第27話 福音

 あぁ、本当に終わるんだ。


 人生の終わりとはこんなにもあっけない物だったんだな。


 何の変哲もないただの生徒が、死を予感するなんて思いもしないだろう。


 多くの場合、1度だってそんな経験しないだろう。

 僕だって、今日までそんな経験覚えがない。

 覚えがないのに今日1日でそんな貴重な体験何度した?


 もう疲れた。


 僕は終わりを告げる狂気に身を委ねる事にした。


 受け入れるように伸ばした手が、何かに触れたように指先から徐々に眩い光を放ち始める。


 鎌が、光に突き刺さると途端に爆発的に輝きが広がり何も見えなくなった。


  ドサッ


 大きな音がしたかと思うと目の前の美女は消えていた。


 階下に群がる観客達ももういない。


 そこにあるのは……


 バラバラにされたマネキンだけだった。


 足元には琴に張られた弦が短く切れて落ちていた。



 僕は……


  あれは……



 混乱する。訳がわからない。


 階下にいるのは最初から物だったのか、あるいは僕が……


 正当防衛だ、そもそもあれはだろう?


 あの滑らかな動きが?人ならざる者であったなら、それでも……


 ……そもそも僕は触れてない。なんの感触もしなかった。


 そう思って手を見ると、指先にはべっとりと血糊がついていた。


 ぞっとするのに何故か冷静で……


  もう慣れた。


 そんな気さえする。


 階下のマネキンの周囲に血糊はない。

 ただ無機質にマネキンが転がっているだけだ。バラバラに。


 本当に生き物であるならはこんなに綺麗なわけもない。


 それなのにこの罪悪感はなんだろう。


 僕が、やってしまった……彼女を……?


 こんな時に何故か思い出してしまった日記の一文。


 26ページ目にあった

  「可憐な小華は

    あの人の一押しで

     降りることができた。」


 ページ数まで思い出せるほどに鮮明に、何故かそこだけ思い出した。


 一押し?あの人は何をしたんだ?


 僕は、何をしてしまった?……


 分からない、分からない……


 僕は何もしていないのに、どうして……


 生々しい感触が指先にこびりついて離れない。


 床に触れれば確かに色付く。


 これは間違いなく物理的なナニカだ。


 このこびりついたナニカを落としたい……


 僕はゆっくり立ち上がった。


 のっそり、のっそり……


 触れた手すりにもべとりとした赤がこびりつく。

 そんな事などお構いなしに手すりに手を滑らせて、下へ下へと降りていく。


 階下には眼を見開くマネキン。

 お化け屋敷から出張してきたのかと思う出来だ。

 彼女の横を通り過ぎる時、その眼が僕を追うように見てくるがもう気にしない。


 どうして僕に仇なす者に構ってやると思う?

 助ける手は無い。

 でも、打ち砕く手も持ち合わせてはいない。

 僕もそこまで非道にはなれない。


 手すりを掴んでいない手からはボトボトと赤いナニカが落ちていく。


 赤い点を描きながら僕の跡を残していく。


 僕の後ろは赤い花畑になっている事だろう。


 あぁ愉快でたまらない。


 どうしてだろう。


 生々しくて臭い僕の指先。血糊なんて知らないけど、僕の知るモノにはよく似ている。

 アレも同じく赤くてドロドロとして、命の重みを感じる赤。


 怪我をしているわけでもないのに止まらない。

 溢れ出る赤を誰か止めてくれないだろうか。


 ……足を引きずりながら歩いていたせいか、足に何かが絡みついていた。


 糸?……


 違う、テグスだ……


 長さの十分ある長いテグス。


 あぁ、これで止めろって言うのか?


 テグスなんかで締め上げたら、壊死してしまうだろうな。


 このテグスは、それを望んでいるのだろうか。


 彼女がそれを望んだのだろうか。


 僕はテグスを投げ捨て、振り返らずに階段を降りた。

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