第8話 中二病令嬢に関わりたいわけがない

 親睦会の会場――というには少し大げさだが、最寄りのファストフード店に、クラスメイト十数人が集まっていた。


 俺が合流した瞬間、最初に親睦会へ誘ってきた男子クラスメイト――たしか名前は高瀬が、テーブル越しに声を上げた。


「お、来た来た!」


 俺が席につくと同時に、肘でぐいっと突いてくる。


「なあ、一真、マジで聞いてくれよ! さっきまで超盛り上がってた話があるんだ!」


 初日とは思えない距離間に、妙に高いテンション。

 嫌な予感しかしない。


「自己紹介で、声ちっさくて、なんか痛い格好してた女子いたじゃん?」


「あー……あの、ちょっと変わってる子な」


「そうそう! その子、名前が“久遠小雀くおんこすず”って言うらしいんだよ!」


 ――その瞬間、頭に生徒会室での出来事がよみがえった。


「へ、へ~……そうなんだな」


 あえて抑えたトーンで返す。


「おいおい、反応うっす! “久遠”だぞ!?この辺じゃその名字、久遠家しかいないんだから、あれ絶対、久遠家の娘で生徒会長の妹だって!」


(それは知ってる。ついさっき、久遠理鶴くおんりつる――生徒会長本人に言われたばかりだからな……)


 驚いたフリもできず、微妙な間が空いた。


「……なに、知ってたのか?」


「え、いやいやいや、知らないよ。えっと、その……姉妹って聞いてびっくりしすぎて、反応が追いつかなかったっていうかさ、あはは……」


 笑ってごまかす。口元が引きつるのを、自分でも感じた。


「だよな~。姉のほうは“完璧”って感じなのに、妹のほうは、なんかこう……なんていうんだああいうの?変人?」


 そこに、別のクラスメイトがひょいっと話に入ってきた。


「あー、ああいうのって“中二病”って言うんだってさ!」


「中二病? なんだそれ。一真、知ってるか?」


「は、はは……いや、聞いたことないな。なんかの病気か?」


 ――知ってる。

 というか、俺はかつての“元患者”だ。だが、知らないフリをするしかなかった。


「中二病ってさ、思春期にありがちなやつで、なんか“自分は特別だ”とか思っちゃうやつ。やたら難しい言葉使ったり、自分のことを世界の中心みたいに扱ったり……ま、要するに“痛い”感じ?」


「へ~。久遠家ともなると、わりかしその解釈間違ってないけどな!」


 俺はその輪の中に入りきれないまま、笑ってごまかすしかなかった。

 自分がどれだけ“その痛み”を知っていても、いまそれを語る資格なんてない。


 時間が経っても――“久遠小雀”に関連する会話が耳から離れなかった。

 誰かがその名を口にするたび、勝手に反応してしまう。

 声が小さくても聞き取れるのは、集中しているからじゃない。

 ”カクテルパーティー効果”というやつであろう。厄介な心理状態である。

 

「てかさ、久遠家の娘ってわかったら、近づきにくくね? 下手したら“金目当て”って思われるじゃん」


「生徒会長の妹とか、仲良くしたら“内申点狙い”って勘繰られそう」


「今日も誰かが誘ったらしいけど、逃げられたってさ。あれ完全に人避けスキルだよね」


「今無理に関わったら、“裏があるやつ”って思われる未来しか見えん」


 笑い。軽口。誰も傷つけるつもりなんて、ない。

 言われてる本人を除いて。

 本人の前じゃできない会話は、悪意が無くても、立派な陰口だ。

 だからこそ――たちが悪い。


 クラスの空気は、もうできあがっている。

 今"久遠小雀"に近づけば、確実に俺も“浮く”。

 元中二病としての俺にとって、その空気は痛いほどわかった。


 気がつけば、親睦会は解散ムードになっていた。

 会計を済ませ、外に出る。夜の空気が、やけに冷たく感じた。

 駅から家までの帰り道。一人、歩く。


 中二病。

 生徒会長の妹。

 久遠家のお嬢様。


 ――地雷どころじゃない。存在そのものが爆弾だ。


 けど、それでも。


(……関わらなければ、俺が終わる)


 来週の金曜までに“改善の兆し”を見せなければ、俺は黒歴史動画と一緒に社会的に処される。


 平穏な高校生活か。

 社会的な死か。

 選べと言われても、そんなもん――。


(……仕方ない)


 なら、せめて“マシ”な方を選ぶしかない。


(そりゃ、うんこ味のうんこより、カレー味のうんこの方がマシだろ)


 それが、俺の導き出した答えだった。


 ただし。


(できるだけ目立たず、誰にも気づかれずに、久遠小雀に接触する)


 最大限のリスク管理で、最小限の関与を――それが理想だ。


 頭の中で、来週の作戦が静かに動き出していた。


 気づけば、家の前に立っていた。

 春の夜風が、やけに静かに感じる。


 俺は来週に向けた決心を固めて、玄関のドアを開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る