第10話 冒険者

 プラムに呼ばれて彼の家に向かうと、テーブルの上にはすでに四人分の卵料理が並んでいた。

 お皿の端には、畑でとれた野菜の漬物も添えられてあった。


「とても美味しそうですね。これはオムレツですか?」


「ううん。これはタリュエラっていうんだよ。この辺りだとよく食べるんだ」


「あわわ~、私おなかペコペコだよぉー」


「みんな席に座って。冷めないうちに早く食べましょう」


 クライシスとペペロンチーノの二人は横に並んでテーブルの席に座ると、用意された食事に手を付けた。

 見た目は少し大きなオムレツと変わりは無かったが、エッグバードの卵はクライシスたちにとって親しみのある鶏卵に比べると、とても味が濃いと感じた。

 そのため、タリュエラには卵の他に具材のような物は入っていないようだったが、それでも充分に満足感のある食べ応えがあった。


 タリュエラの乗っかった皿の側にはフォークとナイフが置かれていたので、クライシスはそれらを使って細かくとりわけながら、卵を口へと運んでいた。


 すると、向かいの席に座っていたアンが、何故だか知らないがこちらの方をポカンと口を開けながら唖然とした様子で見てきているのに気が付いた。


「どうしたのです? なにかワタシ様の顔に、面白いものでもついていますか」


 クライシスにそう尋ねられると、アンはハッと我に返ったようになりこう答えた。


「アッ……。いいえ、そういうわけではないんですけど…。 ただ今まで宿に泊まる冒険者さんが、あなたみたいに道具を使って綺麗に食べてるところを見たことが無かったから。なので少し驚いてしまって……」


 それを聞くと、ペペロンチーノは半分からかうようにしてこう言った。


「ええ~。ここの冒険者はナイフとフォークもまともに使えないんですかぁ?」


「ハハ、たしかに戦士職や盗賊職の中には、そういう堅苦しい礼儀作法などを気にしない者は多いかもしれませんね」


「でもでも、クライシス様はとっても綺麗にお食事なさるじゃないですか。マスターの狂戦士は、戦士職の上級職ですよね?」


「まあ、ワタシ様は幼いころに母上からみっちり躾けられましたから」


「へぇー、そうなんですね」


 すると突然、プラムは目を輝かせながらこう言った。


「えぇッ! クライシスって狂戦士だったのッ!!! そんなローブみたいな弱そうな恰好で、極大剣も持ってないのに???」


「むぅッ、そんなこといってマスターに失礼です! マスターはですね、それはそれは素晴らしい冒険者でして、右に出る者はいない世界最強の狂戦士なのですよ! (えっへん)」


「フフフ、ペペさん。世界最強は言い過ぎですよ。まあ事実ですが。 プラムは、なにか狂戦士に思い入れでもあるのですか?」


 クライシスがそう聞くと、プラムは嬉しそうに大きく頷きながらこう答えた。


「うん! だってさッ、狂戦士っていったら冒険者の中で、一番強いジョブなんでしょ。そんなのスゲーじゃん!」


「たしかに狂戦士には身の丈以上の極大剣を軽々と振り回せるほどの、他のジョブと比べてもずば抜けた筋力ステータスが存在します。ですが狂戦士が一番強いとは断言できかねます。他にも冒険者には、素晴らしいジョブはたくさんあるのですから」


「もちろん知ってるよ。大楯で仲間を守る守護者ガーディアン。影からの致命の一撃で一瞬で敵を倒す暗殺者アサシン。 でもさ、やっぱりデカい剣で魔物をたくさん倒す狂戦士の方がカッコイイよッ!」


「ええ、その気持ちはワタシ様もよく分かりますよ。極大剣で敵集団を蹂躙する瞬間は、何事にも代えがたい喜びがありますからね」


 そう言いながら、クライシスも噛みしめるように大きく頷いていた。


「……あのさ。クライシスの冒険の話、もっと僕に聞かせてくれない?」


「フフフ、もちろんいいですよ」


「本当! ありがとうッ!!」



 そうしてクライシスはプラムの望みどおり、ダンジョンや秘境で起きた冒険の数々を聞かせてあげた。


 もちろんクライシスは、子供には到底話せないような恐ろしい出来事でもない限り、自身が経験した事実に沿って語るつもりであった。


「スゴイや。1000頭のヒドラを片手でなぎ倒したって本当なの??!」


「いえいえ。1000頭ではありませんし、そのとき相手したのはただのドラゴンでして……」


 しかし、クライシスが訂正しようとするよりも早く、ペペロンチーノがその高い声をさらに裏返らせながらこのように言うのだ。


「違うよぉ! 分かってないな~、クライシス様は狂戦士なんだから極大剣を使ったに決まってるでしょ。 でもやっぱりクライシス様は最強なのよ。だから普通に倒したんじゃなくて、剣の風圧だけでヒドラの群れを蹂躙したの!」


「ぺっ、ペペロンチーノ??!」


 彼女は自分のご主人様を思う気持ちが強いあまり、クライシスの話をうっかり過剰に脚色していたのだ。


「スゲェー!!!マジかよ!!!!超やべー!!!!」


「ふふん。マスターの凄さはこんなもんじゃないわよ! 夜が明けるまで、私がたっぷり語ってあげるわ!!!」


「うん! 僕もっと聞きたい!」


(ハハ…… もういいか)



 ──しばらく会話は続いていたが、ずっと興奮して話を聞いていたプラムは、途中で疲れて眠ってしまったようだった。

 姉のアンはその事に気づくと、テーブルの上にうつ伏せになりスヤスヤと寝息を立てているプラムの背中に、そっと毛布をかけてあげていた。


 そんな様子を水酒を飲みながら見ていると、ふとアンがこう言った。


「ふふん、あなたとんだ詐欺師ね。 あんな話はありえないわ。さっきの話、全部うそでしょ?」


「ははは…、やっぱりそう聞こえましたか」


 クライシスは兜の中で苦笑いを浮かべた。

 1000頭を風圧だけで倒すのは脚色しすぎだ。それなら剣士じゃなくて風使いと名乗った方がよっぽど正しい。


「……でも助かったわ。この子、とっても喜んでたもの。 ありがと」


 アンから思いもよらぬ礼を言われたクライシスは、こちらからもレディに対して紳士的なお辞儀を返した。


「お安い御用ですとも」


 このような綺麗な所作も、むかしに彼が母から学んだものだった。



 その後クライシスは、彼女に少しだけ気になっていたことについて尋ねた。


「どうやらプラムは冒険者に対して強い興味関心があるようですね。まあ、危険なダンジョンに近付いたりなどするのは少しやりすぎだとは思いますが」


「まったくその通りね。プラムったら、いくら言っても言うこと聞かないんだものッ」


「それでもプラムにはダンジョン探索に対しての憧憬のようなものすら感じられます。 ここは冒険者が多いですからね、ダンジョンに向かう冒険者の姿を見て憧れを抱く気持ちも理解できますよ。ザクロ村で生まれ育った子供たちはみんなそうなのですか?」


 だがそう尋ねられると、アンは少しの間、沈黙した。

 そして、彼女はこう答えた。


「実はね、私たちはこの村の生まれじゃないの」


「ふむ、そうなのですか」


「ええ。……父が冒険者だったの。それでエルダーツリーダンジョンのあるこのザクロ村に、家族全員でやって来たってわけ」


 そういうとアンは、静かにプラムの隣の椅子に腰をかけた。

 また、その時の彼女の表情は、どことなく影が差しているようにも見えた。


 夜の暗がりで、部屋の中の蝋燭の灯りだけがぼんやりと瞬く。


「父は……ダンジョンの中で死んだわ。 もともと身体の弱かった母も、その時のショックで次の年には亡くなってしまったの」


 両親が亡くなってからというもの、アンはずっとプラムと二人だけで暮らしてきたのだった。


「父はあなたみたいに凄く強い冒険者ではなかったの。それに、別に最強じゃなかったから。きっと、ここのダンジョンは少しレベルが高すぎたのねっ」


「心中お察しします」


 唯一残った大事な家族である弟の冒険心を、むやみやたらに刺激するよそ者の冒険者などちっとも面白くないのだろう。彼女の言葉の端にも若干の棘を感じた。


 だがその直後、クライシスはアンの瞳から流れ落ちるひと筋の雫を見た。

 感情の高ぶりと共に、彼女の中にあった亡き父母への抑え込んでいた想いが、思わず溢れてきたのだ。


 クライシスは、ローブの中にあった手巾を差しだす。

 やや困惑しながらも、アンは彼の手渡した手巾を受け取った。


「あ、ありがとう」


「ワタシ様は…アンさんのお父上の事は知りませんから、ワタシ様のように最強だったかどうかは判断しかねます。……ですが、家族総出でダンジョンに赴くくらいです。きっとお手本のような素晴らしい冒険者だったのでしょうね」


「ふふっ、そうね。プラムのダンジョン好きは父に似たのかも」


「そうかもしれないし違うかもしれませんよ。なにせ彼の意思は固そうでした」


 それを聞くと、アンは不安そうに俯いた。


「うん……そうね。正直プラムにはこれ以上ダンジョンに近づかないでほしいけど、もう私が言っても聞いてくれそうにないし……」


 だがその直後、彼女は何かを思いつきパッと明るい表情を見せた。


「そうだ!あなたからも、あの子に言ってくれない?もうダンジョンに行くなって! クライシスさんは随分慕われてるようだったし、最強の冒険者の言う事なら聞いてくれるんじゃないかな。ね!」


 だがクライシスは即座にかぶりを振った。


「一応伝えてもいいですが、無駄だと思いますよ。私のような余所者が一度警告したくらいで、これまでアンさんから幾度もおしりペンペン!されていたプラムが諦めるわけないですから。彼の冒険者への憧れはそんな物じゃあないでしょう?」


「うぅッ、でもっ……そんなだって!」


 彼女は焦って再び大粒の涙を流した。

 それを見ると、クライシスはそっと手を伸ばし、涙を拭った。

 

「だいじょうぶですよ。アンさんはプラムを大事に思っているのでしょう? ならば、いずれ必ずアンさんの気持ちは伝わりますよ。これは確実に言えることです」


「……うん、そうかもね」


 その後、アンは落ち着くと、ふと呟くようにこう言った。


「あなたって少し変だけどちょっとだけ優しいのね。普通の冒険者とは何か違うみたい。なぜかしら?」


 すると彼女は、まるでクライシスの心情を探ろうとするように、ぐいとこちらの方を覗き込んできた。

 それに対しクライシスは、わざとおどけた調子でこう答える。


「う~ん。変人とか狂人とはよく言われますが、優しいなんて言われた事はないですねー!」


「……フフッ、そうみたいね」


 蠟燭の灯りに照らされ、アンの顔は少しだけほころんだ。



 クライシスは自分の寝所のある離れ屋へともどった。

 そして彼は寝布団の上に座り込み、先に部屋で待っていたペペロンチーノにこう話した。


「我々は冒険者です。冒険者にはいつ、どんな状況であっても魔物やトラップなどによる死の危険が纏わりついてきます。その事をワタシ様は再認識しました」


「…はい、そうですね……」


 ペペロンチーノもこっそりクライシス達の話を聞いていたのだが、途中で彼女は戻ってきていた。


「我々は今、向こう側の世界ファントムレギオンにいます。それは常に未知の危険にさらされている事と同義です。迫る危険に抗えるだけの充分な力を取り戻す必要があります」


「了解しました。私はマスターの行くとこなら、どこへだってついて行きます! そしたらマスター、まずは何から始めますか? やっぱり、レアな装備の確保でしょうか」


「そうですね。いま手元にある装備はCランク以下で、しかも全て狂戦士の戦闘スタイルには向かないものばかりです。最低でもこれよりマシなものがあればいいのですが」


「う~ん、AやSランクの装備となれば、なかなか手に入れるのは難しいですよね」


「というよりは不可能でしょう。ワタシ様の今の装備では、を倒すことはできません。ですが、他にいい考えがあります」


 そしてクライシスは、村の中で聞いたうわさ話をペペロンチーノにも伝えた。


「我々もエルダーツリーダンジョンに向かいましょう。極大剣をたずさえた深層のボスを倒し、そこにある目ぼしいオーパーツを全て頂戴してしまうのです!」


「はわわっ、流石クライシス様! とても素晴らしいお考えです!」

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