第8話 美人補佐官、湯浴みする

「今日はこれ以上無理に進まないほうがいいかもね」


「はい、私もそう思います。ジーク様」


ジークの言葉にクレアが深く頷く。

まあ先ほどの戦いで時間も食ったし、怪我人の処置や疲労の対処をしなくてはならない。

お、俺も当然思いついてたし……?


「それじゃあさっさと移動しよう。ここだと血生臭すぎる」


「そうだね。兵を先行させて野営の準備を始めてもらっているからそこに行こう」


「いつの間に……」


「あはは。僕にできることなんてたかが知れてるからね。こういう細かなことくらいはやっておかないと」


いや、俺はエセだけどジークは本当の有能だろうが。

彼が武官寄りなのは間違いないが、勉強もできるし気が利く。

オマケにイケメンなんて女の子にモテるに決まってる。


「じゃあ行こうか。こっちだよ」


狼などの獣に人の血の味を覚えさせないように野盗の死体を全て埋めた兵たちをまとめジークについていく。

そこには数多くの天幕が張られた野営の陣が組まれていた。


「へぇ……なんか随分凝ってるな」


「仮にも王族を適当に迎えるわけにはいかないだろう?」


「俺は別に気にしないけどな。代わりにクレアにはちゃんとしてあげてくれ」 


「ちょっと……!主君を差し置いて配下が厚遇なんて無理よ……!」


「あはは、心配しないで。簡易ではあるけどちゃんと湯浴みできるようにしたから先に入ってもいいよ」


「うっ……!それは……」


クレアはジークのあまりにも魅力的すぎる言葉に揺れる。

匂いというものは乙女にとって死活問題。

レオナルドに臭い、なんて思われようものなら死んでしまう。

先ほど激しい戦闘をした後で汗は絶対にかいてるだろうし、血の匂いもついてるだろう。


「……お言葉に甘えさせていただきます」


「あはは、うん。遠慮しないでね」


悩みに悩んだ末、クレアは渋々首を縦に振る。

やはり湯浴みという言葉には勝てなかった。


「女性の兵が見張りに着くから安心してよ」


「はい、お気遣いありがとうございます」


クレアはペコリと頭を下げると案内役についた女性兵士について去っていく。

この場には俺とジークだけになった。


「やれやれ、相変わらずだね。君たちは」


「……?何が?」


「お互いを凄く大事に思ってるんだねってことだよ。僕も嫉妬するほどの信頼感だ」


ジークは冗談っぽくおどけて言うので俺は思わず笑みをこぼす。

そして首を横に振った。


「俺は確かにクレアに全幅の信頼を置いてる。だけどクレアは俺があまりに頼りなくてバカだから助けてくれるんだよ。彼女は優しいから」


「……はぁ、君は本当に相変わらずだね」


「それならそれでいいさ。『王は揺らいではならない』ってクレアに口酸っぱく言われてるからな」


「あはは、そういう意味で彼女は言ったんじゃないと思うけどね」


ジークは楽しそうに笑う。

俺は相変わらずな様子の親友に苦笑するしかないのだった──


◇◆◇


(はぁ……やっちゃった……)


私は口までお湯に沈んで考え事にふける。

思い起こされるのは今日の夕暮れ時のこと。

たくさんの野盗に囲まれ、ジーク様が助けに来てくれなかったら考えたくもないがレオを失っていたかもしれない。


(レオにああ言われたんだもの。切り替えなきゃね)


次こそは結果で示すと誓ったのだ。

もう二度とレオを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

彼を失ったら私は──


「はぁ……こんなことばっかり考えてても仕方ないわね……」


私はパンパンと軽く自分の頬をはたき嫌な思考を叩き出す。

すると今度は私が思い詰めていたとき、優しく手を握ってバカなくせに正論で諭してきたアイツの顔が頭に浮かぶ。


「〜〜〜〜〜っ!なんなのよ……!そういうときばっかりカッコいい顔しちゃってさ……」


普段はバカで頼りなくて情けなくてすぐに弱音を吐く。

今まで血のにじむような努力をして常に最高の結果を求めようとしてきた私が一番嫌いなタイプな人間のはずだ。

それでも私は彼がただの弱者ではないことを知っている。

彼の強さを知っている。


(だからこそ……私が彼の強さを引き出すんだ……)


それこそが私の使命でありこの世に生を受けた意味だとすら思っている。

それが間違いだったとしても構わない。

あの日……アイツと共に歩む道を選んだあの日から私は全ての覚悟を決めた。

だから間違いだったとしても私は後悔しないし、


「そろそろ上がらないと……あまり長風呂するわけにはいかないもの……」


やるべきことは山積みだ。

体を休めてばかりいる場合ではない。

結果で示すと決めたばかりなのだから。


体に滴る水を丁寧に拭き取り用意していた着替えに袖を通す。

さっきと比べると本当にスッキリした。


「……これくらいはしてもバチは当たらないよね……?」


私は鏡の前で丁寧に自分の髪を梳かしていく。

戦場に立つこともあるのだから傷んでいてもおかしくないだろうに、しっかりと光沢を放っている自慢の黒髪。

ある男が純粋な瞳で褒めてくれてからずっと毎日手入れを続けている。


(よし、こんなものかな……)


鏡の前でクルリと一回転すると長い黒髪が揺れる。

そして念入りに身だしなみをチェックする。

これは王族の補佐官としてだらしないのはよくないから、と誰に対してかもわからない言い訳を心の中で呟いて。


そして自らの主君の元へ向かうべく歩き出すのだった──

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