


 そこは以前、夕食としてタリュエラという卵料理を頂いた時と同じ部屋だった。

 だが今度は皿の数がマルティの分も含めて一つ多いし、テーブルの上に並んでいた料理はチーズケーキだった。


 濃厚なエッグバードの卵を使っているからか、皿の上のチーズケーキは美味しそうにやや黄色みがかっていた。


「うはー!うまそぉッ!! じゅるり。アンさん、アタシもこれ食べていいんスか?」


「ええ、遠慮しないでどうぞ」


「あ、あざスッ! んんッ。これ、むちゃくちゃ美味しいです!」


 二人が美味しそうにチーズケーキを頬張るのを見ると、クライシスもフォークでケーキをすくい取り口へと運んだ。

 ちなみに看病の時は外していたが、この時も破魔の兜はつけたままだ。


「ああ、ほんとうに美味しいですね」


「フフッ、満足してくれたみたいで私も嬉しいわ」


「ええとっても」


 クライシスはケーキを咀嚼しながら、まろやかな甘みを噛みしめるように頷いた。


「先日いただいた卵料理も美味しかったですし、アンさんは料理がお上手なんですね」


「た、素材がたまたま良かったんだわ。それだけよ」


 アンは少しだけ言葉に詰まらせると、額にかかっていた髪をさりげなくかき上げる。


「ちょうど、行商人の店にもお菓子の材料がたくさん入荷していたことだしね」


「へえー、ケーキの材料がたくさんですか……」


 それを聞いたクライシスは、ふと頭の中に悪計を思いついた。


 ─もし大量の小麦粉があれば、粉塵爆発に使えるかもしれませんね─


 みんな大好き粉塵爆発。可燃性のある粉塵が空気中に霧散した状態で熱源が延焼すると、粉塵が空気と触れる表面積が大きいことで酸素と触れやすくなるため、爆発的な燃焼を起こすという現象だ。

 もちろん粉の量にもよるだろうが、それなら爆炎を引き起こし灼熱の渦奔流ハイエンドブレイザーの威力を大幅に上げることが出来るだろう。


 クライシスは思わずほくそ笑む。

 そしてアンの手をパッと握ると、彼はこう言った。


「アンさんッ チーズケーキすごく美味しかったです! それで、ワタシ様もお菓子作りに興味があって、もしよければ材料など詳しく教えていただけませんか?」


「ざ、材料ですか?  ええと……愛情とかかな」


「ええ?」


「ハッ…… 別に!あ、あんたのために作ったんじゃないんだからね!」


 そう言いながらしかめ面を作り、プイッとほっぺを膨らませながらそっぽを向く。


 彼女の様子の変化に、何か気を悪くさせてしまったのではとクライシスは戸惑う。

 しかしそれは彼女の策略であった。


 そしてアンは、クライシスの動向を横眼でドキドキしながら見守る。

 だが一方で、何かを勘違いしたクライシスはこう言った。


「もしかして、このケーキは誰か他のお客さんのための物だったのですか? ……なんてことをしてしまったんだ。アンさん、大変申し訳ありませんでした」


「え。あ、いや。そうじゃなくて」


 自分の思っていた反応ではなく戸惑っていると、それを見ていたプラムが唐突にこう言った。


「気にしなくていいよクライシスー。姉ちゃんは照れ隠しをしているだけなんだから。ハハハ、不器用だよねー」


「ふむ、そうなのですか? でも一体なぜ……」


「それはね~」


 だがその直後、プラムの頭は鬼のような物凄い力によって上から鷲掴みにされた。

 彼がひしゃげた顔を恐る恐る真上に傾けると、そこには姉がこちらに向かって冷淡な笑みを浮かべていた。


「ひ、ひぃぃぃぃぃッ 姉ちゃん!」


「プー ラー ム? 悪い子には、お仕置きが必要だねぇ?」


「ガフぅ! いやだぁああ!!! お尻ペンペンはいやだーー!!!」




「──それじゃあ皆さん。私たちは少し席を外しますので、どうぞごゆっくり」


 そう言ってアンはプラムを連れて隣の部屋へと消えた。

 そして扉の向こうからは、悲痛な叫びと共になにか柔らかいものを叩く音が何度も聞こえてくるのだった……。




 ─パァンッ パァンッ! (尻を叩く音)



「魔物だ。魔物がいるッス!」


「マルティ、気にしなくて大丈夫だよ。ここじゃあ、いつもやってることだからね」


「そうですね。あまり他所様のディープな家庭問題に首を突っ込むのも迷惑だと思いますし。これも多様性の一種でしょう」


(たーすーけーてーぇ~)  ─パシィン……!


「今たすけてって! なんか聞こえたけどぉッ!」


「無視、無視」


「多様性です」



 ──そうして軽快な太鼓の音色をBGMに、ティーブレイクを決めた三人の冒険者たちだった。

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