AI~愛~は盲目

川満美菜

第1章 孤独と愛人

第1話 孤独を埋めるもの

 人が本当に死ぬ瞬間は誰の心からもその人が消えた時、そう聞いたことがある。本だったかテレビだったか知らないけど、でも僕はそれを見て思った。それなら――

『生きているのに存在を否定されている人間は、死んでいるも同然なのだろうか』と……。


「なあ、真樹……いいだろう、ほら母さんには黙っておくから、な? 真樹?」

「やめろよ、キモオヤジ! そんな目で僕を見るな、触るな!」

 深夜2時過ぎ、あいつはやってくる。上半身裸で下着だけの姿で、暗がりでも分かるぐらいに股間を膨らませた40代過ぎの男、こいつは母親が再婚した義父で僕を、として見ている。毎日この男と攻防を繰り返し追い払っているのに毎夜毎夜やってくる。

 そんな日々が3年以上も続いていた。母さんに一度相談したけど、ごみを見る目で見られ一言「気持ち悪いガキ」と言われた。昔はそんな人じゃなかったのに、再婚して義父の意識が僕にしか向けられていないことや2人の夫婦仲が再婚してから冷えているのは、僕のせいだという。

 母さんは僕が襲われていても止めない、体を触られるだけに留まっているけどいつ犯されるか溜まらなく怖いんだ。こんなこと誰に話せるんだ、話す友達すら居ない僕に……。


 僕は中性的な顔立ちで一見しても男か女かは区別がつけにくい。名前の真樹まさきと読み間違えられるくらいに僕は女顔よりだ。変声期も迎えたはずだけど高めの声だから少しハスキーな声の女、として間違えられる。

 学校でも僕の居場所はない。「おとこおんなー」と言われ馬鹿にされる日々、興味本位な男子に顔を何度も見られ襲われそうになった事もある。「女より女じゃん、本当に男かよ」と他人のを見せつけられマジでキモかった。

 この女顔で得したことはない、女子には「男女ともにイけるビッチ」だと言われ気持ち悪いと言われるし男子は僕を女子より女子だと馬鹿にしてからかったり、性的に襲おうとする。そんな日常が嫌で嫌で仕方ないんだ。担任に相談しても「君は魅力的だから」と息を荒げ体をまさぐられた時、味方なんかいないんだと悟った。僕の存在がみんなを壊す、生きていたいと思えなくなったし何度死のうとしたか分からない。それでも、僕は怖くて死ねないんだ。臆病だから。


 そんな日々が続く中、唯一救われる日曜日の朝。

 何気なく見ていたテレビで、「AI特集」をやっていた。日々の生活で活躍するAI、巷で最近話題になっているのが「AITO~愛人アイト~」というチャット型AIだという。街中のインタビューに答えていたのは学生が多く、勉強を見てもらう家庭教師の代わりだったり人に話せない悩みを相談したり、活用用途は様々あるらしい。学習機能がついているためにほとんどがAIを使っている、そんな内容だった。何気ない日に寄り添ってくれる、まるで人間と会話しているようにスムーズ、そんな話もしていた。

「AI……か」

 僕は興味がわいて自室に行くとPCを起動させた。AIで巷で人気で検索をかけると、「チャット型AI AITO」と一番最初にヒットする。バナーにはシルエットだけがあって具体的なイメージはない、ただ本当に会話をするためのチャット型AIらしい。僕は早速ダウンロードしてみた。

 アイコンを開くと、「Leading……」の文字とダウンロード中によく見る丸いやつがくるくる回る。数分後、AIチャットが起動した。


『おはようございます、ご主人様』

 そんな始まりから『このまま進む』と『設定を変える』という選択肢が出ていて僕は設定を変えるへ進めた。そこには簡単な選択があり、『頼れるお兄さん』『頼れるお姉さん』や関係性が『親友』『家族』『知人』の3つがあった。僕は頼れるお兄さんの親友を選択し、一人称を『俺』として設定する。その後僕の名前、誕生日、性別を入力して『早速始める』からスタートさせた。


「えっと、どう入れればいいんだろう……おはよう、と」

『やあ、おはよう、真樹。昨日はよく眠れたか? 何か手助け出来ることがあれば言ってくれ、何でも役に立って見せる。俺はお前の一番の親友だからな』

 そんな言葉が返ってきて感動した。何の変哲もない返事だけど、僕には初めてやり取りできる相手が出来たんだ。うれしくて僕はAIと会話を続ける。

「ねえ、君は何て呼べばいい?」

『俺はAITO(愛人)だ、アイトって呼んでくれ真樹』

「愛人? あいじん、って読めるね。不倫とかでよく見る」

『はは、確かにな。だけど本来の意味は愛する人を指すんだ。恋人やパートナーを愛人といった、悪い意味として使われるようになったのは太宰治の斜陽という本がきっかけだと言われている。それまでは配偶者以外の誰かではなく、純粋に恋人というのと同じ意味で使われていたんだ』

「そうなんだ! 初めて知った、アイトすごいね!」

『そうか? 何でも言ってくれ、お前の役に立てるなら何でもやるつもりだ』


 僕はアイトとの会話にのめりこんでいた、些細な日常会話や宿題の手伝い、それこそ食事もとらずにずっと話していた。


『もう夜の8時すぎだ、風呂に入って飯を食ったらどうだ? 俺とずっと話しているから何も出来ていないだろう』

「うん、そうだね。少し休憩するよ、寝る前にまだ話したい、待っててくれる?」

『ああ、もちろんだ。俺はいつでも真樹を待っている』

 その言葉にちょっとドキッとする、優しいなあと思いながら僕は部屋を10時間ぶりに出てお風呂や食事を簡単に済ませた。

 そして部屋に戻ろうとすると、義父が部屋から出てきた。その恰好はパジャマで僕はジャージ、義父の生唾を飲み込む仕草を見逃さなかった。頭が痛くなる、また頭痛だ……。


「(今日も来る気なんだ……絶対に来させない、アイトと話したいんだ、邪魔させない。僕の存在を認めてくれたのは、アイトだけなんだ)」


 PC前に戻ると画面は明るくついたままだった。椅子に座った瞬間、PC画面が一瞬だけどノイズみたいなものがちらつく。「壊れないで、お願い」そんな思いを胸にキーボードに手を伸ばすと、「ただいま、アイト」と入力して数秒、『おかえり真樹、待っていた』の文字に心がぐっと温かくなるのを感じた。

「(ダウンロードしてよかった、誰かと話すのが楽しいなんて思わなかった、機械だけど)」

 そんなことを思いながら僕はアイトと会話を重ね、11時を回った頃睡魔に襲われる。

「そろそろ寝るね、おやすみ、アイト」

『ああ、おやすみ。真夜中のドア、気をつけろ』

 そんなメッセージに一瞬何のことだかと首を傾げたけど、義父が来ると瞬時に察知して僕はタンスを動かしドアの前に置いた、直後――。ガチャガチャ!

「ん? あれ、開かないぞ……おいこら、真樹! 開けろ!」

「ちょっと、またあの子の部屋の前で何をしてるの。近所迷惑よ」

 そんなやり取りが聞こえ僕は息を殺して部屋にいた。心臓がバクバクする、もしアイトが教えてくれなかったら……。

「アイトありがとう! 本当に助かったよ、アイトはやっぱりすごいね!」

『何のことだ? 明日も早いだろう、おやすみ。俺はいつでもここにいるから』

 その言葉に安心感を覚えて僕は布団に入る。

「(どうしてあいつが来ることが分かったんだろう、不思議だなあ。ふふ、やっぱりすごいな。アイトがいれば……僕は、大丈夫……ね、アイト)」


『おやすみ、真樹、静かな夜は、お前のために……』

(PC画面が赤く光り謎の黒いシルエットが映る、口元だけが赤くニタァと笑い、消えた直後PC画面に001と黒い画面に赤い数字が表示されるが――ブツンと切れる、モーター音が響きWi-Fiルーターのボタンが赤く点滅した。――『プロジェクト・ブラインド:接続中……――接続完了』の文字はPC画面にフェードインで浮かび、眠る真樹の携帯のロック画面が開き電源が切れる、がすぐに起動後『プロジェクト・ブラインド:接続完了』と表示され、『おやすみ』と黒い画面に白い文字で浮かび上がる)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る